なぜアニメの放送は“落ちる”のか 放送が落ちる理由や待遇問題について現役アニメーター・制作進行に聞いた(2/2 ページ)
アニメ制作の手法、アナログからデジタルへ
――石井さんはなぜアニメーターを志されたのでしょうか
石井:僕はもともと絵を描くのが好きでした。模写もやっていましたし、漫画を描いたりもしていました。そうしたなかで僕が小学校から中学校ぐらいにかけて、宇宙戦艦ヤマトからガンダムに続くという第2次アニメブームがあったんですね。その頃にアニメージュという雑誌が創刊されて、アニメーターという仕事があるということを知りました。あと僕は安彦良和さんが描かれるガンダムの絵がすごく好きで、安彦さんみたいになりたいなと思ったのもきっかけの1つですね。
――アニメーターになりたい、と思っても当時はネットなどの情報がないわけですよね。どうやってアニメーターになられたんですか
石井:アニメージュの付録で、たくさんのアニメスタジオが載っているミニブックみたいなものがあったんですよ。それでそこに載っている会社に電話をしてみたら、「専門学校に行かないと厳しい」と言われたので、アニメの専門学校に入りました。専門学校に入ってからは卒業を前に制作会社への就職が決まったので、アニメーターとして就職しました。
――失礼なお話ですが、初任給はどれぐらいでしたか
石井:初月は当時1万円にも満たない位だったんじゃないかと思います。しばらくは、バイトをしてためていた貯金を回して何とか生活していましたが、途中からは実家に仕送りをお願いしていましたね。ちゃんとご飯が食べられるようになるまでに、2年近くかかったのではないかと思います。
――アニメーターになって、最初にやったお仕事は何ですか
石井:作品としては初期の聖闘士星矢ですね。セル部分のトレス、いわゆるクリーンナップ(原画などのラフな描線から整えた描線を新たな用紙へ描き起こす清書のこと)、あとは簡単な動画(中割り作業)などが新人の主な仕事でした。この仕事は研修を兼ねている場合があるので、お給料から差し引かれている場合もあります。
――お仕事を始められた当初と今とで大きく変わったなと思うことはなんですか
石井:僕は今フリーランスで活動していますが、最近はスタッフ間でコミュニケーションを取らなくなってきたなと感じますね。昔は先輩が熱心に仕事を教えてくれたり、締め切りが迫っているのに夜な夜なアニメ論を語るような先輩が居て、ある程度コミュニケーションが取れていたんだと思うんです。でも今はスタジオに居てもほとんど質問されることがありません。質問してくれたらちゃんと答えるんですが、ひょっとしたら質問してはいけないのではないかと思っているのかもしれませんね。
進行:僕はアニメーターが増えたということがあるのではないかと思います。以前は徒弟制度などもありましたが、今は作品数が増えていることもあって、アニメーターを名乗れる人が増えてしまったということですね。
石井:確かに。以前に比べると作画監督やキャラクターデザイナーもたくさんいますよね。
進行:昔はアニメーターと呼ばれる職業に就けばそこそこ食べていけたと思います。しかしアニメ作品の急増でアニメーターという職の裾野が広がってしまったため、本当なら中堅と呼ばれる方々が、新人と中堅の間を、ベテランの方はベテランと中堅の間を行き来している感じですね。
石井:うーん、なるほど。
進行:「力量から考えるとまだこのポジションじゃない」という人でも上に行けてしまう代わりに、その上の人が何らかのカバーをしなくてはいけない状況になっていたりもします。
石井:でもそれも1つの教育法やチャンスと捉えていかないといけないかもしれないですね。最近はアニメーターを初めて2、3年で作画監督をやる人も珍しくなくなってきていますから。
進行:石井さんがそう仰ってくださると心強いですね。
――技術面で変わったことはありますか
石井:技術面でいうと、アナログからデジタルに変わったというところが大きく変化した部分です。
進行:画面の中で動かせることが増えたというか、絵素材の作り方自体が変わりました。
石井:デジタルだとセル重ねが無限にできるというところが一番の強みです。昔は撮影さんがセルロイドを重ねて撮影して、また重ねてということを繰り返していた作業ですが、今はデジタルなので厚みも当然ないですし、仕上げや撮影の工程は大きく変わっていると思います。
進行:デジタルとアナログの違いでいうと、デジタルではかすれたような、線を途切れさせたような表現というのが難しくなりましたね。くっきりした線で出てしまうというか。もちろんデジタルでもかすれた表現は可能ですが、自然なかすれはやはりアナログの醍醐味です。
石井:デジタル技術の発展とともに、3Dレイアウトが使えるようになったというのも大きいですね。これは建物の内観や外観を3Dでモデリングして、人物を入れたときにはこういう感じになるという指示書です。かなり便利になりました。
――石井さんは監督や演出になりたいとは思われないのでしょうか
