若者に「今を肯定してほしい」 渋谷直角、90年代カルチャー描く最新作『世界の夜は僕のもの』で伝えたかった願い(2/2 ページ)
目指したのは自分なりのフィルターを通じた90年代史
―― 同作に関して、今までのお話をうかがううちに「作者の精神的自伝」だとも思いました。作中の人物やエピソードはどのくらい実際に基づいているのでしょうか?
渋谷 登場するキャラは基本的に自分の分身ばかりで、出会った人、友達、先輩をブレンドしつつ描いた感じです。レオにレニー・クラヴィッツの存在を教えてくれた年上の友人・中村ハジメも、作中と感じは違えどモデルがいましたし、「テレビのお笑いネタをパクってクラスで披露する」という第2エピソードのくだりは、もうバッチリ私の中学時代の思い出です(笑)。
だから、4割ぐらいは自分の思い出、6割ぐらいはフィクションというバランスじゃないかな。
―― 90年代を主に取り上げた同作ですが、最終章で一世を風靡(ふうび)したデザイナー・タチバナ秀人をフィーチャーして、少し前にあたる80年代を高く評価しています。他の「90年代本」と比べて間口の広さも感じましたが、そうした理由は?
渋谷 90年代から振り返って80年代のムーブメントを「過去の価値観」だと批判している人たちに接してみて、同様のことは60年代、70年代、80年代にも繰り返されてきたんじゃないのかな、と感じたのがきっかけです。今言われていることは昔にも言われていたぞ、と。
そうした傾向が90年代特有のものじゃなく、同じ問題をはらんだまま連綿として続いてみたいなことがあるので、時代のひとつの形として描いたイメージですね。
―― 今の話にも通じますが、各エピソード冒頭のコラムだけではなく、ところどころのコマにも渋谷さん独自の意見や視点が多く盛り込まれています。渋谷さんと同時代を生きた読者にとっては、ひょっとしたら違った見方も出てくるのではないかと感じましたが、自分をあえて押し出したのはなぜですか?
渋谷 えっと……(考え込む)。
―― 「90年代に起こったこと全てを愛で包む」と先ほどおっしゃっていましたが、その点とは別に個々の出来事の扱い方には正直ちょっとした温度差を感じました。
渋谷 (熟考しつつ)……これは僕の今のスタンスが非常に大きく作用していると思っています。僕自身はパルコ文化、マガジンハウスの雑誌文化に大きな影響を受けて育ててもらったし、そこからキャリアをスタートさせました。一方で同時期にはやっていた「悪趣味系」や「トラッシュカルチャー」といったハードコアなものには触れてはいるんですけど、あまりどっぷりじゃなかったんですよね。
今回の本を通じて90年代全体を俯瞰して見ていきたいわけではなく、僕なりの見方を浮き彫りにすることで90年代カルチャーの中に、ひとつのグラデーションが生まれるんじゃないかなって。
公平な視点かどうか分からない部分については、僕の主観、記憶、イメージだとあらかじめ書くことで、「いや全然違うよ」と指摘を受けても、「すいませんでした」って言えます。また、個人的に語りやすいもの、育ってきたものをメインに置くことで、資料的価値もあらためて生まれるのではないかという狙いもありましたね。
―― なるほど。「Black Lives Matter」や「フェミニズム」の話もそうですが、渋谷さんのマンガ作品では「社会の潮流」に着目することが多いと見ています。カルチャー紹介に終わらず、社会的な部分に目配せするのはどうしてですか?
渋谷 特に『せか夜』で描いている90年代のことは、当時の自分たちの感覚がどうだったかっていうのが描かれていないと、あったことやものの表面をなぞっただけで終わっちゃう。この作品については、「90年代とは何だったのか」と問いかけられたときに、普通なら削ぎ落とされちゃう細部のところをしっかり描くマンガにしたいなという点から出発しています。
そのころの実感が大事というか、読み手に向けて説明しないとちょっと伝わらないなと。そのあたり、僕は「書いちゃう!」っていうタイプですね。
―― ジェンダーレスなファッションを好む「フェミ男」にも触れていました。
渋谷 レディースの服を着る人は当時いたし、事実としてはやっていたので。「ジェンダーレスな価値観の提示になったのにな」「でも、やっぱりファッションに終わっちゃったし……」とも思いつつ、現在のジェンダーを巡る問題と比較するというよりは、そこにつながっていく“萌芽(ほうが)”として見ていました。
―― 時代の空気感に着目していた、ということでしょうか?
渋谷 そうです。空気感は説明したいかな。
いつの時代だって今が一番いい
―― 過去作の『ボサノヴァカバーを歌う女の一生』(※4)、『奥田民生になりたいボーイ』(※5)、『さよならアメリカ』(※6)では、主人公の挫折や再生を若干シニカルなタッチで描いてきたように思います。同じカルチャーを扱った作品でも、『せか夜』では登場キャラへの視点を温かく感じましたが、作品を描く上での変化があったのでしょうか?
