男性編集者に聞いて回った「一番忘れられない元カノって誰?」 漫画『往生際の意味を知れ!』のリアルな取材現場(1/3 ページ)
作者&担当インタビューの後編です。
元カノ×元カレの“やり直し”を描いた恋愛漫画『往生際の意味を知れ!』の単行本1巻が6月30日に発売されました。
ねとらぼでは作者の米代恭さんと担当編集の金城さんにインタビューを実施。後編では「実はヒロインは宇宙人だった」という驚きの初期設定や、前作と今作で変化した考え方などを聞きました。今回も出張掲載付きでお届けします。
「一番忘れられない元カノって誰?」と取材して回った
――2年の葛藤の末に生まれた『往生際の意味を知れ!』。前作の『あげくの果てのカノン』に続き、とても印象的なタイトルですよね。
米代:めちゃくちゃ悩みました……。とにかくいろんなワードを挙げて、最終的にしっくりきたのがこれだったのかな。本当は、「カノン」のように、タイトルとキャラクターの名前がリンクしているものにしたいなと思っていたんですが。
――主人公の名前は市松海路(いちまつかいろ)で、彼が7年以上心とらわれている元カノの名前は日下部日和(くさかべひより)。これはどうやって決まったんですか?
米代:2人の名前は、「待てば海路の日和あり」ということわざからとってます。2人の関係そのままです(笑)。
――「1人で出産する女の人を映画に撮る」というアイデアから出発した本作ですが、海路と日和のキャラクターは、どちらが先にできたんですか?
米代:これは、市松からです。私が元々、「マッチョになれなくて挫折しているエリート」にときめきを感じていて。2年のスランプの間に、自分が過去に面白いと思った作品を見返したという話をしましたが、そのときに読んだ、『青春の蹉跌』(石川達三)という小説がきっかけになりました。1968年の作品なんですけど、順風満帆に将来の地位を築こうとしていた左翼エリート青年が、セフレの妊娠によって転落していくという話なんですね。
――米代さんがテーマにしている「人間関係のウダウダ」を感じるあらすじなのが伝わってきました。
米代:私、森見登美彦さんの『四畳半神話体系』も大好きなのですが、本人は京大生のエリートなのにマッチョになりきれず自意識で頭がいっぱいいっぱいな男性が、恋愛に振り回されているのにときめくんですよね。ひたすら思考だけが充満していて、何が起きても「罠だ!」と思うのに、女の人に引き寄せられちゃうようなのが。スランプの初期から、そうした男性を主人公にしたい気持ちがあり、それがうまく「往生際」のアイデアと結びついた感じですね。
――じゃあ日和のキャラクターが、市松の後に生まれたんですね。
米代:日和に関しては、スピリッツ編集部の皆さんや、いろいろな男性の意見を聞いて出来上がりました。「今までで一番忘れられない元カノって誰?」という問いをぶつけたんですけど、その中で「セックスしてない人」という答えが多かったんです。気持ちが最高潮のときに突然別れを告げる女……というところから考えて、日和が生まれました。「往生際」の制作過程では、いろんな男性の恋バナが聞けてすごく楽しいです(笑)。男性の性欲のこととかも、かなり聞いて回っているんですけど、「そうなんだ!」という発見が多い。
――第5話の仕掛け(※)に驚きました。幸せな思い出からの、便座でうなだれる市松のギャップがすごかったです。
※市松と日和の回想エピソード。終盤に市松が会社のトイレで精子採取に挑戦している最中のことだったと明かされる
米代:あれは当初、市松はトイレで射精に成功する流れにしていたんですよ。でも、そのネームを編集長に見せたら、「振られることを思い出したら、絶対射精できないから!」って反対されて……。
――男性の性欲のメカニズムだ。
米代:「そうなんだ!」と眼からウロコでした。そこから、よりリアルな男性に対する聞き取り取材に熱心になりました。セクハラにならないよう気をつけながら……。皆さん結構、積極的に話してくださったので本当にありがたかったです。どこにでもある感情とか、個人的な話のバリエーションを聞けるのが、やっぱり楽しいですね。先日、Creepy Nuts・DJ松永さんと対談させてもらう機会があったんですよ(※)。松永さんが「まさに市松!」というメンタリティをお持ちで、いろいろ聞かせてもらって勉強になりました。
※7月20日発売の週刊ビッグコミックスピリッツ34号に収録。ねとらぼでも別途記事を配信予定
初期設定では「ヒロイン=宇宙人」
――「往生際」の大きな軸に「出産」と「映画」がありますよね。これらを経験せずにマンガで描くのってかなり大変だと思うのですが、そちらはいかがですか。
米代:本当に苦労してます。要素が多いので、一つ一つの過程を描くタイミングで都度勉強していますね。産婦人科の先生にお話を聞かせてもらったり、自主制作映画を撮っている現場を見学させてもらったり。1巻には収録されていないんですが、日和が市松の精子を器具で取り込んで受精に挑戦するエピソード(7話)があるんです。この器具……不妊治療に利用されている「シリンジ法キット」というものなのですが、Amazonとかで市販されてるんですよ。われわれも購入して、実際に触ってみました。思いのほか扱いにくいことに気付いて、これを使うときに日和が慌てたら面白いかもな〜とアイデアが浮かびました。
