将棋電王戦FINAL 第2局――人間側の連勝なるか Selene VS. 永瀬拓矢六段の見どころは

第1局は人間側の先勝に終わった「将棋電王戦FINAL」。第2局の対局者プロフィールと、注目すべき見どころをお伝えする。

» 2015年03月19日 20時00分 公開
[杉本吏ねとらぼ]

 プロの将棋棋士とコンピュータソフトが5対5の団体戦形式で対決する「将棋電王戦 FINAL」。3月14日に行われた第1局は、人間側の先勝という結果に終わった。

将棋ソフト「Apery」に完勝した斎藤慎太郎五段 将棋ソフト「Apery」に完勝した斎藤慎太郎五段

 内容は非常に見ごたえのあるものであり、終盤には電王戦ならではの、見ている者の価値観を揺さぶるような展開もあったのだが、各局の振り返りについては稿を改めて考えてみたい。本記事では、続いて今週末に行われる第2局、Selene(セレネ) VS. 永瀬拓矢(ながせ・たくや)六段戦の見どころについて紹介する。

 なお、第1局では人間側が先手番、コンピュータ側が後手番を持って戦ったが、第2局以降は毎回先後を逆にして(第2局・第4局はコンピュータ側が先手)、対局が行われる。

Selene――“人間のように学ぶ”ことを目指し作られた月の女神

 昨年、六本木ニコファーレで行われた「電王戦FINALに関する記者発表会」でのこと。今回の電王戦に出場するプロ棋士とソフト開発者の全員が初めて顔を合わせ、静かな緊張感が張りつめていたこの場で、ほんの数秒間だけ会場中が笑いに包まれたシーンがあった。

Selene開発者の西海枝昌彦さん Selene開発者の西海枝昌彦さん

 「あのー、これまでSeleneが人間と指したのって、今まで娘と私くらいしかいないので……初めて指していただける外の方が、永瀬先生ということで……」

 第2局に登場する将棋ソフト「Selene」の開発者である、西海枝昌彦(さいかいし・まさひこ)さんの発言だ。電王戦出場のモチベーションを問われ、「やはり棋士の方と対局させていただけることですかね」と答えたあとに、そう続けた。

 開発者本人、家族(それも娘さん)、と来て次がいきなりプロ。「いくらなんでもレベル上がり過ぎだろ!」ということと、西海枝さんの朴訥とした語り口に、他の開発者も、対戦相手の棋士たちも思わず笑みを漏らしてしまったのだった。

他の開発者たちからも笑みがこぼれた

 西海枝さんは銀行や保険会社のシステム開発を手掛けるシステムエンジニアで、4年ほど前から将棋ソフトの開発を始めた。初めて世界コンピュータ将棋選手権に出場したのは2012年のこと。電王戦FINALで第1局に登場したAperyと、第5局に登場するAWAKEとは“同期”だ。

 Seleneの特徴は、常に「アプローチが異なる複数種類を並列的に、というか気が向いた順に」開発を進めている点。そのため、出場する大会ごとに毎回かなり毛色の違うソフトが出来上がる。同一のソフトを少しずつ改良し、その延長線上で高みを目指す――というアプローチは取らない。

 コンピュータ将棋に精通する書き手・松本博文氏の取材(電王戦ファンは必読)からも、西海枝さんのオリジナリティに対する強いこだわりが伺える。過去にはそのこだわりを「封印開放度」というユニークな指標で説明していたこともあり、西海枝さんの「できれば楽な道(=人間の棋譜や定跡に頼ること)は選びたくない……でも弱くなるのも悲しいし……しかしやっぱり……」という(半分楽しみながらの)葛藤が聞こえてくるようだ。

 ソフト名の由来はギリシャ神話に登場する月の女神から。人間にたとえると「イメージはエビちゃんですね。蛯原友里さん」とのこと。

例えば穴熊の場合、いったいどこまで対局を続けたら発見できるのか? などと考えると人間の創意工夫や構想能力がどれだけすごいか思い知る展開に。

目標は、人間のように学習して、人間のように探索したい! ということです。


永瀬拓矢――将棋しかない、ケタはずれの“努力できる才能”

 「あなたにとって将棋とは?」という、あまり新鮮味があるとも思えない質問に、この22歳は「……ありきたりかもしれませんが」とわざわざ前置きしてからこう答えた。「生きる目的をくれているもの」(電王戦FINALへの道#1

