監督がロケハンに本気出しすぎて本当に団地に引っ越したアニメ映画「雨を告げる漂流団地」レビュー(1/2 ページ)

令和版「無人惑星サヴァイヴ」だった。

» 2022年09月17日 11時00分 公開
[ヒナタカねとらぼ]
※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

 アニメ映画「雨を告げる漂流団地」の劇場公開とNetflixでの配信が9月16日からスタートしている。

 「雨を告げる漂流団地」レビュー 「無人惑星サヴァイヴ」を思わせる、王道の少年少女サバイバル冒険物語の秀作 長編アニメーション映画「雨を告げる漂流団地」 9.16(金) Netflix全世界独占配信&日本全国ロードショー (C) コロリド・ツインエンジンパートナーズ

 本作はスタジオコロリド制作で、「ペンギン・ハイウェイ」(2018)などで高い評価を得ている石田祐康監督の最新作。アニメファンの大人はもちろん、子どもにも夏の終わりに見てほしいと心から思える内容となっていた。具体的な魅力を紹介しよう。

「雨を告げる漂流団地」本予告

「無人惑星サヴァイヴ」や劇場版「ドラえもん」を思わせる理由

 本作のあらすじは、団地に忍び込んでいた小学生たちが不思議な現象に巻き込まれ、なぜか団地ごと海の上に漂流してしまい、なんとか帰る方法を探す……というもの。

 マンガ「漂流教室」の学校が団地に置き換わったような設定だが、実際に見て個人的に印象が近かったのは、2003年からNHKで放送されていたテレビアニメ「無人惑星サヴァイヴ」だった。

 「雨を告げる漂流団地」と「無人惑星サヴァイヴ」はどちらも主人公が少年少女であり、楽しいばかりの内容ではなく、食料や水を得るために工夫や挑戦をしていくさまや、時折見せる胃が痛くなりそうなギスギスした空気など、視聴者を甘やかさないシビアな作劇が共通している。高飛車なお嬢様、穏やかで優しい男子など、個性豊かなキャラクターと、その関係性もどこか似ていた。

 「雨を告げる漂流団地」レビュー 「無人惑星サヴァイヴ」を思わせる、王道の少年少女サバイバル冒険物語の秀作 (C) コロリド・ツインエンジンパートナーズ

 はたまた、劇場版「ドラえもん」や映画「学校の怪談」シリーズのような、「子どもたちだけの(ちょっと怖い体験も込みの)ひと夏の冒険」を期待する人も楽しめるだろう。ケンカをしてしまうことがあっても、協力してピンチを乗り越えるなど、かけがえのない信頼と友情が育まれていくジュブナイル冒険物語として正統派な作りになっていたのだから。

 「雨を告げる漂流団地」レビュー 「無人惑星サヴァイヴ」を思わせる、王道の少年少女サバイバル冒険物語の秀作 (C) コロリド・ツインエンジンパートナーズ

 もちろん、スタジオコロリドによる超ハイクオリティーなアニメーション表現もフルスロットル。かわいいキャラクターの表情はコロコロと変わり、素早くがれきを登るアクションなども細やかかつダイナミックに描かれている。時には美しく、時には恐怖を覚える水(海)や光の演出にも圧倒された。

 「雨を告げる漂流団地」レビュー 「無人惑星サヴァイヴ」を思わせる、王道の少年少女サバイバル冒険物語の秀作 (C) コロリド・ツインエンジンパートナーズ

 配信で見るのももちろん良いが、可能であればより世界観に没入できる劇場での鑑賞をおすすめしたい。

団地が好きすぎて実際に住む石田監督

 石田監督は本作で少年少女が漂流する上で「機動戦士ガンダム」におけるホワイトベースのような母艦や帰る場所があるといいと考え、学校や東京タワーなどいろいろなアイデアを出した中で、ビジュアルへの愛着から屋上が甲板にも見える“団地”を選んだのだと明かしている。

 「雨を告げる漂流団地」レビュー 「無人惑星サヴァイヴ」を思わせる、王道の少年少女サバイバル冒険物語の秀作 (C) コロリド・ツインエンジンパートナーズ

 石田監督の団地に対する思い入れと憧れは並々ならぬものがあるようで、なんでも制作に合わせて本当に団地に引っ越しをしており、団地の魅力を熱く語ったブログ記事を書いているほどだ。そして最初こそ「住むのが最大のロケハン」と考えていたものの、今では映画とは無関係に純粋に団地生活を楽しんでいるという。

 MANTANWEBのインタビューでは「なぜ団地が好きなのか?」と問われ、「清潔な白壁」「造形を極限までそぎ落としたミニマルなところ」「建物と建物の間隔に余白があって緑もあること」など、やはり独特のこだわりについて語っている。

