僕が小説を書くのは“人より弱い人間”だから 「ぶんけい」柿原朋哉、2年かかった初長編『匿名』で生まれた覚悟(2/2 ページ)
東京にいることは“呪い” 地元・淡路島との違いとは
※以下では『匿名』のネタバレに触れる箇所があります。
―― 『匿名』では学生のヒエラルキー問題や同窓会など、細部に読者の共感を誘うリアルさがありました。実体験に基づいているのでしょうか?
柿原 リアルさを込めよう、私小説的に書こうとは思っていませんでしたが、やはり実体験のある部分は文章に気持ちが乗りましたね。読み返して「ここはそこまで書かなくていいのに、実体験が入ってすごい書いてるな」と。だから自分が時々で感じたことは、ちょくちょく入れるようにしました。
具体的には、Fが後半で語った「悲しみとか怒りからしか歌詞を書けない」というセリフ。僕自身、「そういう感情からしか書けない」と思ったタイミングとリンクしたので入れました。
根幹となるストーリーはあらかじめ決まっていますが、言葉はそのとき自分が思ったことが自然と入ってきてしまう。あとは田舎と都会の差ですね。自分が電車もない兵庫県淡路島で育っているので、東京との差で感じることを盛り込めたと思います。
―― 言われてみると物語には都会と田舎の描写がよく出てきました。両者にはどんな思いを抱いているのですか?
柿原 僕にとって東京にいることは結構な“呪い”だと思っています。
東京にはいろいろな楽しいものがある一方で、住み続けるための家賃が高いなど、「いいところと悪いところがいっぱいある場所」「頑張らないといけない場所」という感覚がちょっとあるんですよね。ここに居続けるために奮闘し続けないといけないという呪いがある。
淡路島の実家に帰ると、呪いはなくなって「頑張らなくていいな」と思ったり。でも、そうならないために東京にいるから、楽しいは楽しいけど、めっちゃ好きかと聞かれると多分嫌いな場所なんです。
本当は実家に帰りたい、実家で作家として仕事をしたい、でも帰ったらダメになるんだろうなと。そんな葛藤も、登場人物たちに影響しているんじゃないかな。
「『自己肯定感』というテーマは書ききった」 主人公2人と歩んだ2年間
―― 『匿名』では、Fと友香が最後に「ある決断」をします。結末は決まっていたのでしょうか。
柿原 最初のプロットで大まかな軸は決めていましたが、具体的なストーリーは決まらなかったんです。2人が最後に何をしたら言いたいことが書けるのか、ずっと悩んだまま書き始めました。
というより、書いていかないと分からなかったんです。僕は彼女たちじゃないので、2人の経験を一緒に追わないと理解できないと思いました。3/4ぐらい書き進めたあたりで、やっと結末が見えてきてFの一章を書き足しました。
―― 2年間書き続ける中で導かれた結末だったと。2人の“その後”がとても気になりますが、続編はあるのでしょうか?
柿原 一番大事にしていた「自分をどう受け入れるか」、つまり「自己肯定感」というテーマは書ききったなと。彼女たちが、次に何をするかはいいんです。僕は、彼女たちが自分自身を受け入れるまでの話を書かなきゃいけなかった。
「2人がどうやって今の自分を受け入れるか」をクライマックスにしようとはずっと考えてきました。自分とどう向きあっていくかは、何歳になっても難しいだろうなと思いますから。
―― 彼女たちは作中でさまざまな葛藤に向き合っていましたね。柿原さんは2人をどのように見ているのでしょう?
柿原 Fは過去から今までの過程より、いかに目標に向かうかを重要視する人。だからないがしろにしてきたこともある。僕自身、目標達成に向かうあまり、無意識に過去を置き去りにしちゃったりすることがあって、何か失ってから気付くことも多かった。Fはそういう強さと弱さを兼ね備えた人です。
一方で友香は、人生の重きを目標に置いていない。目標を定めると、それに向かって頑張らないといけないとか、周りに期待されるからと、何もせず目立とうとしない人。変に出しゃばって失敗して責められるよりも、「最初からやらない方がいい」って思うタイプですね。それは自分の身を守るための賢い判断で、1つの正しさでもありますが、同時に言い訳にもなってしまいます。
2人のキャラクターは結局「攻撃と防御」なのかなと。友香の方が、守りがうまい。でも守りすぎてしまうところもある。Fは攻撃がうまいけれど、逆に隙も多い。
―― 2人は好対照をなしているんですね。
柿原 お互い逆の人物像を設定しようとは最初の段階で決めていました。2人が交わっていく話にしたかったんです。
社会的にも性格的にも離れた2人が真ん中で合流してしまったことをきっかけに、それぞれの人生が変わっていく話を書きたかった。
2人を書きながら僕自身いろんなことに気付けて、すごく大事な第1作目になりました。2022年で28歳になりますが、「このときはこんなことを考えていて、この段階では僕の中で一番面白いものだったんだ」と何十年か後に振り返ることのできるものが残せてよかったです。
夢は「世の中に認めてもらえる作家に」
―― 現時点で目標にしている人や、こうなりたいという理想はありますか?
柿原 朝井リョウさんの世の中の見方はすごく尊敬していて、あえていうと「悔しい」とも思いますね。作家として「悔しい」というより、人間として「悔しい」に近い感覚です。
例えば、普段の生活で思っていることをそのまま言うと、「また変なこと言ってる」「自分だけ俯瞰して世の中を見てる」って感じさせてしまう可能性があるじゃないですか?
でも朝井さんは、作品内で風刺的なことを言うにもかかわらず、読んだ人が「うん、そうだよね」ってうなずいてくれるような表現が素晴らしいなと思っていて。社会を面白おかしく批判的に書いたとしても、当事者である世の中の人が「面白い」って思ってしまう。“悪口言われてうれしい”みたいな気持ちにさせるのがすごい。
―― 柿原さんがいま書きたい本は?
柿原 “楽しい!”と思ってもらえる本、できれば“興味深い”も含んだ楽しい本が書きたいです! さっき挙げた朝井さんのような書き方をするには、「考える能力」と「言葉にする能力」が同じぐらい強くないと無理だと思うんですよね。メッセージがしっかりあるのに教訓くさくない、押し付けがましくない。それが僕の書きたいものに近いのかなと思います。
あとは問いを投げかけて、読後に余韻にひたってもらえるものを作っていきたいな。読後の余韻はつらい思いかもしれないし、怖いことや残酷なことに触れるかもしれないけど、日常生活の中で「あの本でこういう話をしていたな…」とふと頭をよぎってほしい。
「多様性」と聞いたときに朝井さんの『正欲』(※)を思い出すような、そんなことが起きる作品を生み出していけたらいいなとは思います。
※第34回柴田錬三郎賞受賞、第19回本屋大賞ノミネート作品。マイノリティーの立場にあるさまざまな人物の孤独や希望を描きながら、人間の「多様性」に言及した小説。
―― まさに「面白くてためになる」ですね。最後に、小説家として今後どう歩んでいきたいかを聞かせてください。
柿原 難しいですね……。今はひたすら目の前の「面白い」を作ることにしか向き合えていません。ただ向き合い続けた先、ふと顔を上げたときには、目の前に道ができていると信じています。
大きな願望でいうと、世の中に認めてもらえるような作家になりたい。いつも冗談っぽく言ってしまいますが、「直木賞や本屋大賞を本気で狙いにいくぞ!」と。そして、一生作家として生きていけるぐらい本に向き合いたいと、今は思っています。
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