僕が小説を書くのは“人より弱い人間”だから 「ぶんけい」柿原朋哉、2年かかった初長編『匿名』で生まれた覚悟(2/2 ページ)

» 2022年08月26日 18時00分 公開
[Yukaねとらぼ]
前のページへ 1|2       
※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

東京にいることは“呪い” 地元・淡路島との違いとは

※以下では『匿名』のネタバレに触れる箇所があります。

―― 『匿名』では学生のヒエラルキー問題や同窓会など、細部に読者の共感を誘うリアルさがありました。実体験に基づいているのでしょうか?

柿原 リアルさを込めよう、私小説的に書こうとは思っていませんでしたが、やはり実体験のある部分は文章に気持ちが乗りましたね。読み返して「ここはそこまで書かなくていいのに、実体験が入ってすごい書いてるな」と。だから自分が時々で感じたことは、ちょくちょく入れるようにしました。

 具体的には、Fが後半で語った「悲しみとか怒りからしか歌詞を書けない」というセリフ。僕自身、「そういう感情からしか書けない」と思ったタイミングとリンクしたので入れました。

 根幹となるストーリーはあらかじめ決まっていますが、言葉はそのとき自分が思ったことが自然と入ってきてしまう。あとは田舎と都会の差ですね。自分が電車もない兵庫県淡路島で育っているので、東京との差で感じることを盛り込めたと思います。

―― 言われてみると物語には都会と田舎の描写がよく出てきました。両者にはどんな思いを抱いているのですか?

柿原 僕にとって東京にいることは結構な“呪い”だと思っています

 東京にはいろいろな楽しいものがある一方で、住み続けるための家賃が高いなど、「いいところと悪いところがいっぱいある場所」「頑張らないといけない場所」という感覚がちょっとあるんですよね。ここに居続けるために奮闘し続けないといけないという呪いがある。

 淡路島の実家に帰ると、呪いはなくなって「頑張らなくていいな」と思ったり。でも、そうならないために東京にいるから、楽しいは楽しいけど、めっちゃ好きかと聞かれると多分嫌いな場所なんです。

 本当は実家に帰りたい、実家で作家として仕事をしたい、でも帰ったらダメになるんだろうなと。そんな葛藤も、登場人物たちに影響しているんじゃないかな。

「『自己肯定感』というテーマは書ききった」 主人公2人と歩んだ2年間

―― 『匿名』では、Fと友香が最後に「ある決断」をします。結末は決まっていたのでしょうか。

柿原 最初のプロットで大まかな軸は決めていましたが、具体的なストーリーは決まらなかったんです。2人が最後に何をしたら言いたいことが書けるのか、ずっと悩んだまま書き始めました。

 というより、書いていかないと分からなかったんです。僕は彼女たちじゃないので、2人の経験を一緒に追わないと理解できないと思いました。3/4ぐらい書き進めたあたりで、やっと結末が見えてきてFの一章を書き足しました。

―― 2年間書き続ける中で導かれた結末だったと。2人の“その後”がとても気になりますが、続編はあるのでしょうか?

柿原 一番大事にしていた「自分をどう受け入れるか」、つまり「自己肯定感」というテーマは書ききったなと。彼女たちが、次に何をするかはいいんです。僕は、彼女たちが自分自身を受け入れるまでの話を書かなきゃいけなかった

 「2人がどうやって今の自分を受け入れるか」をクライマックスにしようとはずっと考えてきました。自分とどう向きあっていくかは、何歳になっても難しいだろうなと思いますから。

―― 彼女たちは作中でさまざまな葛藤に向き合っていましたね。柿原さんは2人をどのように見ているのでしょう?

柿原 Fは過去から今までの過程より、いかに目標に向かうかを重要視する人。だからないがしろにしてきたこともある。僕自身、目標達成に向かうあまり、無意識に過去を置き去りにしちゃったりすることがあって、何か失ってから気付くことも多かった。Fはそういう強さと弱さを兼ね備えた人です。

 一方で友香は、人生の重きを目標に置いていない。目標を定めると、それに向かって頑張らないといけないとか、周りに期待されるからと、何もせず目立とうとしない人。変に出しゃばって失敗して責められるよりも、「最初からやらない方がいい」って思うタイプですね。それは自分の身を守るための賢い判断で、1つの正しさでもありますが、同時に言い訳にもなってしまいます。

