“子ども時代に、大切なものを奪われてはいけない” 「屋根裏のラジャー」西村義明 1万4000字インタビュー(8/10 ページ)
子ども時代に大切なものを奪われてはいけないんです。子どもが大切しているものを奪い去ると、心にぽっかりとブラックホールような穴ができてしまう。その穴は大人になっても埋まることはなく、永遠にその穴を埋めるために人間は生きてしまうことがある。
今だったら、子どもが勉強しないからと言って、ゲーム機を壊してしまったとしたら、子どもはその悲しみ、絶望をずっと覚えています。大人になったら、その悲しさを埋めるためにいろんなものを買い出すんですよ。でも、それは買っても買っても埋まらない。子どものときの穴はブラックホールのように吸い込み続ける。
バンティングは他のイマジナリを吸い込み続けて、その想像力を得て黒髪の少女を何とか保っている。偉そうに、自分はあらゆるものを、あらゆる現実をみてきたとか言ってね。では、あらゆるものを見てきた人は、豊かな人生を送れるのかという疑問が生じますよね。
アレックス・シアラーという作家がいるんですが、彼の「世界でたったひとりの子」という小説の中に、若いまま200年くらい生きる大人たちで成立した世界が描かれているんですが、そこに登場する大人像は、ある程度の説得力を有している。あらゆる芸術を、あらゆる娯楽を享受しつくした結果、面白いものがなくなって、虚無的に能書きを垂れるだけの大人になっていくという。バンティングって、そういう人物なんでしょうね。もはや、歓びなんてない。
バンティングは、もはや何にも反応しない虚無的な人間として登場させるつもりでした。イメージとしては映画「ノーカントリー」のハビエル・バルデムのような。感覚がゼロに近づいていくというか。目的たる自分のイマジナリへの愛着もすでに失われてしまって、目の前にある想像を捕食し続けることが目的と化した動物的なる自己だけが残った。
アマンダはラジャーを友だちと言いますが、バンティングはもはや黒髪の少女を友だちとして扱ってはいない。少女を想像することが目的だったはずなのに、その彼女をイマジナリを捕獲する道具として使っている。もはや目的と手段も倒錯して、ゼロ地点にしか居れない人物となったんでしょう。これって創作っぽく聞こえるかもしれませんね。ただ、実のところ、そういうことって日常茶飯です。ぼくたちの周りでも常に起こりうることです。
――そう考えると、バンティングも黒髪の少女も、ものすごく悲しい存在に思えますね。
バンティングはヴィランですが悪役じゃないですからね。現実の人間に直接的な危害を与えていないですから。でも、バンティングは自分が奪われた過去が大きすぎるから、人のものを奪い続ける。現実と同じですよ。与えられたから与えることができるし、奪われたから奪おうとしてしまう。
それを今の子どもたちの想像なり、未来へ向かう気持ちに襲い掛かかる存在として抽象化させる事ができたら、この世界で想像を食らう存在の寓意が浮かび上がるだろうとは思っていました。原作にも、彼が何者なのかは明示されていませんからね。人間の想像の前に必ず立ちはだかる存在は何なのか、それを考え続けました。それほど強大なものに対して、子どもひとりの想像が打ち克てるわけもないし、だとすれば、何をもって無力なラジャーはバンティングを退けることができるのか、ということでしょうから。
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