新宿駅「復刻鳥めし」(680円)〜戦争と駅弁(3)
ためになる「駅弁」の歴史話第3弾。新宿駅の「復刻鳥めし」とともに、戦時体制の「駅弁、軍弁」の歴史を紹介していきます。
【ライター望月の駅弁膝栗毛】
中央本線の看板列車、特急「あずさ」号。
八王子を出て、高尾を通過すると、列車は小仏峠越えに挑みます。
力強くグイグイと坂を登って、最初のトンネル・湯の花(いのはな)トンネルに差し掛かると、東京ともそろそろお別れ、甲州・信州への旅路に思いを馳せるころです。
ただ、このトンネルを通るとき、忘れてはならない75年前の出来事があります。
終戦間近の昭和20(1945)年8月5日の昼過ぎ、この地を走っていた新宿発長野行の419列車がアメリカ軍戦闘機P51から銃撃を受けました。
50名以上もの方たちが亡くなり、130名以上の方たちがケガを負ったと言います。
現場近くには、地元や関係者の皆さんが建てた慰霊碑があり、身元が判明した40数名の名前が刻まれています。
戦前の駅弁業界を支えてきたと言っても過言ではない「軍弁」。
戦後75年となる、令和2(2020)年、この「軍弁」について、日本鉄道構内営業中央会の沼本忠次(ぬまもと・ただつぐ)事務局長にお話を伺っています。
昭和初期、特急列車に初めて「櫻」「富士」といった愛称が付けられるなど、鉄道文化は、黄金時代を迎えていましたが、今回は、戦時体制の「駅弁、軍弁」について注目します。
──昭和の戦前、「駅弁」が戦時体制に変わっていったのは、いつごろのことでしょうか?
昭和13(1938)年、国家総動員法が公布されてからです。
日中戦争の長期化に伴い、莫大な軍事費が必要となり、国民生活を圧迫しました。
合わせて、国内経済も行き詰まり、民間の物資も全て軍事優先となりました。
軍からの指令で、駅弁の掛け紙に国民の士気を高めるような標語が刷り込まれたのも、ちょうどこのころのことです。
──駅弁の中身に影響が出てきたのは、いつごろでしょうか?
昭和14(1939)年、米穀配給統制法が公布され、米などの購入が「切符制」となります。
いわゆる配給制度となった訳ですが、米の配給量はまったく足りず、主食は白米から玄米、さらには芋へと変わっていきました。
米のなかにジャガイモやうどんを混ぜた「混麺弁当」といったものが出回ったこともありました。
昭和17(1942)年には「食糧管理法」によって全ての食糧が政府管理下に置かれました。
──駅弁業者にとっては、苦難の時代だったわけですが、当時の「軍弁」は?
「軍弁」の食材は当初、特別な配給が行われていました。
米はもちろん調味料、缶詰、塩鮭など、当時としては豊富な食材が調達されました。
このため、食材の運搬や弁当を調製する現場にも、軍による監視があったと言います。
昭和18(1943)年ごろには、多くの男性が出征したり、軍事労働者として徴用されたため、軍弁の要請があると、残された高齢者や地元住民も手伝っていたと考えられています。
──「軍弁」の構成や資料のようなものは?
残念ながら、軍弁の中身はよくわかっていません。
軍事機密文書として、終戦前後に処分されてしまったものと思われます。
駅弁業者のなかでも、軍弁についてあまり語られてこなかった歴史もあります。
ただ、軍弁を経験した業者のなかには、「(出征する兵士に)沢山おかずのある弁当を持たせたかった」「(最期の食事かもしれないので)白米にしていた」と振り返った方もいます。
──コロナ禍でも「不要不急の移動の自粛」が呼びかけられたのが記憶に新しいですが、戦時中も同様の呼びかけがあったと云われていますよね?
昭和15(1940)年ごろから、軍事輸送の増加を受けて、鉄道省がポスターなどで「不要不急の旅行をやめる」よう、呼びかけが行われるようになりました。
昭和19(1944)年には、およそ100Km以上の旅行には、警察の証明が必要となりました。
合わせて、駅弁の購入にも、「旅行者外食券」というものが必要になりました。
この「外食券」制度は、戦後まで続いていくことになります。
──「軍弁」も昭和20(1945)年の終戦後、軍が解体されたことで終焉を迎えたわけですが、軍弁が「駅弁」にもたらした影響について、どのように分析されていますか?
3つの影響があると思います。
1つ目は、鉄道が庶民の乗り物ではなかった時代に軍の需要で支えたことで、鉄道事業、駅弁業者を経営軌道に乗せたこと。
2つ目は、軍弁の大量発注で、駅弁業者に大量生産のノウハウを生んだこと。
そして3つ目は、第二次世界大戦末期、多くの駅弁業者が配給の窓口を担ったことで、駅弁屋の味が「ふるさとの味」として広く認知されるようになったことです。
その意味でも、現在の「駅弁」の礎は、「軍弁」によって築かれたと言えると思います。
(日本鉄道構内営業中央会・沼本忠次事務局長インタビュー、おわり)
東京都内の中央本線には、新宿に「田中屋」、立川に「中村亭」、八王子に「玉川亭」という駅弁業者があり、平成初期まで駅弁の製造・販売が行われていました。
昔、立川や八王子の駅弁は誰が買うのか不思議に思っていましたが、立川陸軍飛行場の存在や、軍都と呼ばれた相模原・町田と繋がる八王子という立地を考慮すれば納得。
今回は新宿駅「田中屋」の歴史をいまに伝える、「復刻鳥めし」(680円)をご紹介しましょう。
【おしながき】
- 甘醤油味ご飯 鶏そぼろ 玉子そぼろ グリーンピース
- わさび風味菜の花
- 辛子風味茄子醤油漬け
- 大根漬け
- みかんシロップ漬け
昭和30年代以降、田中屋の名物駅弁として親しまれ、2000年代に入ってNRE(当時)が復刻し、去年(2019年)から復活していた「復刻鳥めし」、現在は「JR東日本フーズ」の製造です。
「子供が美味しく食べられるお弁当」が開発コンセプトとあって、鶏そぼろや玉子そぼろは甘めの味付けで受け継がれており、どこから読んでも「しんじゅくえきのとりめし」と読める掛け紙(現在はスリープ式)も懐かしさを憶えますね。
昼下がり、1日1本運行される中央本線・普通列車長野行が高尾駅を発車して行きます。
戦前、駅弁を含めた、鉄道という社会インフラは、軍と密接な関係にありました。
それゆえ75年前の夏、普通列車長野行が空襲を受け、多くの人が命を落としました。
一方、苦難のなか、駅弁業者は兵士に精一杯の軍弁をつくり、地元の配給を担いました。
そのノウハウが、「ふるさとの味」として、いまの「駅弁」に繋がっているように思います。
筆者は昭和50(1975)年12月8日生まれで、戦争はまったく知らない世代ですが、小さいころ、“開戦記念日”が誕生日だねと、年配の方からしばしば言われたものです。
戦争の悲惨な体験を語り継ぐのは勿論ですが、当時の暮らしや経済、戦後への影響など、冷静な視点で、できるだけフラットに向き合うことも必要かなとも思います。
敵機の襲来に怯えることなく、白い雲が浮かんだ青空を眺めて、のんびり駅弁旅ができる幸せが、どのように生み出されているのか、これからも守るためにはどうしたらいいのか。
先人たちに思いを馳せ、1人1人がじっくり考えたい戦後75年の夏です。
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/
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