「7年間忘れられない元カノと何としてでもやり直したい男の漫画」はなぜ生まれたか 米代恭が13本のボツから「往生際」にたどり着くまで(1/3 ページ)
2年越しの新作までに相当な苦労があったそうです。作者&担当編集インタビュー前編!
元カノ×元カレの“やり直し”を描いた恋愛漫画『往生際の意味を知れ!』の単行本1巻が6月30日に発売されました。
ねとらぼでは作者の米代恭さんと担当編集の金城さんにインタビューを実施。不倫×SFをテーマにした前作『あげくの果てのカノン』から二人三脚で作りあげてきた2人が「関係解消寸前だった」という誕生経緯など、連載にまつわるエピソードをたくさん聞きました。全2回、出張掲載付きでお届けします。
【7年間忘れられない元カノと何としてでもやり直したい男の話を読む】
「往生際」にたどりつくまでに、13本違う話を描いた
――この度は『往生際の意味を知れ!』1巻発売おめでとうございます。発売日には、「待ってた!」という声をたくさん見かけました。
米代:本当に『あげくの果てのカノン』を応援してくださっていた皆さんは、めちゃくちゃお待たせしましたよね……。ありがとうございます。
――地球外生命体と戦う戦闘員であり、既婚者である先輩に、恋焦がれ続ける主人公・カノンを描いた前作『あげくの果てのカノン』。惜しまれながらフィナーレを迎えたのが2018年2月でした。「往生際」の連載スタートは2020年2月なので、ぴったり2年たってますね。一体どのように過ごしていたんでしょうか?
米代:率直に言うと、「カノン」の連載を終える時点で「すぐに週刊連載をやろう!」と決めていたのに、新作のネームがどうしても描けなくて、2年たっていました。
――率直にありがとうございます。作品を生み出すのは本当に大変なことだと思うんですが、2年は長いですよね。
米代:長かった……。最初は描けると思っていたんですよ。題材を決めて現地取材にも行ったりして。でも1話のネームが描けてもそれ以上思いつかなくて自分でボツにしたり、担当編集の金城さんからボツが出たり、取り組んでいるうちに「このテーマ、興味ないかも」と思えてきたりと、とにかくいろんな理由で前に進まなくなりました。「往生際」にたどりつくまでに、13本くらい違う話を描いたんじゃないかな。一つ一つの描き直しを含めたら、もっともっと描いてますけど。その間に、2度は「もう金城さんじゃない人とマンガ作る?」みたいな話も出ました。
――それはハードでしたね。
米代:この2年、ずっと自分を見失っていて、何が面白いかもわからなくて。自分が好きだった作品を見返して感想を書いたり、自分の内面をひたすらノートに書き出してみたり。とにかく自分が「面白い」と思うものを、必死に集める日々でした。
――ボツになったネームには、どんなアイデアがあったんですか?
米代:かなり初期は「30歳処女と14歳天才の入れ替わりもの」というアイデアがありました。宇宙航空研究開発機構(JAXA)に取材させてもらって、とっても面白かったんですが、「こんな清らかな人たちを描くことはできないかもしれない……」と思ってしまって。
――そんなに清らかだったんですか(笑)。
米代:とてつもないエリートなのに皆さん、ものすごい気さくで、あれこれ教えてくださって。「カノン」にもSF要素はありましたが、そこまで綿密な設定があったわけではないんですね。それで、改めて宇宙ものの漫画や映画などもいろいろ観たのですが、理論がきちんと理解できなかったのも、描けなかった一因ではあります。でも、一番大きかったのは、あれこれ観ているうちに「宇宙に比べると、私の描きたいことってものすごい些細(ささい)だな」という気持ちになってしまったことでしょうか……。「カノン」もそうですけど、私が大きく興味関心を持っているのが「半径5メートル以内のウダウダした人間関係」なので。
――わかりやすい (笑)。描きたいことが見えたら、「よし! やっぱり人間関係だ!」と振り切れる気もするのですが、すぐうまくは行かなかった?
米代:行かなかったんですよねえ……。正直に話すんですけど、当時リアルな人間関係で非常にメンタルを揺さぶられる出来事があったんです。ある人をものすごく好きになったんだけど、全くかみ合わなくて、ものすごい怒りを抱いて終わったという。「カノン」を描いたときは恋愛にまだ憧れを持てていたのですが、その経験によって「恋愛」や「人間関係」に対してとてつもない敗北感を持ってしまったんですね。「半径5メートル以内の人間関係」を一番面白いと思ってるはずなのに、それをどうやって描いていたのか全くわからなくなってしまった、というのがスランプの経緯でした。
――なるほど……。
米代:金城さんも当初は、かなり気遣ってくれていたんですよ。それでも、思った以上に描けない期間が長くなってしまって……。「週刊連載をやろう!」という決意があったからこそ「カノン」をあそこで終わらせたという流れもあったので、かなりしんどかったですね。
担当編集と2度あった“関係解消の危機”
――2度、金城さんとの関係に危機が訪れたと言っていましたが、どんな感じだったんですか?
