『エリア88』アフリカ傭兵編はなぜ途方もなく面白い「異世界転生漫画」なのか:今日書きたいことはこれくらい
『エリア88』は異世界転生漫画だった……?
万事、「一番好きな〇〇」というのは案外答えるのが難しいもので、ゲームだろうと漫画だろうとアニメだろうと、「どれが一番好きか」といわれると考えこむ人が多いのではないかと思うんです。
「一番好き」自体が入れ替わることも本来全く珍しくなく、さまざまな新しいコンテンツを取り入れて、瑞々しい感性で自分の「好き」を更新し続けている人も数多くいます。とても素晴らしいことだと思います。
ただしんざきの場合、頭が非常にシンプルにできているためか、あるいは感性がほとんど成長していないのか、「一番好き」が更新されることがなかなかなく、割とあっさりと「一番好きな○○」を答えてしまう傾向があります。
例えば、しんざきが「一番好きなゲーム」は何かといわれると「ダライアス外伝」と答えますし、
「一番好きなSF小説」は何かといわれると「星を継ぐもの」と答えますし、
「一番好きな漫画」は何かといわれると『エリア88』と答えてしまう。もはやそれはそういう宿命であって、私は宿命に抵抗しないようにしているのです。
ということで、今日は皆さんに『エリア88』のお話を、特にその中でも名エピソード中の名エピソードである「アフリカ傭兵編」の話をさせていただこうと思うわけです。よろしくお願いします。
まだ『エリア88』を読んでいない人類の方のために、まず、『エリア88』自体の説明を簡単にさせていただきます。
「まさか」と「さすが」の面白さ
『エリア88』は、一言で端的に言うと「超絶面白い戦闘機漫画」です。
主人公は戦闘機パイロットである「風間真(かざましん、以下シン)」。親友に裏切られ、外人傭兵部隊に自分でも知らない内に入隊させられてしまったシンは、戦闘機パイロットとして、中東にある架空の国家「アスラン」にある空軍基地「エリア88」で戦うことになります。
私、漫画の面白さについて説明するとき、よく「まさか」の面白さと「さすが」の面白さ、って話をするんですよ。
「まさか」というのは、つまり逆転の面白さ、意外性の面白さ。下馬評では弱小とされていた高校が甲子園で優勝する。敵に囲まれて絶体絶命のピンチに陥った主人公が、ほんのわずかなアイデアから逆転の一手を見いだす。ものすごく強い敵キャラを、大苦戦の上でついに打ち破る。
低い立ち位置から大逆転すると意外性とカタルシスがあってめちゃ気持ちいいよね? って話です。
それと絡み合いながらも対になっているのが、「さすが」の面白さ。作中でも最強クラスのキャラが期待通りに無双する。ジョーカー的な立ち位置の主人公の師匠が、敵をぎったぎたにやっつける。主人公たちの評判通りの活躍に「さすがだな……」という目が向けられる。
もともと強いキャラが期待通りの活躍をするととっても頼もしくて気持ちいいよね? って話です。
この2つは別に両立しない訳ではなく、例えば「読者にとっては強いと分かっているキャラが、作品中の無知な悪役になめられて、そこから大逆転の大活躍をして作中世界を驚愕させる」みたいな、複合的な気持ち良さが発生する展開もあります。まあ、「まさか」と「さすが」2つの面白さのバランスが優れている作品は大体面白い、と私は思っているわけなんです。
で、『エリア88』の面白さの中核を、私は「最強集団エリア88の最強主人公が活躍する、『さすが』の面白さ」「一方、強いだけでは生き残れない傭兵世界のシビアさと、そこから発生する数々のピンチによる『まさか』の面白さ」の2点だと思っています。
百戦錬磨の傭兵集団である「エリア88」の中でも、シンは特に優れたエースパイロットの一人として描写されます。空戦でも常にトップスコアをたたき出し続ける彼に対抗できるキャラクターは、作品世界内でも多くはありません。最強傭兵集団であるエリア88、そしてその中でも第一線で活躍し続けるシンの描写は、常に上質な「さすが」の面白さを読者に提供し続けます。
一方、『エリア88』世界は非常にシビアでして、最強だからといって無敵だというわけでは全くなく、シンは時には撃墜されますし、超強いキャラがしばしば命を落としますし、エリア88は時にはとんでもないピンチに見舞われ、展開は常に波乱万丈です。新谷かおる先生一流の描写に恵まれた傭兵集団の非常にシャープな描写は、サキやミッキー、グレッグといったさまざまなサブキャラクターたちの魅力と同時に、「まさか」の気持ち良さを生き生きと描写し続けるのです。
「能力的には『さすが』の気持ち良さ、展開的には『まさか』の気持ち良さを、非常に高品質にまとめあげた漫画」。私は『エリア88』を、そんな風に捉えている訳なのです。
作中屈指のエピソード「アフリカ傭兵編」
さて。ここからちょっとネタバレが混じります。ネタバレを気にする方は、ぜひ完全版(電子書籍版)なら10巻まで、単行本なら17巻までを急いで読んでから続きを参照していただきたいのですが。
