なぜ灰原哀ファンは「黒鉄の魚影」で熱狂しているのか? コナンファン達による深夜の緊急対談:赤いシャムネコ・将来の終わりが語る(2/3 ページ)
シャム 一方で、哀ちゃんは登場時から比べると、クールな部分だけでなく人間っぽいところがたくさん出てきているんですよ。歩美ちゃんを始めとした少年探偵団たちに心を開いていたり、蘭に亡くなった姉・宮野明美を重ねていたり……と、心のやわらかいところが描かれるようになっています。プライベート面でも、フサエブランド(阿笠博士と縁のあるフサエ・キャンベルによるブランド)が好きだったり、サッカーの比護選手のファンだったりといった、かわいい面もある。
終わり もともと彼女は、幼児化後に頼る者もなく工藤邸に逃げ込んできたものの、「自分の存在で周りの人間に迷惑がかかるならひとりで死んでしまおう」という思考でいるんですよね。それが「謎めいた乗客」での江戸川コナンの言葉、「お尻のマークを探せ!」での吉田歩美の言葉などを経て、組織から逃亡できる可能性のある証人保護プログラムを拒否し、「漆黒の特急」では組織から逃げ続けるだけでなく、対決する姿勢を見せています。
シャム 組織にとってはベルツリー急行でシェリーは死んだことになっています。なので最近の原作では差し迫った危機からはいったん遠ざかっていますが、組織のナンバー2・ラムが不穏な動きを見せている。101巻に収録されている姉・宮野明美に関するエピソード(「13年前の声を探せ」)で、久々に哀ちゃんにスポットが当たりました。
一方で劇場版では、化学分析などを駆使して捜査を助けてくれる便利屋さんみたいになっていて、灰原ファン的には頼もしくもあり物足りなくもあり、という気持ちだったんですよね。なので今回の相棒でありながらヒロインでもある、という扱いは最高でした。原作ファンからしても、「こんな哀ちゃんを見てみたかった」という長年の悲願がかなえられたような思いです。終盤のシーンは元の脚本にはなく、かなり青山先生の手が入っているそうですが、こんなの青山先生以外描けませんよ!
「ゼロの執行人」立川×櫻井タッグ
終わり 製作スタッフの話もしておきたいです。脚本の櫻井武晴さんは近年の劇場版コナンでおなじみですね。近作では24作目「緋色の弾丸」、22作目「ゼロの執行人」、20作目「純黒の悪夢」と、赤井・安室(降谷)・黒ずくめの組織を描いてきています。ラブコメが苦手という本人の認識通り、「コナン」でも主に重厚なポリティカル・サスペンスを手掛けています。また「科捜研の女」のメイン脚本を長らく担当しているのもあって、最新のテクノロジーや、理論段階のITネタを積極的に取り入れる傾向があります。
シャム 本作の重要なポイントである「システム」は、まさに櫻井さんらしさがありましたね。全体的に、これまでの「櫻井コナン」の集大成を感じました。
終わり 監督は立川譲さん。フリーの監督・演出家で、コナンシリーズには22作目「ゼロの執行人」で監督として参加しています。映画コナンで監督をやるのは本作が2回目で、パンフ収録のインタビューによると、当時から「もう一度監督してほしい」というリクエストを受けていたものの、スケジュールが合わず、本作でのタイミングになったようです。コナン以外だと、映画では「BLUE GIANT」、TVアニメでは「デス・パレード」「モブサイコ100」などを監督しています。
シャム 立川さんは音楽の使い方が面白いですよね。
終わり 「デス・パレード」OPのスタイリッシュさや、「BLUE GIANT」はまさにそのあたりが高く評価されている作品です。また物語のつくりとしては「デス・ビリヤード」がそうなんですが、キャラクターを精神的に追い詰める手法が巧みという印象を持っています。「ゼロの執行人」でも、いかにしてコナンを危機に陥らせるか? というところが光っていましたね。
他のメインスタッフを少し紹介すると、「モブサイコ100」3期にて監督を立川さんから引き継いだ蓮井隆弘さんが演出に加わっています。絵コンテの寺岡巌さん、金井次朗さんはずっとコナンシリーズに携わっている方々なのですが、立川監督が担当した「ゼロの執行人」で絵コンテ協力をやっていたふたりでもあります。
シャム チーム「ゼロ(の執行人)」という感じですか?
