将棋電王戦FINAL 第5局――人類とコンピュータ、決着のとき 阿久津主税八段 VS. AWAKEの見どころは
将棋のプロ棋士とコンピュータソフトが戦う「将棋電王戦FINAL」。2勝2敗で迎えた第5局。世紀の対決、いよいよ決着のとき。
いよいよこの日がやってくる。随分と待ち遠しかったような、いつまでも来てほしくなかったような――。
将棋のプロ棋士とコンピュータソフトが5対5の団体戦で雌雄を決する「将棋電王戦FINAL」。最終局となる第5局に登場するのは、棋士の阿久津主税八段とコンピュータソフト・AWAKEだ。
棋士側の連勝で幕を開けた戦いは、第3・4局とコンピュータ側が巻き返しを見せ、ここまで2勝2敗の五分に。決着は「FINALのFINAL」たる大将戦に委ねられた。
棋士仲間もうらやむ才能 ファンのため、そして自分のために
阿久津主税(あくつ・ちから)八段は1982年生まれの32歳。羽生善治名人や第4局に登場した村山慈明七段と同じ八王子将棋クラブの出身で、プロ棋士の養成機関である奨励会に小学6年生で入会し、1999年に17歳でプロデビューを果たした。
プロ入り後しばらくは目立った活躍がなかったが、2004年頃から徐々に高い勝率を挙げ始め、2008年度の朝日杯将棋オープン戦で初の棋戦優勝。名人への挑戦権を争う順位戦でも着実に昇級を重ね、2014年度にはついに最高のクラスであるA級にたどり着いた。しかし、名人に続くトップ棋士10名が集うA級の壁は厚く、9戦全敗の成績で降級という結果に。2015年度は再びA級への返り咲きを狙う。
ファンからは、その端正なルックスから「東の王子」と呼ばれる(ちなみに「西の王子」は山崎隆之八段、「西の新王子」は第1局に登場した斎藤慎太郎五段)。またニコニコ生放送では、阿久津八段のイベント出演時などに「こっそり会場に見に来ている」という阿久津八段のお父さんも人気で、コメント欄ではことあるごとに「自称・阿久津の父」が大量発生するのがお約束となっている。
このようにファンからの人気が非常に高い棋士ではあるが、身内でありライバルでもある他の棋士たちからは、その将棋の才能について言及されることが多い。少年時代の阿久津八段について、奨励会同期でもある橋本崇載八段は「“天才”と呼ぶにふさわしい強さだった」と振り返り、先崎学九段は「指す手がピカピカに光っていた」「(渡辺明、広瀬章人といったタイトル経験者と比べても)ポテンシャルは阿久津さんが一番あると思う」と語っている。一般人からすれば天才以外の人種が存在しない“プロ棋士”という集団の中でも、ひときわまばゆく輝く才能だ。
その一方で、才能に任せた将棋を指向するのではなく、プロが指した将棋は女流棋士の棋譜を含めほぼすべてを並べるなど、“努力の人”の一面もある。ただし、本人は「努力している姿を人に見せるのはあまり格好いいことだとは思わない」とのことで、昭和の将棋指しのような美学も持ち合わせている。
プロ棋士側の大将として登場する阿久津八段を待っているのは、最高の、そして最後の舞台。ファンの期待、棋士の期待、そして何より自分自身への期待を胸に、勝利を信じて大一番に臨む。
「誰かが負けた」とか「誰かが勝った」から、自分が勝ちたいというのではなく。
「自分が勝ちたい」から「勝ちたい」。
挫折したプロ棋士への道 コンピュータ将棋開発で頂点へ
コンピュータ側の大将として登場するのは「AWAKE」(アウェイク)。開発者は巨瀬亮一(こせ・りょういち)さんだ。巨瀬さんは7年前まで奨励会に在籍し、プロ棋士を目指していた。
プロ棋士への道は、想像を絶するほどに険しい。少年時代から周囲の大人を鼻歌まじりにひねりつぶすほどの“神童”たちが全国から集い、奨励会の入会試験を受け、合格するのが2割ほど。さらにそこからプロである四段にまで昇段できるのも2割ほどという世界だ。プロ入りには年齢制限があり、それを過ぎれば強制的に退会となってしまう。
巨瀬さんは15歳から21歳までの6年間を奨励会で過ごしたが、思うように昇級が叶わず、1級のときに自らの意思で退会した。当初は将棋盤を見るのもつらいほどだったが、プログラミングなどに理解の深い父の勧めもあってコンピュータ将棋開発を始め、熱中した。