 2人のキャラクターは結局「攻撃と防御」なのかなと。友香の方が、守りがうまい。でも守りすぎてしまうところもある。Fは攻撃がうまいけれど、逆に隙も多い。

―― 2人は好対照をなしているんですね。

柿原 お互い逆の人物像を設定しようとは最初の段階で決めていました。2人が交わっていく話にしたかったんです

 社会的にも性格的にも離れた2人が真ん中で合流してしまったことをきっかけに、それぞれの人生が変わっていく話を書きたかった。

 2人を書きながら僕自身いろんなことに気付けて、すごく大事な第1作目になりました。2022年で28歳になりますが、「このときはこんなことを考えていて、この段階では僕の中で一番面白いものだったんだ」と何十年か後に振り返ることのできるものが残せてよかったです。

夢は「世の中に認めてもらえる作家に」

―― 現時点で目標にしている人や、こうなりたいという理想はありますか?

柿原 朝井リョウさんの世の中の見方はすごく尊敬していて、あえていうと「悔しい」とも思いますね。作家として「悔しい」というより、人間として「悔しい」に近い感覚です。

 例えば、普段の生活で思っていることをそのまま言うと、「また変なこと言ってる」「自分だけ俯瞰して世の中を見てる」って感じさせてしまう可能性があるじゃないですか?

 でも朝井さんは、作品内で風刺的なことを言うにもかかわらず、読んだ人が「うん、そうだよね」ってうなずいてくれるような表現が素晴らしいなと思っていて。社会を面白おかしく批判的に書いたとしても、当事者である世の中の人が「面白い」って思ってしまう。“悪口言われてうれしい”みたいな気持ちにさせるのがすごい。

―― 柿原さんがいま書きたい本は?

柿原 “楽しい!”と思ってもらえる本、できれば“興味深い”も含んだ楽しい本が書きたいです! さっき挙げた朝井さんのような書き方をするには、「考える能力」と「言葉にする能力」が同じぐらい強くないと無理だと思うんですよね。メッセージがしっかりあるのに教訓くさくない、押し付けがましくない。それが僕の書きたいものに近いのかなと思います。

 あとは問いを投げかけて、読後に余韻にひたってもらえるものを作っていきたいな。読後の余韻はつらい思いかもしれないし、怖いことや残酷なことに触れるかもしれないけど、日常生活の中で「あの本でこういう話をしていたな…」とふと頭をよぎってほしい。

 「多様性」と聞いたときに朝井さんの『正欲』(※)を思い出すような、そんなことが起きる作品を生み出していけたらいいなとは思います。

※第34回柴田錬三郎賞受賞、第19回本屋大賞ノミネート作品。マイノリティーの立場にあるさまざまな人物の孤独や希望を描きながら、人間の「多様性」に言及した小説。

―― まさに「面白くてためになる」ですね。最後に、小説家として今後どう歩んでいきたいかを聞かせてください。

柿原 難しいですね……。今はひたすら目の前の「面白い」を作ることにしか向き合えていません。ただ向き合い続けた先、ふと顔を上げたときには、目の前に道ができていると信じています。

 大きな願望でいうと、世の中に認めてもらえるような作家になりたい。いつも冗談っぽく言ってしまいますが、「直木賞や本屋大賞を本気で狙いにいくぞ!」と。そして、一生作家として生きていけるぐらい本に向き合いたいと、今は思っています。

“ぶんけい”こと小説『匿名』を書いた柿原朋哉

書籍情報

・『匿名』

著者:柿原朋哉

刊行日:2022年8月26日(金)

価格:1540円

“ぶんけい”こと柿原朋哉の小説『匿名』

プレゼントキャンペーンのお知らせ(※応募は終了しています)

ねとらぼエンタの公式Twitterをフォローし、本記事を告知するツイートをRTしてくださった方の中から抽選で2名に柿原朋哉さんの直筆サイン入り『匿名』をプレゼントするキャンペーンを実施します。リプライでの感想もお待ちしています!

Twitterキャンペーン応募方法

(1)ねとらぼエンタ公式Twitterアカウント(@itm_nlabenta)をフォロー

(2)本記事の告知ツイートをRTで応募完了

注意事項

  • 締切期限は9月2日正午
  • 当選者には編集部よりDMにてご連絡いたします。DMが開放されていない場合には当選無効となりますのでご注意ください
  • いただいた個人情報はプレゼントの発送のみに使用し、送付後は速やかに処分します
  • ご応募完了時点で、アイティメディアのプライバシーポリシーへご同意いただいたものと致します。応募前に必ずご確認ください。