石井:僕は絵に描いていることが好きな人間なので、演出に行こうとは思わないですね。アニメーターは机に座っているだけである種仕事が完結してしまうところがありますが、監督は船でいえば船長ですから、打ち合わせに指示などたくさんのことをこなさないといけません。そんな責任のあることをできるかといわれると、できない気がするんですよね……まぁでも何事も経験かなとも思いますけれども(笑)。
アニメ制作はもうからないのか
――そもそもアニメを1話作るためには大体いくらぐらいの予算が必要になるのでしょうか
進行:作品にもよりますが3500万前後ではないかと思います。
※1話あたりの予算については、制作進行さんがこれまでに関わった作品(主に一般向けアニメ)の平均値です。全ての作品がこの限りではないとの指摘がありました。例えば深夜アニメでは1話あたりの予算は平均1000万円台とのことです。
――アニメ制作会社はもうかっていないというお話もよく聞きますが、実際のところはどうでしょうか
進行:あくまでウワサとしてですが、もうかっていない、ほとんど赤字だという話はよく聞きます。
――アニメ作品の場合、グッズやDVD・BDなどでの収益も上がると思うのですが、そういったものを含めてもアニメ業界は厳しいという状況なのでしょうか
進行:製作委員会方式の場合は出資項目が細分化されています。ですから、DVDに出資していればDVDが売れた場合の収益は出資した会社に入りますし、グッズに出資していればグッズの利益が入るということになりますので、各自が出資したものに対して利益が上がればもうかるという感じですね。
※正確には、出資者(製作委員会)はその出資比率に応じて作品の利用権(DVDやグッズの販売の権利、コンサートの実施をする権利など)を得ることができ、その権利によって利益を生み出すことができます。こうしてDVDやグッズなどを販売して得た利益は、販売を直接担当した出資者だけでなく、一部は製作委員会にも配分され、全員で利益を分け合う形になります。
――DVD・BDの場合、どの程度売り上げることができれば利益を上げられるのでしょうか
進行:1万枚売れれば良いですね。
石井:それだけ売れれば安泰ですけれども、1万枚はなかなか売れないですね。
進行:2000~3000枚売れればギリギリ採算に乗るというラインだと思います。
石井:視聴者の皆さんにはぜひDVD・BDを買って応援していただきたいですね。
※損益分岐の具体的な枚数については、作品の規模や制作費により異なります。7000枚~1万枚程度が分岐点になる作品もあるとの指摘がありました。
これからのアニメ制作
――現在のアニメ業界で何が一番問題だと思われますか
石井:一番の問題は教育の部分、「育てる」というところではないかと感じるんですよね。いくら専門学校で勉強してもやはり学校で学べることには限りがありますし。
進行:技術的な部分だけを見たとしても、今は専門学校を出ていてもトレスの作業ができないというケースが実は多いんですよね。鉛筆でそれを習得するのに大体半年ぐらいかかる場合もあります。
石井:どの会社もアニメーター教育や新人教育は予算に入っていないわけですから、会社が投資してでも育てようとしないといけない訳ですよ。
進行:制作会社自体が自転車操業の状態の中、新人さんを育てるということですからね。会社側の負担は大きいと思います。
石井:僕も新人教育をやったことがあるんですが、自分の仕事+教育になるので教える側にも負担がかかるんですよね。教育したからといって会社からたくさんの手当てがもらえるわけではないので、ほとんどボランティアのような形です。さらには指導をしても辞めてしまったり、うまく育ったと思っても他の会社さんから引き抜かれることもあって、本当に難しいです。
――最近アニメーターがSNSなどで、原画などの制作過程を明かしている方もおられますが、そのことについてはどう思われますか
石井:権利関係を持っている会社が了解しているのであれば、節度を持って自分の絵を発表する分には良いのではないかと思います。
進行:僕もマイナス面のプロモーションにならないのであれば、よいと思います。
――先日個人的にアニメの絵コンテや脚本についてのワークショップに行ってみたのですが、来場者の半数以上がプロのアニメーターで驚きました。プロになってからも「これで絵コンテの読み方は合っているのだろうか」というような不安はやっぱりあるのでしょうか
石井:僕も教えてもらえるところがあれば、教えてもらいたいですよ(笑)。アニメ業界ではあんまり教えてもらうというシステムが確立されていないというか、「やって覚えろ」という感じなんですよ。なぜそうなるかといえば、クリエイティブな仕事全般にいえるのことかもしれませんが、「正解があるのか」という話につながるからなんですね。アニメの動きって一通りではなくて、いろんなものがありますよね。するとAの作品ではこの動きでOKでも、Bではそうではないとなってしまうので、みんな不安というか悩むと思います。
進行:そうですよね。
石井:そうした要因もあって、結局リテイク(やり直し)をもらって覚えていくということになってしまうんですよ。何度もリテイクを重ねるうちに「やるべきことを覚える」というよりは「やってはいけないことを覚えていく」。すると、なんとなく「正解らしきもの」をつかむことができるようになります。監督さんによって求めるものが全く違うということもあるので、不安を抱えているアニメーターがたくさん居るというのは理解できます。