ソフト同士の戦いである「世界コンピュータ将棋選手権」に初出場したのは2012年のこと。電王戦FINALでは第1局に登場したApery、第2局に登場したSeleneと同期だ。以降、毎年成績を上げ、昨年の第2回電王トーナメントでは前評判通りの実力を見せつけて決勝に進出した。
頂上決戦で待っていたのは、同じく最強ソフトの一角とみなされるPonanza。「Ponanzaが先手なら初手▲7八金、後手なら2手目△3二金としてくることを予想して対策を施していた」(巨瀬さん)というAWAKEは、Ponanza有利の中盤からコンピュータ将棋史に残るような大熱戦の末に逆転して見せ、見事、電王戦FINALの大将の座を獲得した。
「AWAKE」(覚醒)というソフト名は、当初は深い意味はなく付けたものだが、今では「将棋のちょっと停滞している部分とかを、ソフトをもって目覚めさせる。自分を目覚めさせるというものでもある。自分自身の覚醒という意味でも……」(巨瀬さん)と考えている。
一度は夢破れた将棋の世界に、過去に奨励会員として通い詰めた日本将棋会館に、最終局、巨瀬さんは再び帰ってくる。指すのは自分ではない。でも、自分が立てなかった舞台にAWAKEが代わりに立ち、トッププロ相手に将棋を指すとき、あの「息苦しさを感じていた」日々が無駄ではなかったということをきっと世界中に証明してみせるはずだ。
奨励会にいたときは、けっこう将棋に息苦しさを感じていたというか。将棋自体の可能性も狭めていた感じがして。
コンピュータを見ていると、何でも指す。定跡とかに捉われる必要もないし。その、コンピュータ将棋の楽しさというものを知ってしまうと……将棋に純粋になれて。
第5局の見どころは
毎週第1局から第4局まで戦いの展望を予想してきたが、最終局はこれまでで最も戦型予想が難しい。
阿久津八段は居飛車の本格派だが、時折振り飛車を指すこともある。対するAWAKEも、コンピュータ将棋を相手にするときには指さない振り飛車を人間相手には採用する設定としており、可能性としてはあらゆる戦型が想定される。確率としては相居飛車の将棋が最もあり得そうだが、具体的には絞れない。
注目したい指し手としては、電王戦FINAL本番に先駆けて行われたイベント「電王AWAKEに勝てたら賞金100万円!!」で話題となった「後手△2八角」がある。この手は考え方としては第3局の見どころ記事で触れた「飛車を捕獲する手順」と似ており、自陣にあえて隙を作ることで、先手に持ち駒の角を打ち込ませて捕獲してしまおう、という狙いだ。
これはAWAKEに限らずコンピュータ将棋全般が陥りやすい落とし穴で、前述のイベントでは、参加したアマチュア強豪がこの手順から見事AWAKEに勝利して100万円を獲得している。ただし、このイベント時のAWAKEは電王戦本番とは異なる大幅にスペックの低いノートPC上で動作しており、持ち時間なども電王戦ルールとは異なるものだったため、こうしたハメ手が実現する可能性は低いと見ておくべきだろう。
“FINAL”の先にあるもの
2013年から続いてきた団体戦形式での電王戦は、この一局をもって終了となる。これまでに14人の棋士と、バージョンの異なる14のソフトが登場し、それぞれが存分に力を発揮してみせたり、無念な結果に終わったり、予想もしないトラブルに見舞われたり、名局に拍手が送られたりしてきた。
それもいよいよ今週末で終わりだ。印象的だった幾多の光景を思い出し、振り返りながらも、4月11日の最終局が誰にとっても「これで良かった」と思える最高の結末に終わることを願う。
そしてあえて最後に書くが、わざわざ“団体戦としては”FINAL、と説明されている今回の電王戦で、そのすべての幕が引かれてしまわないことを望む。プロ棋士とコンピュータ将棋の対決には、まだ実現していないシナリオがあるはずだ。
そのためにも、今回の第5局で人間側が勝ち越すか、あるいはコンピュータ側が勝ち越すのかは、単なる一局を超えた大きな意味を持っている。後に振り返ったときに「あの一局が将棋界の歴史を変えた」と言われるような、そんなFINALにふさわしい対局になることを心から望んでいる。
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