※4 2013年刊行のマンガ作品。正式タイトルは『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』で、全く芽が出ない35歳女性歌手の行く末を描いた表題作は発表当時に話題となった。
※5 2015年刊行のマンガ作品。正式タイトルは『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』で、奥田民生の歌を人生の指針にしている若手編集者が、ひょんなことで知り合ったファッションプレスの女性に振り回されるさまを追っている。2017年には実写映画化され、完全版も併せて刊行された。
※6 2019年刊行のマンガ作品。古き良き時代のアメリカ文化に心酔している主人公の中年男性“アンディ”こと安藤を巡るのっぴきならない出来事を描き出している。
渋谷 他の人にも「読後感が違う」と言われました(笑)。僕としては「今回こそさわやかなものを書くぞ」みたいなつもりでもなかったんですけど。
『ボサノヴァ』のときも、僕のマンガ家としての気持ちでは、希望を残して終わりたかったんですよ。だけど、希望を描こうとしても描けない。当時の僕は「ウソの希望を描くぐらいだったら、もうこれで終わりって方が誠実だな」って思ったので、あのような終わり方になりました。描けるものなら描きたかったんですけどね。
でも今回はなんか……「できたなぁ」って感じ。特に『Olive』を愛読する高山ヨーコちゃんが登場する第5エピソードは、僕の優しい感じがすごく出たなって(笑)。
編集部 ヨーコちゃんの回は、周囲の女性読者からも結構な共感を得ていましたよ。
―― それはすごい! 昔と違って希望を描けるようになったことには何かきっかけが?
渋谷 単純にマンガを描き続けたからっていうのはあると思います。技術的に向上して、こうすれば最後救われる必然性が出てくるぞとか、そうした展開を組み立てられるようには多少なったかなと。
『渋井直人の休日』(※7)という作品が、僕の漫画の変遷で「デカい」んですよね。1話完結のエピソードを積み重ねていくので、主人公がカッコ悪いだけで終わるパターンもできるし、ちょっと人の優しさに触れるというパターンもできる。6〜7年ぐらい連載を続けてきて、さまざまなパターンの話にチャレンジできたこと、「もうちょっといろんなことが描けるんじゃないか」と思えたことは大きかったですよ。46歳でもまだ成長できるって感じ(笑)。
※7 2015年に連載開始し、現在は『otona MUSE』(宝島社)に掲載されているマンガ作品。おしゃれなサブカル系中年でデザイナー・渋井直人の日常を温かく描いており、2019年にはテレビ東京にて、光石研さん主演で連続ドラマ化されている。
あと、『せか夜』は振り返りという側面を持っている以上、読者が「過去の話」として読めるから、現実のつらさを食らわない、受けるダメージが少ないっていうのもある気はしてます。
『ボサノヴァ』は2012年ごろに描いたんで、もう10年ぐらいたつわけです。いまだにあの作品が僕の“ベース”のように語られることがあるので、「とてもすごい作品なんだな」と感じる一方で、「超えたいな」ともずっと思ってますし、過去の自分超えを常に目指しています。
―― 最後の質問です。渋谷さんにとっての「90年代」、そしてこれからの「2020年代」は今どう映っているのでしょうか?
渋谷 (確信のこもった口調で)いやぁ、いいと思うんですよ! いつだって今がいいですよ!
90年代もイヤなところを拾えば、イヤなことはもちろんいっぱいありますし、2020年代も10年後20年後になったら、同じことがいえるんじゃないかな。でも、その時代を生きてきた人にとっては、「いや、楽しかったけどな」っていうことは絶対あって……っていう繰り返しだと思います。
(しばらく熟考して)僕の感覚としては、同年代の人にはこのマンガを読んだときに、懐かしいなっていう気持ちとともに、夢でいっぱいだった当時の気持ちを思い出してもらいたい。あのときの感覚で今を見られるような感じっていうんですかね。
(再び熟考して)なんだろうな……。例えば音楽や映画だったり、街でも洋服でもいいんですけど、ちょっとキラキラしたものに触れて「自分がもっと変われるんじゃないか」と感じていたころの気持ちをちょっと刺激したい、若い世代の人たちに向けては勇気付けたい、読んでいるとやる気が出て、今を肯定したくなってほしいという思いです。
言語化したのは今回初めてですけど、そういうつもりで書いた感はあるし、読後にそう思ってくれたら超うれしい!
―― 渋谷さんなりの全年代に対するエールだと受け取ってもいいですか?
渋谷 えぇ!?(笑) でもそうですね、エールだと思います!
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