画像生成AIで描かれた『サイバーパンク桃太郎』、実験的な漫画制作から見えたこと Rootportインタビュー(3/3 ページ)
―― 生成AIにネガティブな視線を向ける人も少なくないように感じていますが、Rootportさんの目線で生成AIの活用とその課題についてお聞きしたいです。
Rootport このインタビューで、私は、AIを「人間の可能性を広げてくれる道具」として紹介してきました。以上の内容は、大きく4つの論点にまとめることができるでしょう。
1.AIに苦手な部分を補ってもらうことで、得意なことを生かせる
絵を描くのが得意でも物語を作るのが苦手なら、これからはAIに物語を書いてもらうことができます。苦手なモチーフがあっても、それを描くのはAIに任せて、自分は得意なものを描くことに集中できます。
2.大幅な時短と効率化ができる
ジェネレーティブAIは、追加学習により“自分専用機”としてチューニングできます。これにより、プロのクリエーターは大幅な作業効率化を図ることができます。現在ではプロの翻訳家が、自動翻訳AIを作業の補助に利用しています。それと同様に、今後はあらゆる分野でAIを補助に使うことが一般化していくでしょう。
3.過酷な労働環境を改善できる
大幅な時短と効率化は、労働環境の改善にもつながります。例えば漫画家ならば、徹夜と運動不足から解放され、アイデアを練ったりインプットを増やしたり、よりクリエイティブな作業に時間を割けるようになります。
4.表現の幅を広げて「新しい何か」を生み出せる
大幅な時短と効率化は、表現の幅そのものを広げます。「できない理由」が労力の重さだったあらゆる表現が、できるようになるからです。音楽の世界で技術革新が新たな表現とジャンルを生みだしたのと同じことが、マンガを含むあらゆるクリエイティブな分野で起きるでしょう。
芸術や娯楽は、運輸や通信とは違います。自動車があれば馬車は不要です。インターネットがあれば、伝書鳩は要りません。しかし、芸術や娯楽はそういうものではありません。
MIDIがどれだけ良い音を鳴らすようになっても、毎週末、世界中でオーケストラのコンサートが開かれています。これだけ娯楽があふれている時代になっても、18世紀に生まれた落語は日本人から愛されています。「落語家」が職業として成立し、落語の世界を舞台にしたマンガが少年ジャンプで連載されて、新しい落語ファンの若者を増やしています。「APEX Legends」や「VALORANT」がどれほど人気になり、プロの大会が視聴者を集めるようになっても、プロ野球やプロサッカーが即座になくなるわけではありません。
どうやら娯楽や芸術は、技術革新に対する耐性が高いようです。ツェッペリン飛行船やポケベルとは違うのです。
もちろん、いずれ全てのクリエイティブな活動をAIに代替される時代が来るかもしれません。しかし歴史を振り返ると、その日までには数百年の猶予がありそうです。
全ては好奇心
―― 孤高に新雪の野を進まれるかのような取り組みです。ジェネレーティブAIは技術革新と呼んでもよいものですが、それによる社会の変化をどう見ておられますか。
Rootport 「孤高に新雪の野を進む」と評していただけるのはうれしいですが、それは正しくはありません。私は確かに、この分野ではファーストペンギンの一匹になれたかもしれませんが、私の周りには同じようなペンギンたちがたくさんいます。
経済学の教科書には「労働塊の誤謬」という概念が載っています。「世界の“労働の総量”は一定で、技術革新などで仕事が奪われた場合、失業者が出てしまう」という考え方です。この考え方は誤りだと、教科書は論じます。現実には、労働の総量は一定ではないからです。たとえ技術革新により短期的には失業者が出たとしても、長期的にはその技術によって生まれた新しい仕事によって失業者は吸収されます。
歴史上の事実を踏まえれば、経済学の教科書は正しい。鉄道は馬車の仕事を奪ったかもしれませんが、鉄道により新たに生まれた仕事の方がはるかに多いでしょう。コンピューターは「計算手」の仕事を奪ったかもしれませんが、コンピューターにより生まれた仕事の方がはるかに多いでしょう。
―― なるほど。とは言え、「技術革新によって仕事を失う人と、新たな仕事に就く人とが一致するとは限らない」ですし、身もふたもないことを言えば「長期的には私たちは全員死んでいる」でしょうから、それが慰めにはならなそうな気がします。
Rootport おっしゃる通り、技術革新により失業の危機にひんしている人に対して「実は『労働界の誤謬』という概念があってね……」と説明しても、何の慰めにもなりませんよね。
既に多くの専門家が指摘している通り、ジェネレーティブAIの発展は産業革命レベルの技術革新です。影響を受けるのはイラストレーターだけでなく、この世界に暮らすあらゆる階層の人々が、職業と生活の激変に見舞われるはずです。ジェネレーティブAIを前に、「安全地帯」はほとんどありません。この世界に暮らす私たち全員が、失業のリスクを負っていますし、新たな技術や知識を身に付けて「新しい仕事」に適応していかなければなりません。
確かにAIには、人間の可能性を広げてくれる特徴があります。しかしそれは、昨日と同じ明日がいつまでも続くことを保証してくれるわけではありません。「同じ暮らしを続けること」とは無関係の――どちらかといえば正反対の――特徴です。
変化を予期したからこそ、私はファーストペンギンになろうとしました。変化に適応するしかないと考えたからです。この世界には、私と同じ危機感と好奇心を持ったペンギンがたくさんいます。
―― 好奇心。
Rootport そう、好奇心です。今の私の考え方や志向性を一言で表せば、「好奇心」になります。現在とは全く違う別世界が出現しようとしていることに、今の私はワクワクしています。できれば最前列に近い場所で、その「激変」を見物したいのです。
繰り返しになりますが「技術革新は新しい仕事を生み出して失業を吸収する」と教科書には書かれています。しかし、今の段階で「AIがどんな新しい仕事を生み出すか?」を考えるのは無駄でしょう。それは大西洋を横断する電信ケーブルが開通した1858年8月5日時点で、21世紀のサーバエンジニアやYouTuberの出現を予想するようなものです。あるいはライトフライヤーが初めて飛んだ1903年12月17日に、21世紀のフライトアテンダントや、空港の手荷物検査官や、機内食の工場スタッフの仕事を予想するようなものです。AIによってどんな新しい仕事が生まれるのか「見当もつかない」というのが、誠実な答えになるはずです。
見当もつかないからこそ、私は見に行きたくなります。
ワクワクします。
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