将棋電王戦FINAL 第1局――プロの意地、ソフトの歴史 斎藤慎太郎五段 VS. Aperyの見どころは
今年で最後となるかもしれない将棋電王戦。観戦前に知っておくと100倍楽しめる情報をまとめました。
プロの将棋棋士とコンピュータソフトが対決する「将棋電王戦」が、今年もいよいよ開幕する。今週末に迫った第1局の見どころと、対局者のこれまでについてをまとめてみた。
まずは将棋電王戦についておさらい
2012年に始まった電王戦は今年で4回目。当初は人間の棋士とコンピュータソフトが1対1で戦うエキシビションマッチとして実施されたが、翌年の第2回からは将棋連盟が選んだ棋士5人と、ソフト同士で行われる大会を勝ち抜いた精鋭ソフト5つがぶつかり合う団体戦となった。
戦績は第2回、第3回ともにソフト側が勝ち越しており、団体戦形式が最後となる今回は「電王戦FINAL」と銘打たれている(来年以降の、団体戦形式を取らない形での開催は現時点で未定)。
過去の戦績を受け、出場棋士については羽生善治名人をはじめとする「人類の頂点」=タイトルホルダーの登場を待ち望む声も大きかったが、今回のFINALでも選出は見送られた。
代わって出場する棋士たちは、団体戦としての最終局面で人類に残された最後の意地を見せるべく、大きな使命と期待とを背負っている。
斎藤慎太郎――静かにたぎる若き俊英
第1局に登場する斎藤慎太郎五段(21)は、天才集団である棋士たちの中でも若くして将来を嘱望された逸材だ。プロになるための最終関門である「奨励会三段リーグ」に弱冠14歳にして到達。4年後に18歳でプロ入りした。
多くの棋士がトレーニングとして行う詰将棋を「趣味」と公言し、問題を解くまでの早さと正確さを競う詰将棋解答選手権では第8〜第9回と連続優勝。プロになって初年度の順位戦(※)では、いきなり46人中3位の成績をあげて上位クラスに昇級(俗に言う“1期抜け”)した。
容姿端麗なことでも知られ、女性ファンの数は全棋士中(おそらく)屈指。普段の話し口調はおだやかで、関西出身らしい柔らかなトーンで将棋を解説している印象が強いが、将棋に対して極めて真摯な姿勢を貫く畠山鎮七段を師匠とするだけあって、対局時には師匠譲りの熱さを見せることも少なくない。
ニコニコ動画で公開中の「電王戦FINALへの道」#60では、電王戦本番を目前にして師匠と交わした会話の一部が確認できる。3:30付近から見られる、「師匠がスタッフにインタビューされているときにはそわそわ、にこにこしていた斎藤五段」が、徐々に真顔へと変わっていき、最後にはそれまで揺らしていた身体をぴたりと止めて師匠の言葉に聞き入るシーンは、見ている者に強い印象を残す。
まあ少し待っていてください。近い将来、私達ルーキー世代の時代をお見せできると思います。「プロは期待されてるより上の結果を出さなきゃいけない」 by畠山師匠
Apery――“猿真似”から始めて世界選手権優勝
対するコンピュータソフト陣営の先鋒は、Apery(エイプリー)。もともと平岡拓也さんが個人で開発していたソフトで、世界コンピュータ将棋選手権には2012年の第22回大会から参加。その後、大阪市立大学数理工学研究室の杉田歩さん、山本修平さんが加わり、現在はチームで開発を進めている。
昨年の第3回電王戦の出場ソフトを決めるために行われた「将棋電王トーナメント」では、5位までのソフトが出場権を獲得できるところ、惜しくも6位。あと一歩のところで大舞台への切符を逃した(5位を争ったソフト・習甦は、その後第3回電王戦でMVPを獲得している)。
