「いきなりメラゾーマ」の衝撃 『ダイの大冒険』をあらためて読んで分かった「漫画のドラゴンクエストを作る」ということ:水平思考(ねとらぼ出張版)
なぜ『ダイの大冒険』は「ドラゴンクエスト」の漫画化としてここまでの成功を収めることができたのか?
ブログ「色々水平思考」の管理人、hamatsuさんによる不定期コラム第6回(連載一覧)。今回は先日の『ドラゴンクエスト ダイの大冒険(以下、ダイの大冒険)』再アニメ化の発表を受けて、あらためて漫画版を読み返してみたらいろんな“気付き”があった――というお話です。
ライター:hamatsu
某ゲーム会社勤務のゲーム開発者。ブログ「枯れた知識の水平思考」「色々水平思考」の執筆者。 ゲームというメディアにしかなしえない「面白さ」について日々考えてます。
Twitter:@hamatsu
読み返して分かった「序盤の展開の無駄のなさ」
昨年(2019年)の12月に開催されたジャンプフェスタ2020において、『ダイの大冒険』の再アニメ化が発表され、大きな反響を呼んだ。
1989年から1996年までというジャンプ黄金時代の真っただ中に『週刊少年ジャンプ』誌上で連載され、単行本の発行部数は累計4700万部を記録。間違いなくジャンプ黄金時代の一角を担った本作だが、再アニメ化が発表された際の反響の大きさは、連載終了から20年以上の時がたってなお語り継がれる人気の根強さを思い知らされることとなった。連載が終わってよりコアなファン層を再獲得していたと言っても過言ではないだろう。
筆者自身、アニメ化の一報を聞いていてもたってもいられず電子版の単行本を全巻買って一気読みしてしまった。そして自分史上何度目かの再読を通して気づいたのは、全体を通して完成度が高い作品なのだけど、特に序盤の展開が恐ろしいほどによくできているということだ。
『ダイの大冒険』という漫画は「ドラゴンクエスト」という当時間違いなく国内最強IPの後ろ盾があったから成功したのではない。読み返すと分かるが、この漫画は一歩間違えば「ドラゴンクエスト」ファンから総スカンを食らいかねない挑戦的な展開を序盤から連発している。そして、連載初期の段階でゲームの「ドラゴンクエスト」とは全く違う、週刊連載漫画としての「ドラゴンクエスト」の在り方を確立し、むしろそれこそがファンの本当に求めているものだったからこそ、当時もっとも競争の激しい媒体である週刊少年ジャンプで人気を勝ち取り、生き残ることができたのだ。
というわけで『ダイの大冒険』という作品の、特に序盤の展開について振り返ってみたい。
なお、『ダイの大冒険』は連載開始に至るまでに、前後編の「デルパ!イルイル!」、前中後編の3話構成の「ダイ爆発!!!」という2度の読切りシリーズを経てから週刊連載となる『ダイの大冒険』が開始している。そして現在発売されている文庫版(電子版)では読切りシリーズから時系列順に掲載されているが、この記事においては単行本では6話目にあたる「勇者の家庭教師!!の巻」を連載開始第1話として話を進めることにする。
「いきなりメラゾーマ」の衝撃
『ダイの大冒険』という漫画を振り返る際に、必ずと言っていいほど挙げられるキャラクターといえば魔法使いのポップだろう。武器屋の息子という生い立ちから家を飛び出すような形でアバンの弟子として魔法使いとなり、冒険の過程でマトリフというもう一人の師との出会いを通して成長し、最終的には大魔王バーンに主人公ダイとともに最後まで立ち向かった彼の存在、そして彼の成長の軌跡はこの漫画を語る上でもっとも重要なものだと言っていい。
「持たざる者」であるはずの彼があらゆる物を持ち合わせた勇者や大魔王と肩を並べるようになる後半の展開は確かに掛け値なしに素晴らしい。ただ、ここで注意しておきたいのは、彼は本当に「持たざる者」だったのかということだ。
2度の読み切りを経ての連載開始第1話において、初登場する彼が1発目に使用する呪文、それは「メラゾーマ」だったのである。
