東京のビルで水耕栽培をしてみた 同人誌『屋上を水耕栽培でハックする』が伝える面白さと難しさ司書みさきの同人誌レビューノート

ベランダからスタートし、舞台は屋上へ。

» 2020年09月20日 12時00分 公開
[みさきねとらぼ]
同人誌 本棚 図書館 司書 コミケ

 季節限定のかぼちゃ味のお菓子、マロンクリームの飲み物など、秋を味わうメニューをあちこちで見掛けるようになりました。実りの季節を堪能しながら、次のシーズンはもしかしたら自分の手で育てた成果を味わえるかも? という同人誌に出会いました。

今回紹介する同人誌

『屋上を水耕栽培でハックする』PDF 20P カラー

著者:片岡勧


同人誌 図書館 司書 青々と茂る立派な菜園が屋上に

屋上でメロンを収穫。水耕栽培へのチャレンジ

 作者さんは2015年からベランダで水耕栽培を始め、やがてその舞台を屋上へと広げていきます。そして今シーズン9月8日時点での収穫は、メロン1株から13個、バジル5株の苗から葉が7277枚とのこと! 人がひしめく東京のビルでそんな豊穣な世界が生まれていたと知り、屋上がおいしいものの楽園になる可能性が見えてきました。

 こちらのご本では東京の屋上に着目する理由や、土ではなく都会で扱いやすい水耕栽培のメリット、また特に温度管理の難しさと猛暑対策の工夫にポイントを置いて紹介されています。屋上に進出した初年度は思ったように育成が進まず、さらに台風でトドメを刺されてゴーヤーが天に召されてしまった経験や、急激な水温上昇に慌ててしまいコンビニで買った氷を一袋投入するも、文字通り“焼け石に水”となり、さっぱり役に立たなかったこと……やってよかったこと、ダメだったことのエピソードの連続が、水耕栽培の教本ではなく、体験談としてつづられていることで身近に感じられます。

同人誌 図書館 司書 暑さとの戦いの記録

晴天の屋上の戦闘力はギニューレベル!? 分かりやすさが光る

 電子書籍のこちらのご本をスクロールしていて気付いたのは、その“とっつきやすさ”です。

 イベントに合わせてWordで作られたという画面レイアウトは、1ページのうち画像や図版がどーんと半分を占め、文字はかなりあっさりとした構成が多く見られます。そしてグラフや数値もしっかり使用されているのですが、植物の成育に適した日射量とは? の説明では、明るさの数値であるルクスを戦闘力に置き換え「部屋の中/戦闘力400/初期のピッコロ」「屋上(晴天)/戦闘力11万/ギニュー」と『ドラゴンボール』のキャラで説明するキャッチーさが光ります。

 図や画像を多用したページ作りでするすると入ってくる読みやすさと、文章部分でもちょっと楽しい気持ちにさせるその面白さが、気楽に次のページへ、次のページへと導いてくれているようです。これはもしかして、作者さんがご活動で動画もたくさん制作され、またブログなどでも熱心に執筆していらっしゃる故に、“分かりやすい”“とっつきやすい”を上手ににじませて紙面を作られているのでは? と思わずご本の制作スタイルを推察してしまいました。

同人誌 図書館 司書 屋上は日当たり抜群ですね

夏休みの思い出を聞いているみたい。来年はきっとメロンが身近になる

 書かれている内容は技術についてなのですが、暑さに驚き、台風に悩まされる育成の日々は、そのまま夏の思い出感がいっぱいです。さまざまな装置と工夫で運用される水耕装置は夏の自由研究っぽくもありますが、それにしてはちょっと大掛かりかもしれません。

 しかし、人の手で試しつつ進む姿がなんとも身近な雰囲気を醸し出して、例えるならやや離れたポジションの親戚の子の偉業を聞いているような気分になってきました。少し涼しくなった居間で「○○さんとこの、まーくん(仮)、東京でメロン作ったんだって。屋上で」「へぇー!」という会話を聞いているような……と勝手に想像するくらい親しみを覚え、しかも今年の成果が大成功という内容にちょっと誇らしい気持ちも湧いてきます。

 都会のビルの屋上ですくすくと緑の作物が育つのはちょっとしたイメージのギャップがあって、どこかロマンをかき立てられる気もしています。身近に感じられる奮戦をきっかけに、次の夏はどこかの空の下でおいしいメロンが新しくたくさんの実をつけるのかもしれません。

同人誌 図書館 司書 立派なメロンがたくさん!

サークル情報

サークル名:ベランダゴーヤ研究所

Twitter:@peterminced

現在入手できる場所:技術書展9に参加中(9月22日まで)



今週の余談

 季節のおいしいものが身近にあるって良いですね。今日はなにか地物でごはんにしようと思います。

みさき紹介文

 図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。


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