しかし、その半年後に行われた世界コンピュータ将棋選手権では、2次予選を8位とぎりぎりの成績で勝ち上がりながらも、決勝リーグではPonanzaやNineDayFeverといった前評判の高かった強豪ソフトを押しのけて優勝。コンピュータ将棋ソフト世界一の座に輝いた。続く第2回電王トーナメントでは、昨年敗れた習甦に一年越しのリベンジを果たし、総合5位で電王戦FINALへの出場を決めた。
このように高い実力を備えながらも、これまで多くの舞台で「当確ライン上」での戦いを余儀なくされ、「敗れ去った側」としての立場も味わってきたApery。ソフト名の由来は「猿真似」で、当初は(技術的に)「独自性があまり無いことへの戒めとして」名付けたが、「最近はやっと色々やっていると言えなくも無い感じ」とのこと。
開発者の平岡さんのコンピュータ将棋開発にかける情熱や人となりは、ブログやTwitter、前述の「電王戦FINALへの道」でも知ることができる。また、「手に入る斎藤五段の棋譜はすべて並べた」「著書もすべて読んだ」などの発言の端々から、対戦相手への敬意と、だからこそ絶対に負けたくないという自負がうかがえる。
(開発者として電王戦に出場するモチベーションは、という問いに)
電王戦はやっぱり勝たないと。FINALで変な負け方をして「コンピュータ将棋ってやっぱり弱いんじゃないか」と、そういう風に思われてはいけないと思っています。これまでに、電王戦に出られなかった他のソフトの開発者や、過去に強かった強豪ソフトの製作者などいろんな方がいて、それらがつながって今のソフトがあるので。最先端のコンピュータ将棋として、良い将棋が指せればうれしいなと思っています。
第1局の見どころは
3月14日土曜日、ついに第1局が始まる。
コンピュータソフトとの対局というのは、通常の人間同士との戦いとはまったく異なるものだ。人間には予想しづらい手が次々に飛んでくることや、ソフトごとにそれぞれの“くせ”のようなものがあることから、単純に「人間の中で強い棋士」がソフト相手にも強いとは限らない。過去の数少ない人間側の勝利者を見ても、ソフトの特徴を徹底的に研究し、最も勝率の高いパターンを見出して躊躇なくそこに踏み込めた棋士だけが、結果的に勝利をもぎとっている。
以前はこうした「ソフト退治を最優先に置いた戦い方」(ときに否定的な意味合いを持って「アンチコンピュータ戦略」と呼ばれた)を好ましく思わない棋士も多かったが、今回登場する5人はそうではない。記者会見の場で全員が「内容よりも結果」と言い切ったことの重みを、まずは第1局で見せられるか。
斎藤五段は「電王戦FINALへの道」#67の中で、「ようやく道筋というか、いくつか戦いたい形は見つかった」と話している。具体的には「居飛車でいく」「作戦で使いそうな戦型は4種類」という旨の発言をしており、「有利で終盤に持ち込めば十分勝機はある」という認識のようだ。過去に公開されている斎藤-Apery戦では、1分将棋で斎藤五段の勝ち、30分切れ負け将棋でAperyの勝ち。いずれも斎藤五段が居飛車でAperyが振り飛車の対抗形となっている。
将棋に限らず、番勝負における“初戦”というのはいかなるときでも特別な意味を持つ。一昨年の第2回電王戦では人間側が、昨年の第3回ではコンピュータ側が第1局を制したが、まずは今回の5番勝負全体の雲行きを占う意味で、繰り返しになるが内容よりも先に勝敗の行方に注目したい。
近年急速に盛り上がりを見せているロボットや人工知能といった最新技術の“現在地”を、目に見える形で実感できる場。「人間対コンピュータ」という、古くからSFの世界などで描かれてきた階級闘争の一端を目撃できる場。そしてもう一つ、この戦いは棋士と開発者という「人間対人間」の戦いでもあるのだという事実を再確認できる場。さまざまな文脈から眺めることのできる電王戦の開幕が、本当に待ち遠しい。
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