前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2412/18/news202.jpg 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの行動”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」【大谷翔平激動の2024年 「家族愛」にも集まった注目】
  2. /nl/articles/2412/20/news023.jpg 60代女性「15年通った美容師に文句を言われ……」 悩める依頼者をプロが大変身させた結末に驚きと称賛「めっちゃ若返って見える!」
  3. /nl/articles/2403/21/news088.jpg 「庶民的すぎる」「明日買おう」 大谷翔平の妻・真美子さんが客席で食べていた? 「のど飴」が話題に
  4. /nl/articles/2412/21/news038.jpg 皇后さま、「菊のティアラ」に注目集まる 天皇陛下のネクタイと合わせたコーデも……【宮内庁インスタ振り返り】
  5. /nl/articles/2412/21/news056.jpg 真っ黒な“極太毛糸”をダイナミックに編み続けたら…… 予想外の完成品に驚きの声【スコットランド】
  6. /nl/articles/2412/21/news088.jpg 71歳母「若いころは沢山の男性の誘いを断った」 信じられない娘だったけど…… 当時の姿に仰天「マジで美しい」【フィリピン】
  7. /nl/articles/2412/20/news096.jpg 新1000円札を300枚両替→よく見たら…… 激レアな“不良品”に驚がく 「初めて見た」「こんなのあるんだ」
  8. /nl/articles/2412/18/news015.jpg 家の壁に“ポケモン”を描きはじめて、半年後…… ついに完成した“愛あふれる作品”に「最高」と反響
  9. /nl/articles/2412/15/news031.jpg ザリガニが約3000匹いた池の水を、全部抜いてみたら…… 思わず腰が抜ける興味深い結果に「本当にすごい」「見ていて爽快」
  10. /nl/articles/2412/17/news195.jpg 「ほぼ全員、父親が大物芸能人」 奇跡的な“若手俳優の集合写真”が「すごいメンツ」と再び話題 「今や全員主役級」
先週の総合アクセスTOP10
  1. ザリガニが約3000匹いた池の水を、全部抜いてみたら…… 思わず腰が抜ける興味深い結果に「本当にすごい」「見ていて爽快」
  2. ズカズカ家に入ってきたぼっちの子猫→妙になれなれしいので、風呂に入れてみると…… 思わず腰を抜かす事態に「たまらんw」「この子は賢い」
  3. フォークに“毛糸”を巻き付けていくと…… 冬にピッタリなアイテムが完成 「とってもかわいい!」と200万再生【海外】
  4. 鮮魚スーパーで特価品になっていたイセエビを連れ帰り、水槽に入れたら…… 想定外の結果と2日後の光景に「泣けます」「おもしろすぎ」
  5. 「申し訳なく思っております」 ミスド「個体差ディグダ」が空前の大ヒットも…… 運営が“謝罪”した理由
  6. 「タダでもいいレベル」 ハードオフで1100円で売られていた“まさかのジャンク品”→修理すると…… 執念の復活劇に「すごすぎる」
  7. 母親から届いた「もち」の仕送り方法が秀逸 まさかの梱包アイデアに「この発想は無かった」と称賛 投稿者にその後を聞いた
  8. ある日、猫一家が「あの〜」とわが家にやって来て…… 人生が大きく変わる衝撃の出会い→心あたたまる急展開に「声出た笑」「こりゃたまんない」
  9. 友人のため、職人が本気を出すと…… 廃材で作ったとは思えない“見事な完成品”に「本当に美しい」「言葉が出ません」【英】
  10. セレーナ・ゴメス、婚約発表 左手薬指に大きなダイヤの指輪 恋人との2ショットで「2人ともおめでとう!」「泣いている」
先月の総合アクセスTOP10
  1. 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
  2. 「絶句」 ユニクロ新作バッグに“色移り”の報告続出…… 運営が謝罪、即販売停止に 「とてもショック」
  3. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  4. アレン様、バラエティー番組「相席食堂」制作サイドからのメールに苦言 「偉そうな口調で外して等と連絡してきて、」「二度とオファーしてこないで下さぃませ」
  5. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  6. 「やはり……」 MVP受賞の大谷翔平、会見中の“仕草”に心配の声も 「真美子さんの視線」「動かしてない」
  7. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  8. 「母はパリコレモデルで妹は……」 “日本一のイケメン高校生”グランプリ獲得者の「家族がすごすぎる」と驚がくの声
  9. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  10. 「真美子さんさすが」 大谷翔平夫妻がバスケ挑戦→元選手妻の“華麗な腕前”が話題 「尊すぎて鼻血」