若者に「今を肯定してほしい」 渋谷直角、90年代カルチャー描く最新作『世界の夜は僕のもの』で伝えたかった願い(1/2 ページ)
「『自分がもっと変われるんじゃないか』と感じていたころの気持ちを刺激したい」
マンガ家の渋谷直角さんが「1990年代の東京の若者とポップカルチャー」の生き生きとした実態を描いた連作マンガ作品『世界の夜は僕のもの』(以下、『せか夜』)が9月29日に発売されました。
1991年から1996年を舞台とした同作は、最先端のカルチャーに憧れを抱く青年・三笘レオ(初登場時は16歳)を主な登場人物に据え、「爆笑問題」や「Z-BEAM」など当時若手のお笑いコンビに夢中な中学生・松尾和成に、魚喃キリコら圧倒的才能の登場に心かき乱される漫画家の卵・坂井愛子など、新しい時代を迎えた東京を生きる若者たちの姿をみずみずしさ満開で描いた“ド青春マンガ”。
「何者か」になろうと必死でもがいたり、恋の行方に悩んだりする等身大で普遍的なキャラに加え、この時代を彩った『Olive』(マガジンハウス)や『CUTiE』(宝島社)などの雑誌、「渋谷系」や「クラブ」に「レイブ」といった音楽のムーブメントなどが次々に登場。当時を知る人には懐かしさを、若い世代の人には新鮮さを与えてくれるのも同作の魅力のひとつです。
自身もひとりの若者として当時を過ごした渋谷さん。2021年に90年代を振り返った『せか夜』を手掛けることの意味、また作品を通じて多くの人に最も伝えたかった思いなどをたっぷりと聞いてきました。
90年代の出来事が現在までつながっている
―― まずは同作誕生までのいきさつについてうかがえますか?
渋谷直角(以下、渋谷) きっかけとしてはいくつかあるんですけど。自分の周りにいる、カルチャーが好きなタイプの20代の子たちが90年代の雑誌を集めたり、Tシャツを高いお金出して買ったりするような状況がまずありました。
それまでは「昔のことを振り返るのって、なんか後ろ向きな気がしてあんまり好きじゃないな」と思っていたんですけど、かつての僕らが60〜70年代の映画や音楽を「すてきだな」「おしゃれでいいな」って思っていた感覚で、若い世代が90年代を捉えてるんだなって。自分の中でそのころのことを描く理由が出てきたわけです。
そうした体験もあって、「次にやりたいもの、描きたいもの」を考えているときに、90年代をテーマにした若者のマンガを西岸良平先生の『三丁目の夕日』(※1)のように描きたい、って思いました。そこから資料をひたすら集めて……といった具合で始まっています。
※1 1974年から『ビッグコミックオリジナル』で連載中の長寿マンガ。昭和30年代の東京を舞台に、架空の町「夕日町三丁目」に住む人々の日常を描いている。2005年には「ALWAYS 三丁目の夕日」として実写映画化された。
―― 同作は「90年代東京史」と銘打たれています。あのころから30年たち、「令和」に入ったタイミングで発表する意味について聞かせてください。
渋谷 作品を描き始めたころから、東京五輪は開催するんじゃないかなと感じていました。「五輪開催後にはいろいろと大きく変わっちゃったりするんだろうか」「東京、特に渋谷の景色なんかはもっと変わっちゃうんだろうな」とも。
さっき、『三丁目の夕日』みたいに描きたいと言いましたが、この作品って前回の東京五輪(1964年)のころ、昭和30年代を舞台にしているんですね。僕なりの西岸良平リスペクトとして、このタイミングがいいのかなって。
―― 『三丁目の夕日』というのはそういう意味だったんですね! 渋谷さんは『せか夜』に関して、「ノスタルジーにしないようにした」としばしば口にしています。懐古で終わらないよう、特に気を付けた点はありますか?