 ちなみに、劇中の団地は劇場版「デジモンアドベンチャー」などと同じく旧ひばりが丘団地(西東京市・東久留米市)がモデル。しかも、団地愛好家として知られる照井啓太さんが「団地監修」を務めている。団地マニアであればそのディテールのこだわりに気付かされるところもきっとあるだろう。

誰にでもあるかけがえのない場所

 団地はデザインだけでなく、その「歴史」も物語に反映されている。実は劇中の団地は取り壊しが進んでおり、子どもたちからは「おばけ団地」とも呼ばれてしまうのだが、主人公の1人である少女・夏芽はそこに住んでいたころの思い出を大切にしすぎるがあまり、取り壊しを受け入れられずにいるのだ。

 「雨を告げる漂流団地」レビュー 「無人惑星サヴァイヴ」を思わせる、王道の少年少女サバイバル冒険物語の秀作 左が夏芽、右が航祐。2人はまるで姉弟のように仲良しの幼馴染だったのだが……。(C) コロリド・ツインエンジンパートナーズ

 その夏芽の思いは、やがて「誰にでもあるかけがえのない場所」を肯定する、尊いメッセージへとつながっていく。実際に、石田監督は公式サイト上のコメントで次のようにつづっている。

 きっと誰にでもある大切な場所は往々にして他人にとっては他人事。でもだからこそ“自分だけの特別な体験”がそこにあったはず。そういう個人的な体験を他人に伝えるのは難しいことですが、そこから飛び出てくる熱量を前にすると、せめて自分だけでも信じてやれないものかとなって……。

 夏芽はいつまでも団地に執着していることを、自分でもウジウジしすぎだと思っているし、幼馴染の少年・航祐もそのことでイライラを募らせている。また、夏芽は、団地に住んでいたときに航祐の祖父を「やすじい」と呼び本当の家族のように慕っていたのだが、そのやすじいが亡くなったことも、夏芽と航祐がギクシャクしてしまうきっかけになっていたりする。偶然サバイバルに巻き込まれた他の子どもたちは、当然こうした思い入れを理解できるはずもない。

 「雨を告げる漂流団地」レビュー 「無人惑星サヴァイヴ」を思わせる、王道の少年少女サバイバル冒険物語の秀作 (C) コロリド・ツインエンジンパートナーズ
 「雨を告げる漂流団地」レビュー 「無人惑星サヴァイヴ」を思わせる、王道の少年少女サバイバル冒険物語の秀作 (C) コロリド・ツインエンジンパートナーズ

 国内の団地の多くは高度経済成長期に建設されており、戦後日本の原風景ともいえる存在である。本作ではそんな団地を巡り、一度は不仲になってしまう少年少女の関係を通じて、大切な場所で過ごしてきた思い出を肯定し、前向きになれる優しいメッセージを投げかけてくれていた。

 団地に限らず、子どものころに(大人になっても)好きな場所があった、または慕っていた人がいたという人にとって、きっと福音となる一作だ。

新海監督や吉浦監督に次ぐ目覚ましいキャリア

 石田監督は1988年生まれで現在まだ34歳。2009年に発表した自主制作アニメ「フミコの告白」で一躍脚光を浴び、2013年に短編「陽なたのアオシグレ」で劇場デビュー。2018年の「ペンギン・ハイウェイ」で日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞を受賞するなど、目覚ましいキャリアを歩んでいる。

「フミコの告白」はYouTubeで公開中。告白した少女がとんでもないことになる。

 自主制作作品から商業作品へと駆け上がり、しかもオリジナル企画で高い評価を得るという来歴は、「ほしのこえ」(2002)から「君の名は。」(2016)の新海誠監督や、また「ペイル・コクーン」(2006)から「アイの歌声を聴かせて」(2021)の吉浦康裕監督を彷彿とさせる。

 スタジオコロリドもまだ設立から11年と比較的若いスタジオで、石田監督はその中でこれまでスピーディーかつ堅実に新作を積み重ねてきた。間違いなくアニメ界で再注目の若手監督の1人であり、今後も飛ぶ鳥を落とす勢いの活躍が期待できる。

 何より、いずれの作品も空間を駆け回る描写が素晴らしく、アニメ映画という枠組みのさらなる進化も予感させる。このキャリアと作品をリアルタイムで追う楽しみという意味でも、ぜひ「雨を告げる漂流団地」をご覧になってほしい。

