卓球とは100メートル走をしながらチェスをするようなスポーツである! 掛丸翔「少年ラケット」の面白さ:虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第63回
卓球少年だった社主も納得の面白さ。
ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。
今回は、本連載では珍しく、スポーツマンガをご紹介。「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)にて連載中、掛丸翔先生の卓球マンガ「少年ラケット」(〜3巻、以下続刊)です。
競技人口や関心の差もあってか、卓球を扱った作品というのは、サッカーや野球と比べるとどうしても少なくなってしまうのですが、そんな中、「スポーツとしての卓球」に真正面から取り組んだマンガとして、また、かつて卓球部員だった者として、1巻発売当初から注目していた作品です。
体が覚えていた「卓球」の記憶
1年半前の火事で父を亡くし、またショックで記憶喪失になってしまった中学1年生・日向伊智朗(イチロー)。野球部に所属するものの、バットを握っては三振、ボールを拾ってはトンネル、さらに芸術もダメ、勉強も並レベルの「まんべんなくだめっ子」なイチローは、ある日、初めて握ったはずの卓球のラケットで、友達とリフティングを始めます。
初心者なら20回もできれば上出来といったところですが、「45、46……」と、みんなが飽きて帰ってからも、なお一人教室でリフティングを続けるイチローが出した記録はなんと1万5086回。どうやら、彼が失った記憶と「卓球」には何か大きな関係がある様子。
一方その頃、そのイチローを探し続ける少年が一人。彼の名は如月ヨルゲン、中学1年生。卓球全国最強の紫王館中学校で、メキメキと実力を伸ばしつつある天才卓球少年である彼が、同い年のイチローの行方を追い続けるのには理由がありました。
それは2年前、亡き父に連れられて、ふとやってきたイチローに敗れた苦い記憶――。しかし、この敗戦の悔しさをバネに、ヨルゲンは小学生の部で全日本優勝を果たすまでに成長したのです。
あの日、自分を破ったイチローが「友達のしるし」として差し出したストラップを手に、いつか再会できる日を……と願うヨルゲン。そして、その「いつか」は突然やって来ます。ある日、練習試合で訪れた学校で、彼は野球を練習しているイチローと偶然にも再会を果たすのでした。そしてそれとともに知るイチローの記憶喪失。
「キミには知るべきことが―― 思い出すべきことがある!」
ヨルゲンはそう告げると、翌日卓球ショップにイチローを誘い、卓球を通して記憶を取り戻させようとします。
最初は動きもぎこちなく、空振りばかりのイチローですが、ヨルゲンとのラリーを続けていく中で、ツッツキ、カット、ドライブ、ロビングと記憶を失う前の動きを取り戻していきます。記憶がなくとも、体は卓球を覚えていたのです。
「なんだろうこれ 今 すごく 楽しいっ!!」
記憶は戻らなかったものの、卓球の楽しさ、そして「ヨル君」ことヨルゲンというライバルを得たイチローが、新しい一歩を踏み出す瞬間でした。
卓球を舞台にした彼の物語は、ここから始まります。
こまけえことは(以下略)!
おもしろいマンガとは何か――。永遠に答えの出ない問題ではありますが、社主がこの連載でマンガをおすすめするときは、細かい理屈は抜きにして、ただ単純に「ページをめくっていることを忘れられるかどうか」を1つの基準にしています。
毎日いろんなマンガを読んでいると、「右手の積読山を崩して、左手の既読山に積み上げる」という、鑑賞とは呼べない、ある種の確認作業と化してしまうことがあるのですが、本当におもしろいマンガに出くわすと、ページをめくるどころか、マンガを読んでいることすら忘れる瞬間があります。「脳と作品世界とが直結している感覚」とでも言えばいいのか、そういうマンガに遭遇すると、「はっ、もう読み終わってた!」→「次巻はよ……はよ……!」という禁断症状を発することになります。
本作「少年ラケット」もまた、「気が付けばもう作者あとがきを読んでいたんだぜ……!」タイプの作品と言えるでしょう。
イチローとヨルゲンのストレートな友情&ライバル関係は見ていてとても清々しく、2人が所属する森原中と紫王館のメンバーは、一人一人が見た目も性格も個性的。物語は正統派で嫌味がなく、画風は可愛さと力強さを両立させながら、それでいて親しみやすい。さらに、卓球未経験者には分かりにくい用語やルールを丁寧に伝える見せ方や工夫など、素晴らしい点を挙げればきりがないですが、本作に関しては、そういうことを細かく説明しなくとも、「純粋にマンガとしておもしろい!」とだけ言えば、それでもう十分だと思います。
なお、「こまけえことは(以下略)!」と言いつつ、卓球経験者としてこまけえことを1つだけ言わせてもらうと、1巻の表紙でも握っているイチローのラケットが、相手の打球に合わせてラケットをくるくる回して使い分ける「反転式ペンホルダー」という、主人公が使うにはやや珍しいタイプなのが、ものすごく興味深いです。
社主は、かつてチームで唯一の丸型ペンホルダー使いだったのですが、それでなくとも、シェークハンドに比べて使用人口が少ないペンホルダーで、なおかつ反転式の使い手なところに、掛丸先生のこだわりを感じずにはいられません。同じ非主流のペンホルダー使いとして、イチローに並々ならぬシンパシーを抱きつつ、今日はこのあたりでラケット、もとい、筆を置きます。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
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