エリパチ(エリア88を示す俗語)ファンのかなりの人が「作中屈指の面白さ」として挙げるエピソードとして、「アフリカ傭兵編」と呼ばれるエピソードがあります。
『エリア88』は正真正銘、まじりっけなしの戦闘機空戦漫画でして、その空戦シーンがしゃくねつほのおかってくらいに熱いことは保証できるんですが、けれどこのアフリカ傭兵編は、エリパチでも唯一空戦が(メインのエピソードとしては)登場せず、しかしそれでも面白い。もうはちゃめちゃに面白い。
この面白さが一体何を根源にしているのか、ということを語る前に、まずかるーく、このエピソードの背景について説明させてください。
『エリア88』序盤〜中盤にかけて、シンは生き残るため、日本に帰るために戦い抜くわけですが、中盤のとあるエピソードにおいて、シンはエリア88を除隊し、パリに向かうことになります。
パリでシンは念願の平和な生活を手に入れたかに見えたのですが、その実自分の感覚や習慣が完全に傭兵のそれに染まっており、平和な生活に全くなじめなくなっていることに気付いたシンは絶望にさいなまれます。
そんな中、とある事件をきっかけに、フランス自由空軍に所属するローラン・ボッシュと知り合ったシンは、彼の誘いで再び傭兵部隊に身を投じることになり、数人の仲間とともに、アフリカはバンバラのクーデターから大統領一家を救出する作戦に従事することになるのです。
「アフリカ傭兵編」が名エピソードである3つの理由
私が考える限り、このエピソードが名エピソードである理由は大きく3つあります。
1つ目は、「大統領一家を連れての脱出行」という展開自体がスリリングであること、及びその描写の緻密さ、緊張感。
これについてはネタバレしてしまうのですが、このエピソードにおいては、先述したボッシュ氏が敵に回り、その容赦ない追跡から必死に身をかわすことになります。プロであるシンたちと、素人である大統領一家。一家の体力の問題もあれば、飲み水はどうするのか、脱出手段はどうするのか、脱出後はどう行動すればいいのか、解決しなくてはいけない課題は山ほどあります。
まずこれ自体、「どうやって逃げおおせるのか」「果たして逃走することはできるのか」というところまで含めた要素が本当に緻密、かつ最後の最後まで先の読めない波乱万丈の展開になり、読んでいて手に汗を2リットルくらい握っちゃうわけなんですよ。
まず、「基盤になるエピソードの筋立て自体が面白い」というのが、一つ当然の前提な訳です。
2つ目は、「シンの仲間である傭兵メンバーが本当にプロフェッショナルぞろいでめちゃくちゃ頼もしい」。これ、まさに「さすが」展開のカタマリなんです。塊魂です。
まず、なんといってもボッシュの部下である「マップ」。元ラリードライバーである彼は、車の運転や地形把握に優れ、脱出行序盤の展開はほぼ「マップ無双」と言わんばかりの、レースゲームばりの疾走展開になります。脱出経路を何パターンも考案し、水を補給できる場所を調べつくし、地図をわずかに見ただけで最適なルートを案出する、彼のプロフェッショナルが本当にものすごい。
戦闘機を中心とする数々のメカニックもエリア88の重要な味であるわけですが、マップが用意した実在の特殊車両「ウニモグ」の描写が圧倒的で、通常とても走れないような悪路を走破する描写にマップの運転テクニックは、ここだけレース漫画にしても違和感がないほどの迫力です。
同じくチームメンバーである「ニップル」。爆薬の専門家である彼は、逃走中にささっと地雷を作って追っ手を爆破したり、道をふさぐ木を爆破するなど、これまた専門家としての知識を使って縦横無尽に活躍します。
チームメンバー「エラー」。優秀なスナイパーである彼は、同時に端正な容姿から女性兵士のふりをさせられて大統領夫人とその娘の護衛につくのですが、脱出時に遠距離のタンクローリーを狙撃で爆破する、走行中のウニモグからジェットヘリを狙撃するなど、これまたプロとしての仕事がものすごい。
唯一「スラッシュ」のみ若干描写的には活躍が薄かった気はするんですが、投げナイフを何本も投げて同時に何人もの相手を刺殺する描写は、当然常人の域をはるかに超えています。
彼ら、それぞれ専門分野での活躍の描写が本当に「プロ」という感じでして、しかもお互いの専門性をちゃんと尊重しあっていることが描写の端々から分かるんですよ。リーダーとしてのシンも、彼らのプロフェッショナルな判断による決定には、本当に一切文句を言わないんです。プロに任せると決めたら任せる。「さすが、マップのあだ名通りだな」とか、ちゃんと彼らのプロフェッショナルを評価するシンの態度もちゃんと指揮官してる。
まあ、そのさらに上を行くのがボッシュだったりするんですが、それはそれでまた熱い。
この、それぞれのプロフェッショナルたちの活躍の描写が、「さすが」の面白さを展開しまくっていてこれまた熱い、ということが2点目の理由になります。
そして、3点目。
