「このマンガのヒロインが怖い!」って賞があったら、ベストテン入り間違いないんだけどなあ……というのが、現在ねとらぼで連載されているマンガ、「つまさきおとしと私」。タイトルを見て「なるほど妖怪と人間のハートフルな交流のマンガなんだね」と、ぼくは思っていましたともええ。
今なら言えます。これは精神を追い込むマンガだと。そして、極限のラブロマンスだと。
先日単行本が発売されました。書店でめっちゃ目立ちます。
少女、長妻咲(ながつまさき)(13歳・中1)は、ある日糸のこを持って人の靴のつまさきを切り落とす妖怪に出会います。どうやら彼女にしか見えないらしい。最初のうちは咲ちゃんも驚きます。
運命の歯車は、ここで狂ったのだ。出会ってはいけない2人が出会ってしまった。
意味を付ける少女
彼女は、「とし君(妖怪「つまさきおとし」のこと)は、何らかの心のスキを持った人間のつまさきを切っているのだ」と勝手に解釈してついてまわります。実は本来、とし君は適当に切っているだけでした。
咲ちゃんは、とし君がつまさきを切り落とそうとする度に、「○○な人のつまさきを切っているんだね、とし君」と追いかけてまわる。いつしか彼女の行動はすっかりストーカー。四六時中、どんな場所にでも出没するようになります。
こうなると、本来「あまり意味がなかった」行動に「意味があるように勘違い」するようになるもの。とし君、どんどん毒されて、どういう理由でつまさきを切っているのか考えこんでしまうようになります。
たとえばぼくらがくしゃみをするとします。もちろん意味なんてない。ところが四六時中くしゃみをするたびに「そのくしゃみはあの○○な人の心のスキをついているんだね!」と言われ続けたとしたら。きっと、くしゃみをする度に「ひょっとして、自分は誰かの心のスキをついたんだろうか?」と気になり始めるはず。「くしゃみは誰かがうわさしている」という迷信のように。
愛。重すぎて。
咲ちゃんの異常な愛情は2点に注がれます。1つはどんなものでも自分の都合のいいように置き換えること。とし君にしてみたら、そもそも追いかけられるのは迷惑。だから彼も、怒ります。ところが怒られると、咲ちゃんは興奮します。
「怒られた=自分のことを考えてくれている」。とし君、怒るという手段がまず封じられました。ではどうするか。無視してみましょうか。
無視すると今度は、「無視される=みじめな気持ちで辛くなるなんて、とし君が自分をドキドキさせるテクニックをつかっている」という脳内回路変換で、やはり前向きに捉えます。
負けてはならない。今度は彼女のポジティブ思考を徹底して論破してみましょう。とし君がんばれ。
彼女に訪れるエクスタシー。「言い負かされる=とし君色に染められて幸せ」。とし君、もう逆らえない。八方塞がりです。
異常な愛情が引き起こすもう一つの行為。どんなところであろうと、とし君の前に現れる。いついかなるどんな時どんな場所でも、咲ちゃんは現れます。
もう、逃げられない。
これってラブじゃない?
とし君は日々、恐怖します。ところがいつしか、とし君は「咲ちゃんがいる」のが当たり前のように感じ始めます。毎日繰り広げられる、追いかけっこバトル。どうすればいいか考え続けるうちに、彼の生活は「咲ちゃんがいるのが当然」という考え方に変化します。
「ストックホルム症候群」という言葉があります。犯人に誘拐や監禁された被害者が、犯人に対して同情や好意を抱くようになる、というもの。とし君も、咲ちゃんに袋詰めにされて拉致されること多々。なのにとし君は、咲ちゃんに対して情が湧き始めています。そもそも最初から、追いかけられていて嫌がっていても、「嫌悪」「憎悪」ではなかった。
咲ちゃんには、友達がいません。まあ、とし君のこと毎日ストーキングしてたら、そりゃね。とし君は、咲ちゃんの心のひだ、女の子の繊細な部分を汲み取りはじめます。天地無双な行動力の咲ちゃんだって、寂しいことくらいある。とし君は、そんな彼女を無視しません。
この関係はある種の相互依存。でもこれも、愛って言っていいんじゃないかなあ? とし君の包容力と紳士さが、咲ちゃんには必要です。そして今は、咲ちゃんの激しい愛情表現による追いかけっこも、とし君の日常には欠かせなくなってきた。人間と妖怪、こういう愛の形があってもいいじゃん。とし君、咲ちゃんかわいいと思うよ? 全身ペイズリー柄の服装はセンス悪いけど。
さて、咲ちゃんはこっそりTwitterをやっているようです。ちょっと見てみましょう。
えーと。とし君逃げて。
一巻発売後の続きは、現在ねとらぼの連載で読むことができます。「婚姻届」で種族の壁を超えたり、初めての「キス」をしたり、咲ちゃんの担任(とし君が見えない)が登場したり。波乱の愛の物語になっています。
愛って、重くて、苦くて、怖くて、そしてちょっと甘いね。
(たまごまご)
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