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センス・オブ・ワンダー? 知りたきゃこれを読め!

この本を読め。これを読んで感じた驚きがセンス・オブ・ワンダーだ!

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 よくSFの魅力は「センス・オブ・ワンダー」だと言われています。

 ただこの言葉、具体的に説明するのが難しい。“もっぱらSF作品で味わえる驚き”とでも言えばいいんでしょうか。SFファン同士なら「あれはセンス・オブ・ワンダーを感じるよねー」とか「あの作品にはセンス・オブ・ワンダーが足りない」とか言えば話は通じるんですが、全然SFを知らない人にどう伝えればいいのか、いつも悩みます。生まれてから一度も赤いものを見たことがない人に、「赤」というのがどんな色なのか説明しろというようなものです。

 でも先日、とてもいい本が出たんです。SFを知らない人に説明するのに、「この本を読め。これを読んで感じた驚きがセンス・オブ・ワンダーだ!」と自信を持って言える一冊が。

 伊藤典夫翻訳SF傑作選「ボロゴーヴはミムジイ」(ハヤカワ文庫SF)――半世紀以上も海外SFの翻訳をやってこられた大ベテランの伊藤典夫氏がこれまでに訳された膨大な量の短編SFの中から、傑作を選りすぐったアンソロジーです。

ボロゴーヴはミムジイ

 クラークやハインラインやディックのような有名な作家の作品なら、後で短編集に収録されているので、今でも読むことができます。特にディックなんか、「バーナード嬢曰く。」の神林さんじゃないですが、「ディックが死んで30年だぞ! 今更初訳される話が面白いワケないだろ!」と言いたくなります(笑)。そんなの訳す暇があったら、もっとマイナーな作家にスポットを当ててよと。

 この「ボロゴーヴはミムジイ」に収録されているのは、ディックやクラークに比べてやや知名度で劣る、いわば二軍の作家の作品がほとんど。そのため、「SFマガジン」に訳されたきりで一度も単行本になっていないとか、アンソロジーに入ったことはあるけどそのアンソロジーもとっくに絶版だとか、現代の読者の目にふれにくいものが多いんです。

 でも、二軍だからってバカにしないでください! 面白さは保証します!

 特にSF初心者におすすめします。だって、どれも僕が若いころに読んで、「面白い!」と思ったものばかりなんですから。

 具体的にどういうものがセンス・オブ・ワンダーなのか? 分かりやすいのがフリッツ・ライバー「若くならない男」です。

 変なタイトルですよね、「若くならない男」。何かの比喩だろうと思う人が大半だろうと思います。

 ところが違うんです。これ、文字通り、若くならない男の話なんです。

 時間が逆行している世界。すべての人間が墓から生まれ、若返って母親の胎内に戻り、文明が20世紀から中世へ、さらに古代エジプト時代へと逆戻りしてゆく。そんな中で、主人公だけがなぜか若くならず、人類の数千年の歴史を見つめ続ける……。

 逆行時間の中の不死人! 初めて読んだのは1977年のSFマガジンですが、ものすごい発想にくらくらきました。しかも書かれたのが1947年と知って二度びっくり。「フリッツ・ライバーって、30年も前にこんなとてつもないものを書いてたのか!」と。今、再読しても、まったく古さを感じさせません。

 時間ものならデイヴィッド・I・マッスンの「旅人の憩い」もすごいです。こちらは南に向かうほど時間の流れが速くなる世界。北の果て、時間が停止する寸前の地域では、いつ果てるともない激しい戦争が続いています。兵士である主人公は解任され、南の平和な地域に向かいます。そこで結婚して家族を持ち、数十年を過ごすのですが、戦場ではまだ数十分しか経っていない……。

 これも思い出深い話ですね。僕の長編「時の果てのフェブラリー」はもろに影響受けてます。

 衝撃という点では、フレデリック・ポール「虚影の街」も強烈です。同じ6月15日が延々と繰り返されている街の話。真夜中になると住民の記憶もみんなリセットされるんですが、主人公はふとしたことから記憶が消えず、同じ日が続いていることに気づいてしまいます。

 今ではマンガやアニメなんかでもよく使われるようになった“タイムループもの”の一種なんですが、なぜこの街でそんなことが起きているのかという謎解きが、まさにあぜん呆然。この強烈なラストは一生、忘れられません。

 このアンソロジーの中で、僕の一番のお勧めは「思考の谺(こだま)」です。

 作者のジョン・ブラナーはイギリス人。どちらかと言えば社会派の印象がある作家なんですが、1959年、24歳のときに発表したこの作品は、モンスターも出てくるばりばりのB級SF。雰囲気もちょっと安っぽい。でも、謎とサスペンスに満ちていて、抜群に面白い!

