“障害者の性”を描く映画「37セカンズ」が全ての人に勇気を与える傑作である理由 (2/2 ページ)

» 2020年02月08日 14時50分 公開
[ヒナタカねとらぼ]
前のページへ 1|2       

 劇中で佳山が演じる主人公の声の“か細さ”を聞き、「心配になってしまう」人も多いのではないだろうか。しかし、そのか細い声こそが劇中での「自分の気持ちを伝えたい」「自分の可能性を信じたい」と願うユマの切実な気持ちにもつながっており、彼女に対し過保護になってしまう母親の気持ちもより伝わってくるのだ。もしも脳性まひでない女優がこの声を演技でまねようとしてもできるものでもないし、そもそもまねしてはならないと思えるほどだった。

障害者の性を描く映画「37セカンズ」が、すべての人に勇気を与える理由 (C)37Seconds filmpartners

 そして、物語の1/3は、監督が佳山に出会ったから生まれたものだった。もともとは主人公は幼少時の交通事故で脊髄損傷を負う設定だったが、演じている彼女に合わせて脳性まひに変わったのだという。このために、本作はフィクションの枠を超えて、まるでドキュメンタリーのような感覚さえ覚えるような内容にもなっている。

advertisement

 そんな佳山を(劇中の物語上においても)サポートしている俳優たちには、神野三鈴、大東駿介、萩原みのり、渋川清彦、宇野祥平、奥野瑛太など、実力派が勢ぞろいしている。特に出色なのは、障害者中心のサービスを行うデリヘル嬢を演じた渡辺真起子の“姉御肌”っぷりだろう。そのサバサバした性格と存在感により、「この人を信頼したい」と本気で思えるほどの過去最高の渡辺真起子だったので、彼女のファンも是が非でも見てほしい。

障害者の性を描く映画「37セカンズ」が、すべての人に勇気を与える理由 (C)37Seconds filmpartners

作り手が真摯に取り組んだからこその完成度

 「37セカンズ」の物語は、監督がセックス・セラピストを描いた映画「セッションズ」の内容や、「障害者の男性向けの性サービスがあっても女性向けのものはほとんどない」と気付かされたことも着想元となっているそうだ。

 さらに、監督は下半身不随でも自然分娩で赤ちゃんを産んだという女性にインタビューするなどして、障害者の事情を知り得ただけでなく、女性の身体がいかに素晴らしいかも再認識できたのだという。

 監督(作り手)が物語を作る過程で、障害者が抱える性の問題を知り、そして障害者の可能性を知っていったことも、本作のドキュメンタリーのようなリアリティーに大きく貢献しているのは間違いない。

advertisement

 また、本編では“車椅子の高さからのカメラワーク”も意識的に用いられている。監督は、主人公の心と、女性としての成長をカメラ位置で表現することを重視し、観客は“彼女の目線”で“世界を見る”ことになるのである。

 このように、障害者の性という普段は“(語弊はあるかもしれないが)隠されがち”なモチーフについて、作り手がこれ以上なく真摯に向き合っているのは間違いない。そして障害のある人に限らず、全ての人に通じる現実で前向きに生きるためのヒントを与えてくれる、何より“世界の広がり”を教えてくれる「37セカンズ」……ただただ「この映画を作ってくれて本当にありがとう」と感謝を告げたくなる、大傑作であった。

障害者の性を描く映画「37セカンズ」が、すべての人に勇気を与える理由 (C)37Seconds filmpartners

同日公開の映画「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」も見てほしい

 「37セカンズ」と同様の提言がある映画に、なんと同作と同じ2月7日より公開されている「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」がある。


「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」予告編

 「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」の物語は、老人用の養護施設で暮らすダウン症の青年が、子どもの頃から憧れていたプロレスラーの養成学校に入ることを夢見て施設を脱走するところから始まる。同じころ、兄を亡くし孤独な毎日を送っていた漁師が、他人の獲物を盗んでいたのがバレてボートに乗って逃げ出す。この2人が偶然にして出会い、利害の一致により共に旅をするというものだ。

advertisement

 「37セカンズ」の脳性まひの女性も、「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」のダウン症の青年(こちらも演じているのは実際にダウン症の俳優)も、どちらも自分の可能性を過小評価されてしまっていたが、ある日冒険に旅立ち、誰かと出会い、そして自分のことを知って、成長していくという共通項がある。

 この「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」は、当初米国ではわずか17館で上映が始まり、公開6週目には1490館にまで上映規模を拡大し大ヒットを記録。映画批評サイトのRotten Tomatoesで一時期は100%の評価を記録したほどだ。

 あらすじを見ると異色作のようだが、凸凹コンビがいつしか心を通わせていくロードムービーおよびバディものでもあり、どこかアカデミー賞受賞作「グリーンブック」を思わせる。誰もが楽しめるキュートで優しい映画であり、スマッシュヒットも納得だ。

 そして、「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」の鑑賞後には「自分もどこかに旅に出てみようかな」「新しいことにチャレンジしてみようかな」と、やはり「37セカンズ」と同じような前向きな気持ちになれるはずだ。

 映画は娯楽であるが、こうして“生きる希望”も得られるのも素晴らしい。そんなことを再確認できるこの2作を、ぜひ劇場で楽しんでほしい。

ヒナタカ


「37セカンズ」作品情報

監督・脚本:HIKARI

出演: 佳山明、神野三鈴、大東駿介、渡辺真起子、熊篠慶彦、萩原みのり、宇野祥平、芋生悠、渋川清彦、奥野瑛太、石橋静河、尾美としのり/板谷由夏

2019年/日本/115分/原題:37 Seconds/PG-12/配給:エレファントハウス、ラビットハウス/ (C)37 Seconds filmpartners

挿入歌:「N.E.O.」CHAI <Sony Music Entertainment (Japan) Inc.