終わり 「モブサイコ」の亀田祥倫さんが原画で、重原克也さんが演出で参加していることもあり、チーム立川と言うべきなのかもしれません。空気としては全体的にギャグが少なく重めです。「ゼロ」に引き続き、息抜きのタイミングが阿笠博士のクイズくらいしかありません。
シャム 立川監督はインタビューで、「派手なアクションを抑えめにした」とおっしゃってるんですよね。黒ずくめの組織ものでアクションを派手ではなく、地に足がついた方向性にする選択が面白い。その上で脚本の櫻井さんから「アクションとミステリーどっちか削ろう」という提案を受けたときに、「どっちも入れよう」と決断をしたんだとか。本作が傑作になったのは立川監督のバランス感覚も大きいように思います。
終わり 組織回ということもあり、テレビシリーズの監督を2020年から務めている鎌仲史陽さん(「ゼロの執行人」では演出を担当)の再登場もあるかな? と期待したのですが、エンドロールにお名前はなかったですね。昨年同様、映画のプレストーリー(4月15日放送「灰原を狙うカメラ」)は担当されていました。
音楽は前作「ハロウィンの花嫁」同様、シリーズを長らく引っ張ってきた大野克夫さんからメインを引き継いだ菅野祐悟さん。アニメでは「PSYCHO-PASS」、実写映画では東野圭吾さんの関連作品など、近年は重厚なシナリオ作品の音楽を手掛けています。
シャム 毎年コナンは、「俺は高校生探偵、工藤新一」パートでメインテーマの劇場版アレンジがかかる“お決まり”があるんですが、「ハロウィンの花嫁」から雰囲気が変わっていますよね! 今年も「おお、変わっているな……」とあらためて感じました。
終わり 「始まるぞ!」というイントロじゃなくて、「あ、始まったのかな? 始まったな」という感じですよね。どういう言い方したらいいのか分からないが……。
シャム そうそう。そこは「ハロウィンの花嫁」に引き続いて新鮮でしたし、大野さんから菅野さんへの変化をしっかり打ち出そうとしているのかなと思うところです。
「予習」は必要?
シャム 原作ファンとして感じるのは、原作の人間関係がどんどん複雑になっているのに比例して、映画もハイコンテクストになっている部分がある。「緋色の弾丸」は赤井ファミリー大集結、「ハロウィンの花嫁」は降谷の警察学校時代の同期がメイン。本作も、ハイコンテクストといえばハイコンテクスト。ある意味では過去一番読解が難しい作品だったと思います。でも一見して、その複雑さを感じさせないんですよね。「映画だけ見ても楽しい、めちゃくちゃ考察するファンにとっても楽しい」という2点を満たしているのは、超すごいことだと思います。
終わり これは本当にすさまじいことで、立川監督の力量だと思います。今回の映画は興行収入100億円が期待されているけれど、こういう難しい映画で売上がしっかり立つと、本作のようにライトファンが楽しめてかつ重厚な作品がこれからも出てくるようになりそう。
シャム すごいバランス感覚ですよね。正直、原作ファンを自認している僕や将来の終わりさんでも、本作に込められたオマージュや、初めて明かされた新事実について、全部読み解けたか自信がないですよね?
終わり 難しいですよね。その場では思い出せなくて、帰り道で「ああ!」となったり。でもそれを考えたくて2回目、3回目を見に行くわけだからね。
シャム そういうところもきっとうまいんでしょう(笑)。自分も初日のうちには整理しきれなくて、原作を読み返してようやく腑に落ちた部分もいくつかあります。そういった、何度も見たくなるような仕掛けがある。一方でほとんど原作を知らない人も、灰原哀の存在くらいはさすがに知っているでしょうから、何も考えず見に行って、「あれってどういうことだったんだろう?」と振り返って原作やこれまでのアニメを見ればいいというつくりになっている。復習はすればするほど楽しめるけど、予習はそんなにはいらないんじゃないかな。
終わり 僕は「予習の範囲? んなもん原作全部だろ」と思っちゃうけど……。
シャム したらしただけ楽しいけど!(笑) 終わりさんの言うように、本当に詳しく理解したいと思うと、黒ずくめの組織の各キャラクターを理解する必要が出てくる。特にベルモットは、原作をずっと追いかけてても何が目的なのかよく分からない部分があるから……。どうしても予習したい場合は、18〜19巻の灰原哀登場回、24巻収録「黒の組織との再会」のエピソードを読んだ上で、「純黒の悪夢」を見て組織の構成図をなんとなく把握するというのがミニマムかなと。
終わり それで、興味が湧いてきたら「漆黒の特急」(78巻)や「満月の夜の二元ミステリー」(41巻)、「緋色シリーズ」(84〜85巻)を見れば良いわけで。今回の映画に合わせて「灰原哀物語 黒鉄のミステリートレイン」という特別総集編が公開・配信されましたが、あれはベルツリー急行(「漆黒の特急」編)の総集編になっていて、本作の予習に適切かというと実はそうでもないんですよね。
シャム うんうん。でも必ずしも予習じゃなくて、今回の映画で灰原哀を好きになったら、振り返って見ていくというので全然いいんじゃないんですかね。ちなみに脚本の櫻井さんの予習推奨作品は、劇場版2作目「14番目の標的(ターゲット)」だそうですよ!
次回はネタバレあり!
映画で明かされた新事実とは? ファンが驚いた「あのシーン」でどう感じたか? ……ネタバレ全開“徹底考察編”は、4月下旬公開予定。
(取材:青柳美帆子、福田瑠千代/構成:青柳美帆子)
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