現実に溶け込む“ひとさじの不思議” ちょっぴり非日常なイラスト集がいつもの散歩に刺激をくれそう:司書みさきの同人誌レビューノート
妄想がはかどる。
春ですね。寒さと暖かさを行ったり来たりしながらも、道端で見掛ける水仙のつぼみは日に日に膨らんでいっています。暖かくなると身軽に外へのお出かけに心ひかれます。今回の同人誌はゆっくり歩くのが楽しくなりそうなご本です。
今回紹介する同人誌
『散歩のとき何か描きたくなって』B5 20ページ 表紙・本文 色インク刷り
『猫も歩けば土管にあたる』B5 20ページ 表紙・本文 色インク刷り
著者:ハルゾウ
日常の道にひとさじの不思議。散歩の光景を描く
ご本はペンで描かれたイラスト集です。作者さんが住んでおられるという、やきもののまち、常滑の様子をはじめとして、実際にある景色が1枚のイラストや、4コマのマンガになっています。2冊ともタイトルに「歩」の文字が入っているように、歩いているうちに出会いそうな町、道、人々の姿……そんな日常の風景が描かれています。
ん? でもちょっと待って。ハシビロコウが信号を待っていることって、あるかしら? そんな、普通ではまず出会えない状況もするりと“いつも”に混ざりこんでいるんです。この、ひとさじの不思議さの配分が絶妙で、猫の足跡が車に残されている、なんて、いかにもありそうな一枚もあれば、信号待ちのハシビロコウという、人生でめったに出会わなそうな光景まであって……いえ、ハシビロコウと信号待ち、現実ならめったにどころか、絶対出会わなさそうな光景ですよね。ところが、虚実の入り組み、バランスで「絶対とはいえないかも。もしかしたら散歩していたらこんなところに出会うかも」という気分になってきたんです。
細密なペン画とくつろぎが重なる
もしかしたら日常にこんなことがあるかも? の気持ちを後押ししてくれるのは、町の様子が丁寧に描かれているからかもしれません。建物や植物があじわい深く、細やかに描写されます。でもそこに居る人や動物の表情は決して硬質ではなく、おだやかで優しい存在感を持っています。装丁の落ち着いたクラフトの紙の質感や、ほんの少しだけ黄みがかった本文用紙も相まって、ああ、肩の力が抜けたいつもの暮らしがある道筋なんだなぁと感じられて、ページのこちら側にもくつろぎのムードがやってきました。特徴的なベンチのある公園や城跡など、土地の特有なところも織り込まれ、そこを歩いて、眺めてみたくなってきます。
日々に楽しさを連れて来てくれる目線
本当の街並みに、空想の人や動物が描かれることで「本当にありそうな、でも、今日出会えなくても、いつか出会うかも……」という楽しい気持ちがふわりとやってきます。リアルに空想を重ねると、日々がちょっぴり面白くなる、そんな目線がどのページにもありました。見知らぬ町も、見知った町も、ご本の楽しさを頭に思い描きながらのびのびと歩きたくなりました。
今週の余談
良く知っている道も、歩く時間帯によって違う顔に見えたりします。歩き始めると意外と遠くまで行くのも苦ではなくなったり。日差しもやさしいこの季節、散歩にぴったりですね。
みさき紹介文
図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
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