金城:1度目は、渋谷ヒカリエに入っている和食屋だったよね。
米代:そうそう! 過去にも「描けないな」というときはあって、自分の経験則として、行き詰まったところで「環境を変える」のは有効なんですね。だから「別の編集さんとやりたい」と自分から伝えたんですが、悔しさもあった。編集さんって一度変わったら、そこで縁が切れちゃうじゃないですか。
――まあ、別れ話のようなものですよね。
米代:せっかく金城さんとはすごく良い関係を築けて、長期連載も一緒に走ったのに、また縁を切るやり方をするのはかっこ悪いかもなと思って。なので、切り出したんですけど、このときは自分から「もう少しやってみようか」となった。
――しかし2度目が……。
金城:そのときは椿山荘のラウンジでしたね。
――グレードアップしている(笑)。
金城:楽しくない話をすることになるだろうから、ちょっと気持ちの良いところで会おうか、となったんですよ。
――婚約でも破棄しそうな空気……。
米代:このときは金城さんから「話がある」と連絡があって。1度目のピンチを乗り切ってネームを描き続けていたんですが、1話より先に進めない状態だったんですね。金城さんに「すごく根本的なことを言うと、このままやっていて形になるか私も自信がなくなってきたから、一緒にやってていいかわからない」と言われました。
金城:2019年の初夏でしたね。その時点で連載から1年半たってるじゃないですか。私も原因は知ってるからしばらくは見守っていたんですが、「これは……このままだとどうにもならないんじゃないか」とさすがに思い始めて。私にもふがいなさがあって、全然どうにもできなくて、本当に悩んでたんです。しかも打ち合わせすると、米代さんから「長年付き合ってきたから金城さんが言うことがもう予測できちゃって、指摘がつまらない」とか言われてたんですよ。
――なかなか言いますね。
米代:我ながらひどいこと言ってますね(笑)。
金城:「なんなんだこいつ」って思うじゃないですか。それを聞いたら怒りが湧いてきて、「じゃあどうしようもできないよ」ってなって。椿山荘で2人、すごい泣きました。
米代:ヒカリエでも泣いたけど、椿山荘が一番泣きましたね。
金城:米代さんはよく泣いてるよね。
編集部の異例の協力体制により、まず“2話”が完成
――でもその話し合いが突破口になったんですか?
米代:ある意味「これ以上2人だけでやっててもダメだ」とわかったので(笑)、違う方法……スピリッツ編集部の他の編集者さんにも意見を求めることにしました。それまでにも編集長と3人で長時間ブレストしたり、いろいろなやり方を試してもらってはいたんです。このときは金城さんが編集部の信頼できる人に声をかけてくれて。4人の編集者さんにそのときまでに描いていたネームを3本に絞って講評してもらいました。あらかじめ読んでいただき、それを元にいろいろ皆で話して……。その際、「1人で出産する女の人の話はどう?」という提案が出たんですよ。
――JAXAとは全然違う角度の。
米代:映画をよく観ている編集さんがいて、「ゆきゆきて、神軍」などで知られるドキュメンタリー監督の原一男さんが撮った「極私的エロス・恋歌1974」があるのを教えてくれて。原監督が、かつて同棲していた女性を追いかけて「自力出産」を撮影する作品なんですね。
――なるほど。
米代:私は結婚も出産もしてないですし、言われるまで出産に全く興味がなかったんですが、言われて初めて、自分がわからないことを描く方が面白いかもしれないとも思って。それまでボツになった13本って結局、自分が好きな要素だけで描いていたから、「なんか見たことがあるなあ」という印象が拭えなかったんですね。全然意識してなかったアイデアをもらったことで、「もしかしたら描けるかも」と思えるようになりました。まず「往生際」2話目の原型……元カノへの未練を引きずる男のもとに、当の元カノが「精子をくれ」と言ってくる、というネームができて。もっと主人公の性格を先に説明した方がいいだろうということで、その後1話目にあたる部分が完成しました。
――それで「大切にしていた元カノグッズが全部燃える」第1話が生まれたんですね。物語がついに動き出している〜!
米代:それもそのとき編集者さんから聞いた実話がもとになっていて……それは自ら元カノの物を燃やすエピソードでしたが。
金城:でも、4話目からまた止まっちゃったよね?
米代:止まりましたね……。
――(笑)
米代:連載が本決まりして、開始時期やペースを決める前に、何本かネームを描きためてないといけなかったんですけど、3カ月くらい続きが描けなかったんです。でも遊びの予定などは入れていたら、金城さんから「すべてを見る」を押さないと全文が読めない長文のLINEで最終宣告が来て、死を覚悟しましたね。
――しかし何とか切り抜けたわけですよね。
米代:「本当に私ってダメだな」と思ったら、なんか腹が据わった部分があり。このとき金城さんに、「米代さんにとって、マンガを描くことが最優先だよね?」と聞かれたんですけど、少し悩んじゃったんですよ。なぜ悩んじゃったかというと、自分がまだ人間関係における「負け」感を引きずっていて、そちらに気持ちがとられていることに気づいたんです。
――ああ……。
米代:1年半以上たっても、どうやったら自分が「恋愛」に勝てるかをずっと考えていた。そのせいで仕事が一番になってない状態なのを意識したら、「いや、恋愛で恋愛に勝つんじゃなくて、自分が得意なことをちゃんとやることで、克服する方が早いよな」と思えたんです。多分、そこで本当に、マンガに真剣に取り組めるようになりました。
(後編に続く)
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