私たちが見たかった「非常に強い“シドニア感”」がそこにはある――吉平“Tady”直弘監督に聞く『シドニアの騎士 あいつむぐほし』(2/2 ページ)
吉平 弐瓶先生の天才的なひらめきでもあると思うのですが、10年後に設定することで、原作をそのままトレースしない新しい世界線が生まれ、本来伝えたかったことをより強く伝えられるようになっているところだと感じます。
10年の経過によって、シドニアが平和なシチュエーションになってしまったことで、ガウナの恐怖を新兵と一緒にあらためて体験していけることも、初めて見ていただく方にとって感情移入しやすい導入の仕掛けになっていて、この効果もとても大きかったと思います。
―― アニメでは“仮象訓練装置”と呼ばれるシミュレーターでの模擬戦闘で幕を開けてきたのと似ていますね。ところで、本作の長道はずいぶん落ち着きと精悍(せいかん)さが増した描かれ方です。
吉平 10年後のスタートにしたことで、成長した長道のキャラクター描写がより奥行きのあるものになりました。“なぜ長道は斎藤ヒロキと異なる容姿になっていったのか”は物語上でも、彼自身の成長のプロセスとしても重要な要素になっていると思います。
かつての斎藤ヒロキは若くしてシドニアの仲間と決別し、シドニアを思い孤独に行動していきました。最終的に社会から隔絶された暮らしを続けていた斎藤ヒロキに対し、長道は全く逆で、自我を確立していく年代で社会に出て、つむぎや纈、イザナといった仲間たちと一緒に暮らす過程で広い社会性を獲得し、さらに戦闘での活躍によってシドニアの英雄と周りからたたえられていきました。その中には、自分の本質的な性格と社会的に求められる人物像とのギャップも同時に生まれてきてしまいます。
長道は過去の忘れられない悔しい思いを抱えたまま、周囲からシドニアの英雄として求められる社会的期待も受け止めながら、成熟した大人として再びシドニアを襲ってくるガウナや落合に立ち向かっていきます。彼のそんな人生のあり方が、成長上の、そして見た目の変化として描かれているんです。
さらに劇中では、落合についても斎藤ヒロキやララァ、小林とのそれぞれの思いと因縁が描かれ、落合の想いの中には、原作では明かされていない事実や、彼らの世代の長きにわたる後悔や悔しさの輪廻(りんね)が明らかになるところも大きな見どころになっています。あとは劇場で、その事実とは何かを確認していただけたらうれしいです。
―― 「あいつむぐほし」における長道の描かれ方は、何も知らないと「顔変わりすぎ」と受け止められそうですが、そういう意図があるんですね。
それにしても、融合個体つむぎの存在は本当に最高です。触手などの器官を備えたヒロインは前例がありますが、触手器官そのものがヒロインを務めるのは前代未聞、しかもそれが愛やれんびんの情緒にあふれていると感じられるのは本当に不思議な気分です。監督が本作で思い入れがあるのもつむぎなのでしょうか?
吉平 本作にかんしていえば、僕は岐神にも強い思い入れがあります。これまでの彼の立ち位置や考え方から、彼の思いが変化していく様子をとても印象的な形で描写したいと思っていましたから。
―― わはーい。監督のTwitterのヘッダー画像が岐神なので、そんな気がしていました(笑)。
私たちが見たかった「非常に強い“シドニア感”」
―― 原作の最後では、その後を暗示する説明や絵があります。「大事なものには予備が必要だ」と誰かも言っていましたが、「あいつむぐほし」を作り終えた今、そうした物語を映像化したい気持ちはあるのでしょうか。
吉平 この作品には非常に愛着があり、特別な気持ちも入っている大事な作品です。長道を取り巻くストーリーとしては、本作で大団円を迎えたわけですが、「スター・ウォーズ」作品群のようにシドニアというサーガの中で、新しい世代の話を作らせていただく機会があるなら、是が非でも作らせていただきたいですね。ただ、それはこの作品を見てくださった方の評判や応援といった後押しがやはり必要です。
―― 再び「みんなの応援次第よ」だと。吉平監督のシドニアへの思いが強いのは作品を見ても、ここでお話を聞いていてもよく分かりますが、それは弐瓶作品に対する思いの強さと同義なのでしょうか。つまり、『人形の国』を映像化したいとは思われますか?
吉平 個人として弐瓶作品の大ファンなんです。だから『BLAME!』の続きも作りたいと思っていますし、シドニアにも『人形の国』にも、そういう欲求はもちろんあります。監督としてのキャリアのあり方としても、チャレンジと冒険を繰り返しながら成長して戻ってくる場所が『シドニアの騎士』であればいいなと思います。
―― 最後に、作品を初めて見る人、そして長年のファンにメッセージを一言いただけますか。
吉平 まず、初めて見ていただく方はSFの難しい作品だとかロボットアニメと身構えず、アクションスペクタクル、スケールの大きな未来の世界で人間が非日常の状況で描かれる懐の深いラブストーリーだと思って見ていただきたいです。何より戦闘とアクションにおいては、少なくとも僕らのチームの作った映像と岩浪音響監督の音響で、圧倒的なエンターテインメントになっています。
そしてシドニアファンの方には、やっと本作で本当の完結を迎えます。皆さんが満足できるような非常に強い“シドニア感”と、最高の結末、そして最高のシドニアの映像となるようこの3年半必死になって取り組んできました。
何より、自分自身が、これが最後のシドニアだと思ったら絶対後悔したくはありませんでしたし、ファンの皆さんを絶対後悔させたくないという思いでやってきたので、ぜひその目で劇場で完結を体感してもらえたらと思います。
(C)弐瓶勉・講談社/東亜重工重力祭運営局
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