憧れの「中銀カプセルタワービル」に住んでみた コロナ禍をきっかけに夢を実現した人の同人誌『カプセルタワー滞在記』:司書みさきの同人誌レビューノート
不便なことも多いけど、それも含めていとおしい。
通りすがりに見る印象的な建築物に、中はどんな感じかな? と見上げることがあります。今回の同人誌はそんな建物の中でもとびきり個性的なビルに住んだ方の記録です。
今回紹介する同人誌
『カプセルタワー滞在記』A5変形 24P 表紙2色刷り・本文1色刷り
著者:エビコ
憧れのカプセルタワーに暮らしてみると
中銀カプセルタワービルは建築家の故黒川紀章氏が設計し、1972年に東京都銀座に建てられたマンションです。部屋1室ごとをまるっと入れ替えることを想定したアイデアや、丸い窓や作り付けの家具のデザインなど、特徴がいくつもあります。一方でコンパクトな面積や、老朽化による設備の不具合は住居として一般的とは言えない部分も。しかし完成から49年を経てもなお近未来的な雰囲気を感じさせる、人気のある建物です。
このご本の作者さんは、コロナ禍でのテレワークが導入されたことなどをきっかけにして、憧れていたカプセルタワーに住んでみたとのこと。お風呂使用不可、メインの窓も開かないから換気にはドアを開け放すことになる……と言った、普通のお引越しならなかなか難しくなりそうな条件が多数ですが、それでもいいと思わせる魅力の空間について、たくさんのイラストで解説されていきます。食事は? お風呂は? 買い物は? と、暮らしにまつわる衣食住の細やかなあれこれは、実体験されたからこその目配りです。
はみだす装丁で住まいの魅力を伝える
こちらのご本を手にしたときに印象的なのがその作りでした。まずは表紙が内側に折り込まれ、ちょっとはみ出ているんです。読むときに表紙を広げて、ぱらりと縦に伸びるさまは、タワーが伸びるようなインパクト! それでいて薄くて柔らかい紙なので、開くときはそっと。本文も紙替えによる手触りの違いや、インクの色味の変化もあって、本を手に取る楽しさを感じさせてくれます。
そこに描かれる作者さんの顔はなぜか三角。西洋甲冑(かっちゅう)の兜なのでしょうか。隠された口元、細くのぞく目からはこれ見よがしな感情の噴出はなく、でも銭湯からの帰り道の姿からはちょっと和んだ足取りが読み取れるように、暮らす楽しさは整理されたペンタッチから十分に発露されています。
ご本をめくっていると、装丁や作品にみられるインパクトと繊細さ、シャープさとやわらかさが、およそ50年の時を経ながら近未来的であり続けるカプセルタワーのイメージととてもうまく重なっていきます。
暮らしを切り取る目線の楽しさ、本として残すこと
カプセルタワーはさまざまな人の興味をひきつけていて、ねとらぼでも過去に何度か記事が掲載されています。住まいのレポートも多彩ですが、それでもやっぱり作者さんならではの発見、気付き、受け止めが一冊にまとまった楽しさは格別です。
毎日の生活のうち、どこをチョイスするかって個性が出ますよね。例えば、「入居2日目の雨の朝、どこからか現代音楽のようなパーカッションがきこえてくる」と表現される目覚め、屋上で薄暗い東銀座のビル群を横目にしながらカップラーメンをすすった夜……。肩の凝らない日常のあちこちに、ひとさじの抒情的なエピソードが顔をのぞかせていて、胸震えます。もうすぐ50年目を迎える建物は、実は刻々と変化していて、いまだからこその一瞬がとらえられているのも感じます。
取り外しできるカプセル型のお部屋が、新陳代謝のように入れ替わっていく未来は実現されていませんが、すてきなご本が魅力を伝えていくことも、一つの細胞の分裂、増殖のように思いました。
今週の余談
物件情報を眺めるのが好きです。行ったことのない土地の物件を見ては「海から近い!」などうれしくなっています。
みさき紹介文
図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
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104ページという力作。
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