 ロンドンの下町の安アパートで、一文なしでみじめな暮らしをしているヒロインのサリイ。彼女はなぜここにいるのか、自分の名前以外、何も思い出せない。時おり襲ってくる記憶のフラッシュバック。しかし、その記憶は地球のものではありえないものだった……。

 雰囲気はのちのテレビシリーズ「ドクター・フー」をほうふつとさせます。まさに「イギリスSF」って感じなんです。僕がSFマガジンのバックナンバーで読んだのは17歳のころですが、終始、ロンドンの一画を舞台にしていながら、背景には広大な宇宙の広がりと何十万年にも及ぶ歴史があるという構成にはしびれました。でたらめに見えたサリイの奇怪な記憶の数々が、次第につじつまが合ってきて、ついには銀河の命運を左右する壮大なスケールのドラマが浮かび上がってくるんですよ!

 こういうのがセンス・オブ・ワンダーなんです。

 17歳でこんなの読んだら、絶対ハマりますって。これもSFマガジンに載ったきり、一度も再録されたことのない作品で、この再録は涙が出るほどありがたいです。

 もっと軽いユーモラスな作品がお望みなら、ヘンリー・カットナー「ハッピー・エンド」はいかがでしょうか? 主人公は未来から逃亡してきたロボットに出会い、小さな装置をもらいます。そのボタンを押すと、はるかな未来世界にいる科学者と一時的に精神がつながり、未来の科学知識の断片を知ることができるのです。でも、そのせいで、サーンという不気味なアンドロイドに追い回されるはめになり……という話。

 この小説、「この物語は、こうして終わった」という一文ではじまり、まずラストのハッピーエンドを描いてから、次に物語の中間部分を描き、最後にファーストシーンを描くという変わった構成になっています。結末が分かっているにもかかわらず、話がどこに転がってゆくのか予想がつかないのが面白い。ラスト(つまりファーストシーン)のどんでん返しを予想できる人は、まずいないでしょう。“トリッキー”という言葉はこの作品のためにあるようなもの。

 このヘンリー・カットナー、1936年にデビューした当時は、ラブクラフトの亜流のホラーや、R・E・ハワードの亜流のヒロイックファンタジー、いかがわしいスペースオペラ(笑)などを書きまくっていたのですが、1940年、「シャンブロウ」で有名な年上の女流作家C・L・ムーアと結婚してからは、夫婦合作で、あるいはカットナー単独で、ルイス・パジェット、ローレンス・オドネル、キース・ハモンドなど、20近いペンネームを使い分け、多数の短編SFを発表しています。

 本書の表題作「ボロゴーヴはミムジイ」も、ルイス・パジェット名義で発表された作品。未来から飛ばされてきた教育用玩具を拾った子どもたちが、それで遊ぶうちに、しだいにその精神が変容しはじめ……という話。タイトルから分かるように、「鏡の国のアリス」とからんでいて、ルイス・キャロル本人もちらっと登場します。

 カットナー(パジェット)には、他にも「トォンキイ」「今、見ちゃいけない」「黒い天使」「プライベート・アイ」「ショウガパンしかない」などなど、今では忘れられた佳作・傑作が多いんです。決して“大作家”ではないけれど“名人”だなと、しみじみ思います。前に短編集が出てからもう30年以上になりますから、できればまた短編集を出していただきたいんですが。

 レイモンド・F・ジョーンズ「子どもの部屋」も「ボロゴーヴはミムジイ」と似たような発想。大学の図書館にある、普通の人間には見えない“子どもの部屋”。主人公の息子がそこで借りてきた本は、特殊な能力を持つミュータントにしか読めないものだった……という話。

 決して悪くはない話なんですが、ジョーンズの作品では、僕は「子どもの部屋」より「騒音レベル」や「よろず修理します」の方が好きなんですよね。だからこのセレクトにはちょっと疑問だったんですが、編者の高橋良平氏のあとがきを読んで納得。

 これは「伊藤典夫翻訳SF傑作選」の一巻、それも時間・次元テーマの作品を中心に選んだアンソロジーで、好評ならば続刊も出るとのこと。

 おおっ、ということは「騒音レベル」は二巻目以降に収録される可能性があるということ? じゃあ、やはり一度も再録されたことのないポール・アンダースンの「救いの手」とかジェイムズ・ブリッシュの「コモン・タイム」とかブライアン・オールディスの「リトル・ボーイ再び」とかも? あるいは収録された短編集やアンソロジーがすでに絶版になっているアルフレッド・ベスターの「マホメットを殺した男たち」やゴードン・R・ディクスンの「コンピューターは語らない」やラリイ・ニーヴンの「終末は遠くない」とかも?

 そりゃあ応援しないわけにいかないでしょ!

SFマガジン2017年2月号

山本弘


シミルボン

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