渋谷 作中で描いた全ての事象を愛で包む、基本的に肯定も否定もしないスタンスをとったつもりです。「今と比較してどうか」っていうことよりも、「今とつながっているな」と思ってもらえるようには意識しました。
例えば、ちょうど第1エピソードを発表したころ、「Black Lives Matter」(※2)が世界中を駆け巡っていましたが、90年代でもずっと黒人差別を巡る問題は俎上(そじょう)に上がっていました。「自分らしく生きる」という思いを抱えていた女の子の存在も当時から語られていましたし。
※2 黒人に対する暴力や人種差別の撤廃を訴えるムーブメント。アフリカ系アメリカ人男性が警官の暴力によって死亡した「ジョージ・フロイド事件」(2020年)をきっかけに世界中へと広がった。
―― 「ドゥ・ザ・ライト・シング」(※3)の話が出てきたときにはショックを受けました。90年代と2021年の今がつながっているのかと。キャラ同士の「アメリカって……本当に今も黒人差別があるのかな?」「20年も経ってたらなくなってなきゃオカシイっすよ」というやりとりも印象的です。
※3 スパイク・リー監督が1989年に発表した映画。ニューヨークのブルックリンを舞台に、人種間の対立をテーマに据えている。
渋谷 「まだ言ってるぞ」と。もちろん現在と違う部分も多いのですが、実は時代を生きている人そのものはそんなに変わっていない。差別の問題にしろ、フェミニズムの問題にしろ、当時を普通に生きていたら目に入ってくるものだったんです。
若者たちが青春を過ごしているそばで、「問題が今も横たわっているんだな」「コレって、今も言われてるな……」っていうようなことを意識して描かれているし、描こうという気持ちはありましたね。僕としては、単に「90年代最高」という姿勢を取っているわけではありません。
パルコとマガハのカルチャーが「とにかくカッコいいもの」でした
―― 同作で描かれている時代は、渋谷さんにとっては16歳から21歳まで、『relax』に参加する前年(1997年)までにあたります。この時期に最も影響されたのは何でしょう?
渋谷 やっぱりパルコとマガジンハウスの雑誌を巡る文化ですね。
僕のころは、この両者が「最先端をうまくかいつまんで発信する場所」「とにかくカッコいいもの」というイメージだったんで、そこはやっぱり描いて残しておきたいなと。
―― その中でも特に印象的だったものは?
渋谷 作品の中にも出しましたが、「WAVE」でレコードをチェックして、「パルコブックセンター」で岡崎京子さんや松本大洋さんらコアな匂いのする漫画家の作品を買って、併設されていた「洋書ロゴス」で『i-D』や『THE FACE』といったイギリスの雑誌を見て帰ることがわりと“日課”だったというか。週のバイト代が入ったら足を運ぶといった具合でした。
埼玉の高校生にとっては、代官山まで行ってジーパン買うやつなんて同級生にはいなかったので、本当にビビリながら「A.P.C」(アー・ペー・セー)や「DETENTE」(デタント)といったお店で何か買ってきて、学校にはショッパー(ショッパー・バッグ)を体育着入れとして持っていって周囲にアピールする。
高校生で代官山まで行くやつって相当マウント取れるじゃないですか(笑)。
―― 振り返ってみると、私の周りでは全くいなかった気がします(笑)。
渋谷 雑誌でいうと、90年代初頭は『i-D JAPAN』(UPU)、『宝島』(宝島社)、『ポパイ』(マガジンハウス)に加えて、僕は普通に『Olive』や『CUTiE』などの女性誌もチェックしていました。みんな雑誌をカジュアルに買う時代だったかな。
―― “雑誌を読む”というのは、当時どんな体験だったんですか?
渋谷 口コミや現場から出てくる最新情報を早く扱っていたのが雑誌です。でも、その雑誌より早く情報をつかんだ! 雑誌のスピードを超えた! って場合もあったんですよ。
―― 他の誰よりも早く対象を発見する、ということですね。
渋谷 そんなときにはなんか「本当の東京の人」「東京の若者」って思えましたね。
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