――そこまで市松を手玉に取っていたように見えた日和が狼狽(ろうばい)するのは、かなり可愛かったですね。
米代:日和って、連載前はもっとサイコパスな女の子だったんです。というか「実は宇宙人」のつもりで描いていた。
――ものすごい大きなネタバレが!? でも過去形ってことは、実際の「往生際」ではそうじゃないということですね。
米代:設定当初は、第1話で市松の家が燃えるのも実は日和の仕業で、普通に犯罪をする女の子として考えていました。彼女がどうして倫理感がなくて読めない行動をするサイコパスかというと、それはお母さんが宇宙人だから……とネタ明かしをする予定だったんですね。
――日和のまつげって、ちょっと触覚みたいじゃないですか。何となく人間離れしてるなと思っていたので、今の設定を聞いてスッキリしました。
米代:表情を読めないキャラにしたかったので糸目にして、登場シーンとかでも瞳を描かないようにしていたんですよ。でもそれとメインキャラとしての存在感がちょっと弱いよね、と指摘を受けて、まつげにアレンジを加えましたね。あとは、市松に対してのセリフとかも、はじめは“かなり辛辣なもの”を作っていました。
――それがどうして変わったんでしょう?
米代:市松が彼女をずっと好きでい続けていることを考えたときに、そういうキャラだと納得して描けないなと思っちゃったんです。やっぱり、「本当に役に立たないよね」とか言うような人だと、途中で心折れちゃうので。ちゃんと優しい子じゃないとこの関係性は成り立たないというか「人間同士の関係性を描く方が面白いよな」と思い直して、「宇宙人」設定をなくしました。そのせいで苦労してるところもあります(笑)。
――「カノン」も一途な子でしたけど、市松のように、実際に付き合ったけどダメだった人を大人が引きずり続けるのって、また別ですよね。
米代:かのんは、自分が相手を「好き」という気持ちを、良いものだと思い続けていた子でした。私も「カノン」を描いていたときはそう考えていたのですが、その後「自分の見ている世界って、もしかしてゆがんでいるのでは」と不信感を持つ出来事があって。だから、市松の「好き」を描いている私がずっと信じられ続けるのか時々不安になります。でも最近、DJ松永さんのまっ直ぐなメンタリティに触れて、かなり励まされました(笑)。
「肉体が極限だと雑念にまみれない」 初週刊連載の話
――週刊連載って本当に大変な仕事だと思うんですが、実際にやってみていかがですか。
米代:私は月3回掲載して1回休みのペースでやらせてもらっていて、多少余裕はあるはずなんです。それでもどうしてもネームが詰まってしまうことがあり、その時の絶望は、月刊連載では感じたことがない深さですね。
――お疲れさまです……。
米代:特にこの春は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響もありまして。私、もともとはフルアナログで、今はデジタルとアナログの作業を交えて作画しているんですね。それなのにコロナで、アナログ作業のアシスタントさんが仕事場に来れなくなってしまったんです。原稿を郵送して何とかやりとりしたんですけど、あれは地獄だった……。全てデジタルにできればいいんですけど、アナログの質感が好きなところもあり、試行錯誤しています。
――今は、進行は落ち着きましたか?
米代:1巻を出す前にも3週間お休みをもらって、単行本作業の他に5本ネームを上げる予定だったのですが、全く上がらなくて……。今も、自転車操業中です。連載を始めてから、4キロ痩せました。
金城:とにかく、「寝て」「食べて」と伝えています。
――食べる時間もないんですか?
米代:ネームやってるときにご飯食べると、眠くなっちゃうんですよ。眠くなるのを避けると、ごはんを抜いてしまう……。自分の肉体が極限だと、雑念にまみれずに済んで、ネームが早く上がるんです。この春は、ごはんの代わりに、ひたすらイチゴを食べてました。イチゴの酸味と、練乳の糖分とで眠くならない。
――週刊連載ならではの苦労を聞いて、ますます『往生際』を応援したくなりました。日和の「宇宙人」設定のように、連載する中で変化している部分もあると思いますが、ラストは決まっているのでしょうか?
米代:そこはブレないですね。「ちゃんと○○する話」と決めています。忘れられない存在がいる人に響く作品を目指しているので、「カノン」から読んでくれている方でも、初めて私の作品に関心を持った方でも、ピンときたらぜひ読んで欲しいなと思います。
――ありがとうございました!
(終わり)
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