ヒナタカ

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2405/01/news077.jpg ミュージカル『ディズニー くまのプーさん』、舞台が見えづらいとの指摘に謝罪 「視認性の改善を講じる」
  2. /nl/articles/2404/30/news015.jpg 【今日の計算】「500×99」を計算せよ
  3. /nl/articles/2404/30/news156.jpg 「葬送のフリーレン」の勇者一行、ネモフィラ畑に現る 名場面にちなんだコスプレが「これを花畑を出す魔法か」と23万いいね
  4. /nl/articles/2405/01/news092.jpg “スケスケ成人式コーデ”が物議のモデル、「3度見される服」を披露 「コレは見ちゃうわ」「洗っても大丈夫なのか」の声
  5. /nl/articles/2405/01/news095.jpg 秋元康、AKB48卒業の柏木由紀に送った手紙が物議 “冒頭の一文”に「昭和丸出し」「嫌すぎる」
  6. /nl/articles/2405/01/news014.jpg 1歳娘、ちょっと目を離したら衝撃の光景が……! リアル過ぎるワンオペ現場が190万再生「わかりみすごすぎです」
  7. /nl/articles/2403/21/news104.jpg 「ふざけんな」 宿泊施設に「キャンセル料金を払わなくする方法」が物議 宿泊施設「大目に見てきたが厳格化する」
  8. /nl/articles/2404/29/news009.jpg 天井裏から変な音がする→スマホを突っ込んで撮影したら…… 映った“とんでもねぇ”モノに「恐ろしい」「何これ」と騒然の196万表示!
  9. /nl/articles/2402/21/news158.jpg 業務スーパーの“高コスパ”人気冷凍商品に「基準値超え添加物」 約1万5000個販売……自主回収を実施
  10. /nl/articles/2405/01/news011.jpg 息子「あしたから下敷きいるって」母「ええやつあるで(ドヤ」 母の愛がつまった手作り下敷きに「なにこれめっちゃほしい!」と注目集まる
先週の総合アクセスTOP10
  1. 釣りに行こうとしたら、海岸に子猫が打ち上げられていて…… 保護後、予想だにしない展開に「神様降臨」「涙が止まりません」
  2. 身長174センチの女性アイドルに「ここは女性専用車両です!!!」 電車内で突如怒られ「声か、、、」と嘆き 「理不尽すぎる」と反響の声
  3. しぶとい雑草“ドクダミ”を生やさない超簡単な方法が115万再生! 除草剤を使わない画期的な対策に「スゴイ発見」
  4. 天井裏から変な音がする→スマホを突っ込んで撮影したら…… 映った“とんでもねぇ”モノに「恐ろしい」「何これ」と騒然の196万表示!
  5. 小1娘、ペンギンの卵を楽しみに育ててみたら…… 期待を裏切る生き物の爆誕に「声出して笑ってしまったw」「反応がめちゃくちゃ可愛い」
  6. 誰も教えてくれなかった“裁縫の裏ワザ”が目からウロコ 200万再生のライフハックに「画期的」と称賛【海外】
  7. 「電車の中で見ちゃダメ」「笑ったww」 実家からLINE「子ヤギがすばしっこくて捕まらない」→送られてきた衝撃姿が320万表示!
  8. 顔の半分は童顔メイク、もう半分の仕上がりに驚がく 同一人物と思えない半顔メイクが860万再生「凄いねメイクの力」
  9. 元「AKB48」メンバー、整形に250万円の近影に驚きの声「整形しすぎてて原型なくなっててびびった」
  10. スーパーで買ったレモンの種が1年後…… まさかの結果が635万再生「さっそくやってみます」「すごーい!」「手品みたい」
先月の総合アクセスTOP10
  1. 庭に植えて大後悔した“悪魔の木”を自称ポンコツ主婦が伐採したら…… 恐怖のラストに「ゾッとした」「驚愕すぎて笑っちゃいましたw」
  2. 小1娘、ペンギンの卵を楽しみに育ててみたら…… 期待を裏切る生き物の爆誕に「声出して笑ってしまったw」「反応がめちゃくちゃ可愛い」
  3. 生後2カ月の赤ちゃんにママが話しかけると、次の瞬間かわいすぎる反応が! 「天使」「なんか泣けてきた」と癒やされた人続出
  4. 「歩行も困難…言動もままならず」黒沢年雄、妻・街田リーヌの病状明かす 介護施設入所も「急激に壊れていく…」
  5. 車検に出した軽トラの荷台に乗っていた生後3日の子猫、保護して育てた3年後…… 驚きの現在に大反響「天使が女神に」「目眩が」
  6. 「虎に翼」、新キャラの俳優に注目が集まる 「綺麗な人だね」「まさか日本のドラマでお目にかかれるとは!」
  7. 釣りに行こうとしたら、海岸に子猫が打ち上げられていて…… 保護後、予想だにしない展開に「神様降臨」「涙が止まりません」
  8. 身長174センチの女性アイドルに「ここは女性専用車両です!!!」 電車内で突如怒られ「声か、、、」と嘆き 「理不尽すぎる」と反響の声
  9. 築152年の古民家にある、ジャングル化した水路を掃除したら…… 現れた驚きの光景に「腰が抜けました」「ビックリ!」「先代の方々が」
  10. 「葬送のフリーレン」ユーベルのコスプレがまるで実写版 「ジト目が完璧」と27万いいねの好評