「メラゾーマ」と言えば、(『ドラゴンクエストIII』の場合)単体攻撃ながら敵に180前後のダメージを与えるという、「ドラゴンクエスト」に登場する中でも屈指の攻撃力を誇る呪文である。この呪文を食らった敵キャラクター(ガーゴイル)は一撃であえなく黒コゲになっている。当時リアルタイムでこの第1話を読んだ筆者は正直この展開には度肝を抜かれた。その前に家庭教師として現れたアバンが「マホカトール」というゲームでは登場しないオリジナル魔法を使用することにも驚いたが、その直後に使用される「いきなりメラゾーマ」には第1話にしていきなりアクセルが全開になったかのような興奮を覚えた。
本来のRPGの作法にのっとるのであれば、いきなりメラゾーマが使えるなんてことはありえない。最初は「メラ」や「ヒャド」「ギラ」などの初歩の魔法から始まって、次第に強い魔法を覚えていく、それがRPGの定石であり醍醐味(だいごみ)だろう。しかし、『ダイの大冒険』はあくまでもRPGの世界観をベースとした漫画、それも『週刊少年ジャンプ』の連載漫画なのである。常に読者の興味を引きつけつつ、同時に裏切っていかなければあっという間に人気が落ちて連載が打ち切られてしまうジャンプ誌上において、圧倒的認知と人気を誇る「ドラゴンクエスト」の外伝という強力な後ろ盾があろうとも、RPGのお約束に沿ってストーリーを進行させるのはあまりに悠長過ぎるし、そもそも漫画というメディアにそぐわないという的確な判断がここには恐らく働いている。その後のエピソードでダイがメラを覚えるくだりも用意されており、もっとも弱い魔法であるメラが非常に重要な役割を担うことになっているあたりがまたこの漫画のにくいところでもあるのだけど。
これはあまり大きな声では言いたくないのだが、この漫画と比較的同時期に始まっているアニメ版の「ドラゴンクエスト〜勇者アベル伝説〜」は、『ダイの大冒険』とは対照的に、このへんのRPGの定石を丁寧すぎるほどになぞってしまった感がある。アニメの冒頭のエピソードにおいて使用される魔法がきっちり「メラ」や「ヒャド」になっているのは、ゲームユーザーとしてはしっくりくる部分はあるものの先に強い魔法の存在を知っている以上、どうしても「しょせんは前座にすぎない」的な退屈を覚えてしまうし、「はがねのつるぎ」を手に入れた途端に調子こき始める主人公に至っては、ゲームユーザー的には確かにゲーム中で「はがねのつるぎ」を手に入れてはしゃぐ気持ちは理解できるが、その限界だって当然のごとく知っているわけで、正直つらい展開だったりもした。
両者を比較すると、「ドラゴンクエスト」というゲームの、ゲームならではの面白さに対して、それを漫画やアニメという別のメディアに落とし込む際は、その点にかなり意識的に、落とし穴にはまらないように注意をした上で再解釈する必要があるという点で、大きく差がついてしまっているように今となっては思えてしまうのである。
1989年という時代
『ダイの大冒険』と『ドラゴンクエスト〜勇者アベル伝説〜』はともに1989年に始まっている。この1989年という時代は実はとても重要なポイントだ。
1989年とは、その前年の1988年にロト三部作の完結編である『ドラゴンクエストIII』がリリースされた翌年であり、1990年にリリースされる『ドラゴンクエストIV』の前年である。
それはつまり、「ドラゴンクエスト」シリーズが社会現象を起こし、一つのピークを迎え、RPGというゲームジャンルが国民的な娯楽として浸透した後の時代であるということと同時に、「ドラゴンクエスト」シリーズがその4作目において大きな変化を遂げようとしている直前の時代ということでもある。
「ドラゴンクエスト」というIPが迎えた初めての転機の時、それが1989年なのである。
漫画の「ドラゴンクエスト」を作るということ
「いきなりメラゾーマ」で幕を開けた衝撃の第1話以降も、『ダイの大冒険』はオリジナル要素と「ドラゴンクエスト」ではなじみの深い要素をバランスよく混ぜながら小気味良く話が展開されていく。
第2話で、アバンストラッシュというオリジナルの必殺技(みんな傘でやったやつ)が明かされたかと思えば、第3話ではその剣技の修行のために「ドラゴラム」が使用される。この魔法もまたゲームでは終盤に覚える、自らをドラゴンに変化させる強力な魔法だが、それが惜しみなく投入されていくのが『ダイの大冒険』という漫画である。