――この他にもアニメーターならではの悩みはあるのでしょうか
石井:将来性に関しては不安に感じる人が多いかもしれません。必ずしも努力すれば報われるという世界ではないので、どうしようもない部分ではありますよね。
進行:僕は(アニメーターは)他の絵を描く職業の方より、認められる範囲が狭い職業だと思います。絵のクセを個性として認められない職業ですから。
石井:確かに自分の個性が邪魔になる場合が多々ありますね。
進行:「絵描きさんは個性を磨いていく仕事だけれども、アニメーターは個性を殺していく職業だ」とあるキャラクターデザイナーさんが仰っていましたが、その通りだと思います。
石井:僕も最近になってアニメのキャラクターってやっぱり商品なんだな、と思うことが増えてきました。このキャラクターはこういう表情はしないとか、こういう格好はしないとか、キャラクターイメージを損ねないように確立されているというか。そういう制限はやっぱりありますからね。
進行:そうです。あとは視聴者からの声が届きやすくなってきていますね。
石井:それが一番大きいのかもしれませんね。僕がアニメーターを始めたときはたまに感想のお手紙が届くか届かないかという感じでしたけれど、今はダイレクトに伝わってきますから怖い部分がありますね。ネットの掲示板で名指しで批判されるということもありますし、そういうのを見るとやっぱり落ち込みます。
――アニメーターを目指す人に一番必要な資質は何だと思いますか
石井:集中できること、でしょうか。絵を描かない人にとっては苦痛でしかない仕事みたいなものですからね。僕もスタジオに入ったら、寝るとき以外は机に向かっている日もあります。アニメの制作というのは、締め切りがあればそのギリギリまで作業をしてクオリティーをあげようとする人がほとんどなんです。言い換えればデッドラインがなければ作品が完成しないともいえます。
進行:なぜそうしたこだわりが生まれるのかというと、今携わっている仕事が未来の仕事への評価につながるからなんですね。
石井:時間があれば、あれも直したいこれも直したいというところはあって、放送されたものを観ても年中気になる部分というのはあります。でも結局気になるところを直していたら終わらないので、自分の中で妥協していくことも仕事の1つです。
――今後のアニメ業界に必要なことは何でしょうか
石井:今回お話したのは全て僕の個人的な意見ですけれども、やはり先に挙げたコミュニケーション不足の解消、後進を育成するための環境づくりでしょうか。昔、声優さんたちが結束して地位向上を呼び掛けたことがあって、現在の声優さんの地位が確立されたという話を聞いたことがあります。アニメーターの場合、アニメーター同士がコミュニケーションを取るということが少ないのでなかなか難しいのかもしれませんが、そういうことも待遇を良くするための一つの手段なのかなと思います。どのセクションの方も心に余裕を持って作品作りに挑めるようになると良いなと思います。
――最後に、これからアニメーターを目指す方や、今新人として頑張っている方へメッセージを頂けますか
石井:ここ数年で、新人アニメーターの待遇がよくなるとは思いにくいご時世ではありますが、例えば自分の3年先を想像してみて、「何とかやっていけそうなスキルが自分にある」と思えるのなら、苦しくても続けるべきだと思います。当たり前のことですが、アニメーターとして頑張っている人の共通点は、「やめなかったこと」。続けることも才能だと思います。アニメのタイトルが増えるということは、それだけチャンスも増えるということです。現時点の問題点については当然改善されるよう業界全体で努力すべきですが、自分自身の何年か先を想像して、今何をすべきか? を考えてみることも必要ではないかと思います。
今回の取材を通して、「アニメの放送を落とす」ということ自体が必ずしもマイナスの原因から生まれる訳ではない、ということが分かりました。
いわゆる作画崩壊を起こした状態であっても放映日を守って作品を放送することを選ぶか、放送を落としてでもクオリティーを上げるのかについては評価が分かれるところですが、物理的原因以外に「視聴者が満足できるクオリティー」を目指して努力した結果、放送が落ちるケースがある、ということです。
近年SNSやネットの発達などにより、以前に比べるとアニメーターという仕事を知る機会が増えました。しかしそれらの情報はアニメーターの仕事全てではなく、あくまで断片的なものと理解するべきでしょう。
時代の移り変わりとともに人と人との関わりや仕事の方法、仕事に対する評価が変わりつつあります。私たち視聴者は「視聴者の立場でできる応援を地道に続けていくこと」、転換期に立たされているともいえるアニメ業界は、「スタッフとのコミュニケーションの機会を増やして後進の育成に尽力すること」が、アニメの放送を落とさないための近道なのかもしれません。
(Kikka)
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