日本では2月11日に劇場公開されたケイト・ブランシェット、ルーニー・マーラ共演の映画「キャロル」を観てきました。既に多くの映画賞を受賞し、観客や評論家からの評価も高く、オスカーも期待される本作ですが、知らない方のために概要を説明すると、デパートのおもちゃ売り場で働く女・テレーズと、一人娘へのプレゼントを買いに来た人妻・キャロルとの運命の出会いと恋路を描く、女性同士のラブロマンスです。
原作はサスペンス小説の大家、パトリシア・ハイスミスが1952年にクレア・モーガンの名義で発表した「The price of salt」という小説。発売当時のアメリカはまだ性的少数者への風当たりが現在と比べて非常に強かった時代で、小さな出版社からの発売にもかかわらず作品のクオリティーの高さから圧倒的な支持を受け、ベストセラーとなりました。
現在はハイスミスの名義で「Carol」と改題されているこの原作は、同性愛をテーマにした小説を書くことで当時新進気鋭のサスペンス作家であったハイスミスの名前に傷を付けるわけにはいかないという当時の出版人たちのやや差別的な判断によって、別名義での出版を余儀なくされた経緯があり、時代の苦い空気にもまれながらも作品の力で風化することなく生き延びることができました。
あれから60年の歳月が流れた今。映画版の方も、これまでの実績から今年度アカデミー賞の作品賞にノミネートを期待視されていながらも結局は候補に挙がらず、その理由として「アカデミー賞の会員に男性や保守派が多く、LGBT、もしくは男性を必要としない恋愛に対し理解が薄いから」という声も出ています。このアカデミー賞会員の偏りによる問題は、今回の男優賞・女優賞に白人系俳優しかノミネートされていない件でも各所で多く言及され、著名映画人たちの授賞式参加ボイコットまで起こる事態に発展しています。
とはいえ、単純に悲観ばかりもしてはいけません。時代の変化は一歩ずつ、確実に起きていることを、僕たちは現代の名作に触れることで感じることができるからです。
過去10年間におけるLGBT映画の名作を列挙する
ハリウッドの歴史は差別から始まったと言ってもいいかもしれません。アメリカ映画最初の長編作品であるD・W・グリフィス監督「國民の創生」は、白人至上主義団体として知られるKKK(クー・クラックス・クラン)が黒人に横暴をふるう様を正義のごとく描き、差別映画として多くの批判にさらされていることでも知られています。
そんな始まりがありながらも映画の歴史は時代の変化と正しい理解や認識の普及に伴って、差別意識や極端な偏見もだいぶ軟化しており、現代のショービズにLGBTを扱った高品質な作品は、当たり前のように存在するようになりました。
あえてここ10年間のアカデミー賞に限って言及しても、06年に日本公開されたアン・リー監督、ヒース・レジャー主演の「ブロークバック・マウンテン」などは有名な例です。季節労働者として出会った二人の男の悲恋を描いたこの作品は、ゴールデングローブ賞や英国アカデミー賞など「オスカーの前哨戦」とも称される賞レースで主要賞を総なめにした傑作であり、第78回アカデミー賞に最多ノミネートされましたが、オスカー獲得は監督賞など三部門にとどまりました。作品賞を受賞できなかった理由にもやはり、保守派の会員の存在が大きく影響しているのではないかといわれています。
2008年にガス・ヴァン・サント監督によって作られた映画「ミルク」は、アメリカではじめてゲイを公言しながら大都市の市議となり、同性愛者の権利向上に尽力した実在の政治家をショーン・ペンが見事に演じきり、主演男優賞と脚本賞を受賞しました。2010年公開の「キッズ・オールライト」は、レズビアンカップルの両親を持ち精子提供によって生まれた子どもたちの家族像を描き、作品賞を含む四部門にノミネート。
2013年に公開された「ダラス・バイヤーズクラブ」では、マシュー・マコノヒー演じるゲイ嫌いの男が、当時は同性愛者しか罹患(りかん)しないと認識されていたエイズを発症したことから、ジャレット・レト演じるトランスジェンダーのエイズ患者とともに新薬を求めて奮闘する様を描き、こちらもマコノヒーが主演男優賞、レトが助演男優賞を受賞しています。マコノヒーの体を張った演技は迫力に満ちて、レトの演技にも愛嬌(あいきょう)があり、オスカー獲得も納得の結果と言えます。