永瀬拓矢六段 永瀬拓矢六段

 人間側の次鋒、永瀬拓矢六段は1992年生まれ。第1局でソフトに完勝した斎藤慎太郎五段(18歳でプロ入り)よりもさらに早い、17歳と0カ月でプロの世界に足を踏み入れた。20歳時には、トッププロを目指す棋士の登竜門とも言える棋戦「新人王戦」で優勝。早くから頭角を現す。

 当初は独特な棋風の振り飛車党として知られ、先手番でも千日手(※)をいとわないことで有名だったが、後に居飛車党に転向してからはそうした傾向も目立たなくなった。それ以上に永瀬の名を知らしめたのは、第39期棋王戦本選における、羽生善治現名人との戦績「2戦2勝」である。若手が棋界の頂点である羽生相手に連勝したという事実は、ファンのみならず同業の棋士間にも強いインパクトをもたらした。

(※)1回の対局中に同じ局面が4回現れると引き分けになり、先手番と後手番を入れ替えて指し直すルール。将棋はプロ間ではわずかながら先手番の勝率の方が高いため、通常は「先手番での千日手」を避ける棋士が多い

 将棋以外の趣味をたずねられると口ごもってしまう。「永瀬くんは放っておいてもずっと指し続けるんじゃないですかね」(西尾明六段)、「将棋95%というタイプじゃないですか」(戸辺誠六段)、「将棋以外がない」(阿部光瑠五段)。ひと月のうち20日以上を研究会(複数人の棋士で将棋の勉強をすること)に費やす。

 そんな棋士が、ソフト対策のために普段の研究会を「ほぼゼロ」にして臨む。「将棋というのは、努力ですべて決まると思っているので。将棋には才能なんか一切いらないんです。逆に負けるというのは努力が足りなかっただけなので」

プロを目指したのは12歳。普通に暮らして普通に勉強して普通に遊びたかったなあとは思いましたけど、やはり人にとって普通というのはそもそも違うので、それに気付けた自分は幸せかなあと思いました。今自分に頑張れることがあるというのが人生で幸せなことかなあと思います。

今の人生に悔いはありません。

(永瀬拓矢――電王戦FINALへの道#26

第2局の見どころは

 ニコニコ動画上で公開されている練習対局の結果では、1分将棋(永瀬六段勝利)と30分切れ負け(Selene勝利)とで1勝1敗の成績。ただし、30分切れ負けでのSeleneは「鬼殺し」と呼ばれる有名な奇襲戦法(相手に正しく対応されれば自分が不利となる)を用い、早々に駒損をしたにも関わらず、そのまま剛腕で攻めつぶすという衝撃的な勝ち方をしている。

 記事冒頭で述べた通り、今回は人間側が後手番だということも考慮する必要がある。先週の斎藤五段がお手本のように示して見せた、「序盤はできるだけ時間を使わずに事前の想定局面へと誘い込み、相手にミスが出たらすかさず踏み込んで終盤に突入する」という戦い方が、後手番では難しくなるからだ。

 それを踏まえ永瀬六段は、事前インタビューで「個人の戦いではなく団体戦で、絶対に負けられないので、負けないように戦いたいなと思っています。将棋というゲームには勝ち負けではない方法もありますので、それも視野に入れて研究はしています」と発言している。

 「負けない戦い」「勝ち負けではない方法」とは、入玉による持将棋(※)含みか、それこそ彼が過去に得意とした千日手も辞さず、という方針かとも想像できるが、いずれも最初から狙ってその局面に誘導するのは困難という見方もある。

(※)お互いの王様が敵陣に侵入し、決着がつかなくなった場合に、駒を点数として数えて勝敗を決める特別ルール。双方の点数次第では引き分けとなることもある

 見どころとしては、まずは序盤の駒組み、戦型選択がどのように進むか。Seleneが早い段階で定跡を外してきた場合、永瀬六段の想定局面に進まない可能性は十分にある。もう一つは、永瀬六段自身の言う「負けない戦い方」について――だろうか。

 西海枝さんは過去に、まだ叶えられていないSeleneの目標として「人間のように学習して、人間のように探索したい」と書き、第2局のPVの中でも「人間の方が全然すごいっていうのが、やればやるほど分かっていくんですけれども」と述べている。

 一方の永瀬六段は、前述の羽生現名人を倒して勝ち進んだ棋王戦挑戦者決定戦・三浦弘行九段戦で、局面を検討していた棋士から「こういう手はコンピュータなら指すけど、人間には指しにくいかもしれませんね。あ、でも永瀬さんならもしかして……」と指摘されたその手をまさにそのまま指して見せたことがある。

