将棋電王戦FINAL 第3局――人類初の“勝ち越し”をかけて 稲葉陽七段 VS. やねうら王の見どころは
衝撃の結末を迎えた第2局から1週間。団体戦としてプロ棋士側が初の勝ち越しをかけた第3局がやってくる。※追記あり
こんな結末、誰が予想できたというのか。そう言いたくなるような対局だった。先週行われた将棋電王戦FINAL 第2局は、過去の電王戦対局史上最も衝撃的とも言える幕切れとなった。数十万人がリアルタイムで戦況を見つめる中、この結果をわずかなりとも想像できていたのは、まぎれもなく永瀬六段ただ一人だけであったはずだ。
人間のプロ棋士とコンピュータ将棋ソフトの5番勝負「電王戦FINAL」、これで戦績は棋士側の開幕2連勝。過去2回の団体戦ではそれぞれ1勝ずつしか挙げられなかった棋士側は、今週末の第3局で勝利を挙げれば、団体戦として初の勝ち越しを早々に決めることとなる。
この重要な局面で舞台に登場するのは、稲葉陽(いなば・あきら)七段とやねうら王。今回も対局者のプロフィールと見どころを紹介していく。
「10年くらい怒ってない」 超マイペースな“第3の刺客”
稲葉陽七段は兵庫県西宮市出身の26歳。のちにアマチュア強豪として活躍することとなる兄とともに将棋を覚え、兄に遅れること1年、12歳でプロ棋士養成機関である奨励会に入会した。当初は思ったように成績が伸びず、「僕の見込み違いだったんかな、みたいなね」(師匠の井上慶太九段)。
しかし、同じ井上門下生だった兄が奨励会を退会した頃から徐々に流れは変わり始める。「(兄の退会を見て)心境が変わったのか、取り組み方が変わったのか。本当にがらっと将棋の内容も変わった」(井上九段)。三級から三段までは一気に昇級昇段を重ね、気づけば他の兄弟子も追い抜いて19歳でプロ棋士デビューを果たした。
プロ入り後すぐの棋聖戦では上位者を次々と破る快進撃を見せ、羽生善治棋聖への挑戦にあと一歩のところまで迫る。その後も竜王戦6組の優勝、順位戦での昇級など着実に結果を残し、2013年の銀河戦ではついに全棋士参加の棋戦で優勝。七段に昇段する。
同じ井上門下には、第2回電王戦に出場した船江恒平五段と、第3回電王戦に出場した菅井竜也六段がいる。3人とも歳が近く、月に2度は一緒に食事(焼肉が多いとのこと)に行くなど、結束は固い。「少しずつ性格が違う3兄弟のようなものですね。焼肉のときは将棋の話が中心になるので、皆ウーロン茶です」(船江五段)
船江、菅井とは違って「師匠から怒られた記憶はあまりない。忘れてるだけかもしれないけど」(稲葉)。また、自分が怒ったことも「ここ10年くらいはない」とのことで、トップ棋士に必要不可欠な安定したメンタル面(?)を持っているとも言えるだろう。
今回の電王戦には「井上門下第三の刺客」として臨む。それぞれに熱戦を演じながらも、苦杯をなめた2人の“兄弟”の仇を討つべく、内なる青い炎を燃やす。
身近な人(兄弟弟子)が相当な努力をして、ある程度の実力もあった上で努力をして、結果が出せなかったというのがあって。やっぱり(コンピュータソフトは)すごい相手なんだなと思いましたけど。
普通にやってて勝てないなと思ったら、まあプライドを捨てることをしないといけないな、という覚悟は多少持ってましたけど。現状はそういう感じでもないのかな、と思います。
ケレン味たっぷり 天才流の「おもてなし」なるか
ソフト側の3番手として登場するのは、磯崎元洋(いそざき・もとひろ)さん、通称やねうらおさんが開発した「やねうら王」。コンピュータ将棋にそれほど詳しくない人でも、昨年の電王戦について少しでも知っている人なら、このソフト名に聞き覚えがあるかもしれない。
あるいは、電王戦についてまったく知らなくても、「やねうらお」の名前だけは知っている――そんな人もいることだろう。1998年ころにWeb上で多くの人を夢中にさせた音楽ゲーム「BM98」の作者として、だ。
やねうらおさんがプログラミングを始めたのは5歳のとき。NECのマイコン「TK-80」を使って、数字をモグラに見立てたモグラたたきを作るなどして遊んだ。高校まではゲームの解析を趣味とするなど「プログラミング三昧」の日々を送っていたが、大学卒業後はプログラミングとは関係のない梯子メーカーに就職する。