前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2503/07/news042.jpg 「マジで天才」 無印良品から新発売の“350円文房具”に絶賛の声相次ぐ 「便利すぎる!」「これはいい」
  2. /nl/articles/2503/07/news174.jpg 「ウソやろ」 松屋の“530円丼”、衝撃的なビジュアルにネット騒然 「コレで良いんだよ丼」「開き直り感がすごい」
  3. /nl/articles/2503/06/news032.jpg ミス東大が、ルワンダの理容店で「おまかせ」と言ったら…… 衝撃ビフォアフが1000万表示「いかついいいい笑」「合成かと思った!!!」
  4. /nl/articles/2503/07/news043.jpg “小5年で170センチ”&“天然パーマ”の女性、33歳になると……? 「親を恨んだ」果てにたどり着いた“現在”に感動の声 「泣ける」「刺さった」
  5. /nl/articles/2503/06/news198.jpg 「本当に迷惑」 宅急便の「不在連絡票」と酷似のチラシ、配布企業が謝罪…… ヤマト運輸が「配布中止」求めていた
  6. /nl/articles/2503/04/news040.jpg そうはならんやろ ヤマト運輸公式とLINEで遊んでいたら…… 突然訪れた“予想外の展開”に28万いいね
  7. /nl/articles/2503/07/news048.jpg 「騒がしい空」を1文字で表現したら……? 430万表示の“日本人なら読める文字”に悩む人続出 「1日考えた」「これはすごい」
  8. /nl/articles/2503/04/news027.jpg 壊れて捨てるしかないバケツをリメイクしたら…… 想像もつかない大変身が830万再生「想像力がすごい」【海外】
  9. /nl/articles/2503/06/news045.jpg 雨の夜、ひとりでさまよう子犬を発見→一時的な保護のつもりが…… 幼い息子の一言で決意「何回見ても泣きます」
  10. /nl/articles/2503/05/news190.jpg 「本当に迷惑」 宅急便の「不在連絡票」と酷似のチラシが物議…… ヤマト運輸「配布中止申し入れ」
先週の総合アクセスTOP10
  1. 【べらぼう】“問題のシーン”、「子供に見せられない」 身体張った27歳俳優へ「演技やばくない?」
  2. 40代女性、デートに行くため“本気でメイク”したら…… 別人級の仕上がりに「すごいな」「めっちゃ乙女感出てる」
  3. 30年以上前の製品がかっこいい ソニーの小型ラジオのデザインが「すごい好き」「いまでも通用しそう」
  4. 幼くてかわいらしい兄妹が4年後…… 同じポーズで撮影した“現在の姿”に「これはあかん」「よすぎて声出ました」
  5. 「早く買えば良かった」 無印の1490円“本格せいろ”が690万表示の反響 「ほぼ毎日使ってる」「まっっじでいい」と感動の声
  6. ごはん炊き忘れた父「いいこと閃いた!」→完成した弁当に爆笑「アンタすげぇよ!」 息子「意味ねぇことすんなよ」
  7. 使わなくなった折りたたみ傘→切って縫うだけで…… 驚きのアイテムに変身「こうすればよかったのか!」「見事」【海外】
  8. 高3女子「進学を機にイメチェンしたい」→美容師に依頼すると…… 仕上がりが「すげえええ」「鳥肌立ちました」と1000万再生
  9. とんでもない量の糸をくれた先輩→ママがお返しに作ったのは…… 完成した“かわいいアイテム”に「絶対喜ばれるやつ!」
  10. 「洗濯機が壊れた!」→修理を頼む前によくよく調べてみると…… 「えぇ~」“まさかの原因”が200万表示「何度もやりました」
先月の総合アクセスTOP10
  1. 最初に軽く結ぶだけで…… 2000万再生された“マフラーの巻き方”に反響「これは使える」「素晴らしいアイデア」【海外】
  2. コメダ珈琲店で朝、ミックスサンドとコーヒーを頼んだら…… “とんでもない事態”に爆笑「恐るべし」「コントみたい」
  3. パパに抱っこされる娘、13年後の成人式に同じ場所とポーズで再現したら…… 「お父さん若返った?笑」「時止まってる」2人の姿に驚き
  4. 和菓子屋で、バイトの子に難題“はさみ菊”を切らせてみたら……「将来有望」と大反響 その後どうなった?現在を聞いた
  5. 古いバスタオルをザクザク切って縫い付けると…… 目からウロコの再利用に「すてきなアイデア」【海外】
  6. 「14歳でレコ大受賞」 人気アイドルがセクシー女優に転身した理由明かす 家族、メンバー、ファンの“意外な反応”
  7. 希少性ガンで闘病中だったアイドル、死去 「言葉も発せないほどの痛み」母親が闘病生活を明かす
  8. “きれいな少年”が大人になったら→「なんでそうなったw」姿に驚がく 「イケメンの無駄遣い」「どっちも好きです!笑」
  9. ドブで捕獲したザリガニを“清らかな天然水”で2週間育てたら…… 「こりゃすごい」興味深い結末が195万再生「初めて見た」
  10. 芸能界引退した「ショムニ」主演の江角マキコ、58歳の近影にネット衝撃「エグすぎた」 突然顔出しした娘とのやりとりも話題に