2016年のオスカーでは「キャロル」以外にも、はじめての性別適合手術に挑んだ女性(元男性)とその妻にまつわる実話を基に描いた「リリーのすべて」などもノミネートされており、これからの変化にも目が離せません。
オスカー以外の大きな映画祭でも有名どころのケースを挙げれば、女性同士の恋愛を描いて2014年に公開された「アデル、ブルーは熱い色」がカンヌ国際映画祭で最高賞となるパルム・ドールを受賞。その濃密なベッドシーンが話題となり、劇場で観ていた僕はその映像にいやらしさや美しさよりも、「大きな肌色の知恵の輪みたいになってる……」という感想を持ったものです。
アカデミー賞外でも先述の「ミルク」や「ダラス・バイヤーズクラブ」のように、実話から着想を得た強いメッセージ性を持つ作品は数多く存在します。
日本では2014年に公開されたアメリカ映画「チョコレートドーナツ」は、ゲイのカップルが親から虐待を受けて捨てられたダウン症の少年と、温かな家庭を築き上げていく姿とそこに待ち受ける大きな試練を描いた佳作であり、劇場で鑑賞した僕はしばらくこの作品のことしか考えられなくなるほどの衝撃を受けました。
また2015年公開の「パレードへようこそ」は80年代のロンドンを舞台に、不当な待遇を受けていた炭鉱労働者を支援するべく立ち上がったLGBTの団体と、炭鉱労働にいそしむ町人たちの衝突と理解を描き、ユーモアに溢れて胸がスッとする痛快な作品に仕上がっています。
「人間」を描く作品は時代に負けない
日本だって負けてはいません。世界にはLGBTをテーマにしたさまざまな映画祭や映画賞が存在しますが、日本でも20年以上前より「東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」というイベントが行われ、世界各国で作られたLGBT映画が毎年多数公開されています。また、今年のキネマ旬報ベストテンの邦画部門で1位を取った「恋人たち」にはゲイの弁護士が主要なキャラクターとして登場し、本作の他に数々の名作を撮り続けている監督の橋口亮輔氏も、自身はゲイであるとカミングアウトしています。
昨今は日本国内でもLGBTに対する社会的なアプローチが次第に広がりを見せ、当事者の1人でもあり若い時分よりイベントや活動などへ足しげく参加していた身としては、非常にうれしい流れであるとともに、これを一過性のものにしてはならないという思いも抱いています。
そのためには社会運動のみならず、映画やドラマ、本などといったエンターテインメントの方面から、高品質なものを提供し続けることの意義は必ず存在するでしょう。いえ、意義や意味など見いださなくても、そういった作品は生まれるべくして生まれるものなのかもしれません。そのうち、「これはLGBTを扱った作品だ」というくくりや認識すらなくなり、どういう恋愛を、どういう性別を描いても、何もかもがごく身近で当たり前の題材として受け入れられているような時代も訪れるのでしょう。事実、「ブロークバック・マウンテン」を監督したアン・リーも自作をゲイ映画だと言及したうえで「普遍的なラブ・ストーリー」だとも語っています。
「キャロル」の原作版には主人公のテレーズによるこんなセリフが登場します。
「古典とは、時代を超越した人間の業を描くもの」
「キャロル」が原作発売から60年を超えた今、新たな魅力を見いだされ、現代の人間に評価されているということは、先見性を持って「人間」の姿が編まれ、これからの未来にも語り継がれていく古典としての力を持った作品だということです。かつてさまざまなマイノリティーが人外のごとく排除され偏見にさらされ続けてきた歴史を踏み越えて訪れた現代。これからも、確かな強度で「人間」を描き、古典となりうるLGBT作品が増えることを期待してやみません。
プロフィール
85年生まれのブロガー。2012年にブログ「ナナオクプリーズ」を開設。おとぎ話などをパロディー化した芸能系のネタや風刺色の強いネタがさまざまなメディアで紹介されて話題となる。
2015年に初の著書「もしも矢沢永吉が『桃太郎』を朗読したら」を刊行。ライターとしても活動中。
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