ここでの退屈な日々の中で、BM98は生まれた(この時の経緯は、ドワンゴ川上会長との対談記事に詳しい)。その後、もともと興味を持っていたコンピュータ将棋開発に乗り出すが一旦は頓挫し、再挑戦の末に出場した第1回電王トーナメントではいきなりの入賞。第3回電王戦への出場権を獲得した。
が、本番前に大きなトラブルが勃発する。やむをえない事情で行ったというバグ修正によってソフトの棋力が大きく上昇し、修正を行ったやねうらおさんとそれを認めたドワンゴに強い非難の声が寄せられたのだ。結局対局は修正前のソフトで行われ、勝利はしたものの後味の悪さは多くの人の胸のうちに残った。
そんな中、今年も電王トーナメントを勝ち抜いたやねうら王が新たに搭載するのは「やねうらおもてなし定跡」。ネガティブな意図を込めて「ソフトのデバッグ作業」などとも呼ばれるプロ棋士の対ソフト向け研究を、対人戦にも実りあるものとするために搭載した機能だという。
どうしても、その突飛すぎるエピソードや特徴的な言動ばかりが目立ちがちなやねうらおさんだが、プログラマーとしての実力を疑う声は聞いたことがない。自他ともに認めるその“天才性”が正しく理解されれば、これ以上電王戦を盛り上げてくれる役者もいないだろう。
やねうら王は人間が考えだしたいかなる定跡も搭載しない。
やねうら王は人間が生み出したいかなる棋譜も参考にしない。
やねうら王は従来のいかなる将棋ソフトの流れも汲まない。
第3局の見どころは――稲葉が飛車を切り飛ばすとき
記事冒頭にも記した通り、本局は団体戦形式の電王戦が始まってから3年目にして、初めてプロ棋士側の勝ち越しがかかった一局となる。
ニコニコ動画で毎日公開されていた「電王戦FINALへの道」を最初から最後まで見通した方ならきっと同意してもらえると思うが、稲葉七段は今回の5人の出場棋士中、最も“自信”があるような振る舞いを見せている。棋士側としては「ここで決めておきたい」と考えるのは当然のこと。
この後に控えるソフト側の副将・Ponanzaと大将・AWAKEは強い。電王戦出場ソフトに弱いソフトなど一つもないが、これら2つはさらに異次元なまでに、強い。
第3局の具体的な作戦としては、横歩取りからのとある進行が挙げられる。角を端に出てわざと自陣に隙を作ることで、相手の飛車を侵入させ(成らせ)、その上で角を戻して閉じ込めてしまう、という方法だ。稲葉七段自身が「門を開けて待つ」と表現した進行である。
この進行についてはやねうらおさんも言及しており、「回避できなければワンサイドで負ける可能性が高い」「そういう意味では開始早々1時間以内に明暗分かれます」とのこと。さらに「回避できる確率はおそらく30%ぐらい」とも記している。一方の稲葉七段は、練習対局時には「(こう進む確率は)4割から5割くらいかもしれない」としており、感覚値に多少の差はあるようだが、いずれにせよ低くない確率でこうした局面が出現する可能性があると見ておいてよいだろう。
また、それ以外にも「いくつかの戦型を想定しているんですけど、それぞれにこうなったら勝てるかなというのが想定できているのがほとんどなので。勝てるイメージというのがある程度具体的になってきているのかな」と頼もしい発言も出ている。
一方で、「これだけやって、最初の20手以内とかで全然知らないことやられたら動揺するでしょうね」との声も。これまでの電王戦を観戦していても、対ソフト戦では必ずどこかで予想外の一着が出てくることを覚悟しておくべきだが、その一手(あるいは数手)がどのタイミングで出てくるか。
「コンピュータが一番苦手なのは終盤の入り口あたり。そこでギアチェンジというか一気に激しくするような展開にするために、大駒を切り飛ばすというのが大事なポイントになると思うので、そのときに飛車を切り飛ばして勝てたらいいなと思います」
稲葉が飛車を切り飛ばすとき、人類チーム初の勝利が見えてくるか――。電王戦FINAL 第3局は3月28日、北海道・五稜郭で対局が開始される。
※やねうらおさんの発表を受けて、稲葉七段の作戦について一部追記しました(3月27日午後8時)
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