これが、私が「アフリカ傭兵編は異世界転生である」と主張するゆえんなんですが、「空戦という場を離れたシンの活躍」という要素が、アフリカ傭兵編が面白い理由のかなりの部分を占めていると。そんな風に思っているわけです。
「異世界転生もの」に通じる面白さ
まず、そもそもエリア88を除隊してパリに来たシンが、今の視点で見てみると完全に「異世界転生したヒト」そのまんまなわけです。今までの自分の常識や感性が、街とまったく折り合わない。一方で、空戦のプロ中のプロであるシンが持つ特殊性に、周囲の人々はときに感嘆し、ときに眼を見張ります。
例えば、パリに来た早々不良に絡まれるも、何百人もの相手を空戦で墜としてきたシンの殺気に、完全に迫力負けをして不良たちが逃げてしまったりとか。このときの、「いいね…また次に生きて会える可能性がある…おぼえてやがれ…か。あは…とてもいい言葉だ!」ってのがめちゃくちゃな名ゼリフだと思うんですが。
あるいは、状況に流されて遊覧飛行に同乗することになったシンが、パイロットの心臓マヒでとっさに操縦を代わり、見事な着陸を見せたり、であるとか。
ボッシュ氏との出会いのシーン、普段アクロバット飛行をやっているパイロットたちを、戦闘飛行で圧倒して見せたり、だとか。周り中へばってるのに、コックピットを下りてふうっと一息つくだけのシンがめちゃくちゃかっこいいわけです。
「酷暑の天井裏に隠れなくてはいけない中、砂漠でずっと生きてきたシンだけがあまり汗をかかず、水を節約することができる」なんてシーンもありました。
この辺の展開、まさに異世界転生と同様、「特殊なスキルを持っている主人公が、異世界で周り中を圧倒する」というシーンそのまんまで、ザ・カタルシス展開だと思うわけなんです。エリア88で死線に継ぐ死線を越えてきたシン、そのシンが平和な世界に降り立ったからこそ描写される特殊性。本当に格好良すぎる。
で、この後傭兵部隊に加わったシンは、先述の仲間たちにも紹介されるわけなんですが、このときも「全く畑違いだから」と見くびられることなく、ただ「エリア88の生き残り」というだけで、あっさりその能力を認められたりするんですね。この辺も、まさに「さすが」の気持ち良さだと思います。
そして、シンはボッシュ氏によってチームのリーダーに任命されるわけですが、エリア88での指揮経験を生かしたシンがちゃんと指揮官してる、ということもさることながら、全く畑違いであるはずのシンだけが、ボッシュの裏切りに気付き、チームを指揮して脱出行を成立させることができたわけなんです。かつて親友の裏切りに遭い、結果的に死線に放り込まれたシン以外の誰一人、ボッシュの裏切りに気付き、そのわずかな隙をつくことはできなかった。
このときの「裏切りには慣れている…」という言葉と表情が。もう。深い。
ちなみに、このリーダー決めのとき、シンは「たいていひともんちゃくある」と思っていたところ、メンバーはあっさりシンがリーダーになることを受け入れます。当然、「エリア88の生き残り」というシンの肩書も物をいったと思うんですが、このときのエラーの「ボッシュがあんたを必要と認めたんなら、おれたちの口を出すスジじゃない…全力で仕事をするだけだ」っていうセリフも、これまた「ザ・プロフェッショナル」って感じでめちゃ熱いんですよね。まあエラー、女装させられたときはキレかけてましたけど。
ともあれ、「畑違いのはずなのに、自分の経験と指揮能力を生かして活躍しまくるシン」という要素が、最後にもう一点、この「アフリカ傭兵編」が名エピソードである理由の、重大極まる一ピースであって、それは一面、現代で言うところの「異世界転生もの」の面白さに通ずると。私はそう主張したいわけなんです。
とにかく『エリア88』を読んでくださいお願いします
大変長くなりましたので、最後にこの記事で書きたかったことを簡単にまとめておきます。
- 『エリア88』はむちゃくちゃ面白いので皆さん読んでくださいお願いしますこの通りです
- 完全版に、マップのレーサー時代の回想シーンがちゃんと収録されていて素晴らしいので完全版オススメです
- アフリカ傭兵編はエリア88の中でも1、2を争う名エピソード
- アフリカ傭兵編におけるシンの「さすが」要素は異世界転生ものに通じていると思います
- 最後の最後にちゃんとシンが報われてチート経済力を手に入れる展開もちょっと転生ものっぽい
- あとなんだかんだ言ってシンたちを助けてくれるマッコイが非常にいい味出していて大好き
- この時期のエリア88の貧乏エピソードも非常に面白く、サキの「貧乏人が戦争したきゃ、あいつに頼めばなんとかなるさ」ってセリフが切実すぎる
- サキさんマジ苦労人過ぎて泣ける
こんな感じになるわけです。よろしくお願いします。
今日書きたいことはそれくらいです。
(C)新谷かおる
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