しかし、そんな強力な魔法の使用すらももはや読者の興味を唆るには至らないとばかりに次の第4話の展開はすさまじい。「ドラゴラム」を用いた修行が終わるや否や、主人公たちのところに「魔王」が襲来するのである。
修行の過程にあり、まだまだ未熟な勇者である主人公のところに直接攻め込んでくる「魔王」。この展開とほぼ同様の展開をする、あるゲームが存在する。
1990年にリリースされる「ドラゴンクエストIV」だ。
そう『ドラゴンクエストIV』の第5章において主人公の村にピサロが直接魔物を率いて攻め込んでくる展開と、『ダイの大冒険』の第4話のこの展開は非常に近しいものがある。
両者が採用した修行の途中で襲ってくる「魔王」という展開は、当時「ドラゴンクエスト」を遊んでいた多くのユーザーが少なからず抱いたであろう、「なんでRPGの魔王って主人公がレベルアップしてるのを悠長に待ってくれてるの?」という疑問に対する作り手側からのアンサーなのではないかと私は考えている。
「ドラゴンクエストIV」から始まる天空シリーズ三部作は「ドラゴンクエストIII」までのロト三部作によって確立した勇者と魔王の物語を解体し、再構築に取り組んだシリーズだが、『ダイの大冒険』はゲームとはまた違う形で勇者と魔王の物語の再解釈、再構築に挑み、本編シリーズと同等、場合によってはそれ以上の成果を収めることに成功している稀有な存在だ。だからこの漫画は原作からさまざまな意匠を受け継ぎつつ、全く違う要素、違う展開を次々と投入していったにもかかわらず、ゲームファンや漫画ファンの両方から支持を受け、黄金時代のジャンプの中においても確固たる地位を築けたのだ。
ちなみに「ドラゴンクエストIV」の副題は「導かれし者たち」だが、序盤から極めて積極的に勇者潰しに奔走し、結果的に勇者たちを「導いてしまった」のは他ならぬ「ピサロ」その人だったりする。そう考えると「ドラゴンクエストIV」って本当に皮肉なストーリーなのだけど、まあ天空シリーズ全体に見られる「勇者と魔王」への批評的な眼差しについてはまた機会を改めて。
ひたすら忠実に原作のルールや作法を順守しようとしたのではなく、原作者自身が抱える問題意識や未来へ向けた可能性の模索という、原作者と同じ目線同じ志を、『ダイの大冒険』の作り手たちは持っていたのである。原作の設定やキャラクターに拘泥するあまり、ただただ内向きになってしまう作品や、原典を安易に理解したつもりになってとんでもない大ポカをやらかすアニメ化作品、映画化作品が少なくない中、この姿勢は現代においても貴重だし、重要だ。
そしてその姿勢は、「ドラゴンクエスト」というゲームが「ウィザードリィ」や「ウルティマ」「クエストロン」といったさまざまなゲームから影響を受けながらそれらを独自に再解釈、再構築することによってオリジナリティーを獲得していった過程とも重なるのではないだろうか。
「勇者と魔王」のその後の物語としての『ダイの大冒険』
衝撃の第4話以降も、『ダイの大冒険』は次々と目が離せない展開が続く。家庭教師として現れたアバンがかつて魔王と戦った伝説の勇者であったこと、魔王の上にさらに大魔王がいること、勇者であった師匠との別れ、主人公の覚醒、そしてなんだかんだで島を出て冒険の旅に出るまでにかかった話数はたったの10話である。ちなみに単行本より話数が多めに収録されている文庫版(電子版)では読み切りを冒頭に加えることでちょうど島から出発するまででちょうど1巻分が終わっている。
何より9話までに登場するダイ、ポップ、アバン、ハドラーという4人の登場人物がその後、どれほど重要な役割を果たすかを考えれば、これら人物が出そろっているこの序盤の展開は見事という他ない。
そして、先に述べたように、この漫画は既に確立された「勇者と魔王」の後の物語である。今回、再読を通して、この漫画が持っている「勇者と魔王」のその後の物語という側面とその魅力にあらためて気付かされた。そして、その魅力の多くを担っているのは魔軍中間管理職……もとい魔軍司令ハドラーその人なのだが、その話についてはまた別の機会に。
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