 人間から学ぶのではなく、「人間のように学ぶ」ことを目指し生み出されたソフトと、「ソフトのような手を指す」ことをいとわない人間。電王戦FINAL第2局は、3月21日午前10時、高知城・追手門で対局が開始される。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2411/21/news189.jpg 「大物すぎ」「うそだろ」 活動中だった“美少女新人VTuber”の「衝撃的な正体」が判明 「想像の斜め上を行く正体」
  2. /nl/articles/2411/22/news014.jpg 川で拾った普通の石ころ→磨いたら……? まさかの“正体”にびっくり「間違いなく価値がある」「別の惑星を見ているよう」【米】
  3. /nl/articles/2411/22/news114.jpg 中村雅俊と五十嵐淳子の三女・里砂、2年間乗る“ピッカピカな愛車”との2ショを初公開 2023年には小型船舶免許1級を取得
  4. /nl/articles/2411/21/news027.jpg 大きくなったらかっこいいシェパードになると思っていたら…… 予想を上回るビフォーアフターに大反響!→さらに1年半後の今は? 飼い主に聞いた
  5. /nl/articles/2411/22/news032.jpg 「壊れてんじゃね?」 ハードオフで買った110円のジャンク品→家で試したら…… “まさかの結果”に思わず仰天
  6. /nl/articles/2411/22/news018.jpg 猫だと思って保護→2年後…… すっかり“別の生き物”に成長した元ボス猫に「フォルムが本当に可愛い」「抱きしめたい」
  7. /nl/articles/2411/22/news171.jpg なんと「身長差152センチ」 “世界一背が低い”30歳俳優&“世界一背が高い”27歳女性が奇跡の初対面<海外>
  8. /nl/articles/2411/22/news145.jpg 大谷翔平と真美子さん、「まさかの服装」に注目 愛犬デコピンも大谷家全員で“歩く広告塔”ぶり発揮か
  9. /nl/articles/2411/20/news027.jpg 「こんなことが出来るのか」ハードオフの中古電子辞書Linux化 → “阿部寛のホームページ”にアクセス その表示速度は……「電子辞書にLinuxはロマンある」
  10. /nl/articles/2411/22/news184.jpg 「やはり……」 MVP受賞の大谷翔平、会見中の“仕草”に心配の声も 「真美子さんの視線」「動かしてない」
先週の総合アクセスTOP10
  1. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  2. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  3. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  4. まるで星空……!! ダイソーの糸を組み合わせ、ひたすら編む→完成したウットリするほど美しい模様に「キュンキュンきます」「夜雪にも見える」
  5. 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
  6. 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
  7. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  8. 互いの「素顔を知ったのは交際1ケ月後」 “聖飢魔IIの熱狂的ファン夫婦”の妻の悩み→「総額396万円分の……」
  9. ユニクロが教える“これからの季節に持っておきたい”1枚に「これ、3枚色違いで買いました!」「今年も色違い買い足します!」と反響
  10. 中央道から「宇宙戦艦ヤマト」が見える! 驚きの写真がSNSで注目集める 「結構でかい」「どう見てもヤマト」 撮影者の心境を聞いた
先月の総合アクセスTOP10
  1. 50年前に撮った祖母の写真を、孫の写真と並べてみたら…… 面影が重なる美ぼうが「やばい」と640万再生 大バズリした投稿者に話を聞いた
  2. 「食中毒出すつもりか」 人気ラーメン店の代表が“スシローコラボ”に激怒 “チャーシュー生焼け疑惑”で苦言 運営元に話を聞いた
  3. フォロワー20万人超の32歳インフルエンサー、逝去数日前に配信番組“急きょ終了” 共演者は「今何も話せないという状態」「苦しい」
  4. 「顔が違う??」 伊藤英明、見た目が激変した近影に「どうした眉毛」「誰かとおもた…眉毛って大事」とネット仰天
  5. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  6. 星型に切った冷えピタを水に漬けたら…… 思ったのと違う“なにこれな物体”に「最初っから最後まで思い通りにならない満足感」「全部グダグダ」
  7. 「泣いても泣いても涙が」 北斗晶、“家族の死”を報告 「別れの日がこんなに急に来るなんて」
  8. ジャングルと化した廃墟を、14日間ひたすら草刈りした結果…… 現した“本当の姿”に「すごすぎてビックリ」「素晴らしい」
  9. 母親は俳優で「朝ドラのヒロイン」 “24歳の息子”がアイドルとして活躍中 「強い遺伝子を受け継いだ……」と注目集める
  10. 「幻の個体」と言われ、1匹1万円で購入した観賞魚が半年後…… 笑っちゃうほどの変化に反響→現在どうなったか飼い主に聞いた