昔と今では新人アニメーターの苦労度合いが違う
――先日別のアニメーターを取材した際に「単価を上げると手が遅くなり、本人のためにならない」という話がある、と聞きました
小谷:私自身は聞いたことがありません。ただ「頑張って仕事をした人がお金を稼げるというシステム」は必要だと思います。完全固定給にしてしまうというよりは目標達成できそうな枚数を設定しておいて、期限内に仕上げれたらインセンティブを渡すといった方法です。あと、動画担当者は待遇が厳しいという人が多いので、せめて家賃補助や交通費の上限なしについては検討してあげてほしいなと思います。
――完全固定給制にはできないのでしょうか
小谷:アニメーターはスピードとクオリティーの両方を求められます。これには個人差もあり、こなした枚数によって評価、つまり給料が変動する歩合制というのはある意味で妥当だと思います。
――なるほど。小谷さんがアニメ業界に入ったときにも労働時間や待遇について問題視されていましたか
小谷:私が新人時代に働いていた制作会社では、先輩のアニメーターが「日曜日には会社に来てはいけない」「深夜まで残って働いてはいけない」と指導してくださっていました。「決められた時間で稼がなくてはいけない」ということが重視されていて、遅くまで残っていると「居残りしてズルい」というような雰囲気すらありましたね。
――新人時代のお給料面についてはどうでしたか
小谷:研修期間は月収7万円くらいでしたが、その後線の少ない子ども向けの作品につかせてもらえたので、一番多かったときで1カ月800枚位は描けていました。ただ、今の新人の苦労と私が新人時代にした苦労は比較対象にならない気がします。
――制作手法が違うからですか
小谷:私が新人の時代はまだセルを使っていて、手法もアナログでした。そのため撮影機材の関係で演出や作業にはある程度の制限があったんです。でも今はデジタル化によってできることが増えており、それに伴って作業量も増えていますから、今の新人がしている苦労は私達の世代の比にならないと思うんです。
――若いときは苦労をした方がいい、という考え方もあるようですが
小谷:アニメーターの中には「自分も苦労したんだから、若いうちは苦労をしたほうが良い」と自分の苦労体験を美化して語る方もいます。恐らく頑張った自分を否定されたくないという思いからなのだと思いますが、成長のための苦労でないと、いくら苦労しても意味が無いと思います。今の新人は線がかなり多い絵を描いていますし、大変だと思います。
今のアニメ業界に思うこと
――小谷さんはもともとアニメーター志望だったのでしょうか
小谷:いえ、実は背景美術志望でした。専門学校に入って、いろいろな分野の勉強をしていくうちに、アニメーターのほうが向いているということでアニメーターになりました。ですから制作会社に入るまで「作監(作画監督)」という役職があるということも知りませんでした。
――意外でした。印象に残っている作品はありますか
小谷:「RED GARDEN」「BLOOD+」「機動戦士ガンダム00」は印象に残っています。「RED GARDEN」はプレスコという珍しい手法で制作した作品で、お話の内容自体もすごく面白かったです。「BLOOD+」は1年という長いクールでのお仕事でしたから思い入れがありますね。「機動戦士ガンダム00」ははじめて参加したガンダムシリーズということで印象に残っています。
※プレスコ……音声収録を先にする制作手法。声優が絵の動きに合わせずに演技できるため自然なやりとりを演出できることがメリット。
――アニメは漫画原作のものが多いですが、なぜでしょうか
小谷:昔から、人気がある漫画がアニメ化するのは通常でしたし、先のストーリーが分かっているので、制作しやすいのかもしれません。また全ての作品がそうというわけではありませんが、「原作を盛り上げるため」に作られるアニメ作品というのは存在しています。アニメオリジナル作品が増えてくれるといいなと思いますね。
――作業をしていくうちに、特定のキャラクターへの思い入れが強くなったりはしないのでしょうか
小谷:私は特定のお気に入りキャラは作らないようにしています。どのキャラクターが愛されるかは視聴者に委ねたいと考えています。
――ある制作会社の新人アニメーターがSNS上に給与明細をアップして話題になったということもありましたが、どう感じられましたか
小谷:いろいろな意見があると思うのですが、あの新人さんは「みんなのために」という意識で行動したのではないかとみています。話題になった制作会社について「いい会社だ」という人も少なくないのですが、「本当にその制作会社に関わったことのある人の発言」なのかが、疑問です。私個人はあのツイートに至るまでには、それなりにいろんなことがあったということだと理解しています。
――話題になった制作会社についてはどう思いましたか
小谷:動画という一番金銭的に困窮する時期に交通費をスタッフ側の負担にしているというのはちょっと……と思いました。スタッフにとって働きやすい会社になっていってほしいと思います。
――「Blu-ray Discを買わないと2期が作られない」という話をよく聞きますが、どう思われますか
小谷:1期の制作前から2期が決まっている作品もありますから、必ずしもそういうわけではないと思います。ただ子ども向けの作品ならおもちゃなどで収益があがりますが、そうでない場合はBlu-rayぐらいしか目立った売上が確保できないのは事実だと思います。1期が終わってしばらくたってから「あの作品、人気が出たので2期やります」というお話はをいただくことがありますが、その「人気」がBlu-rayの売上を指しているのかどうかまでは分かりません。
――アニメーターの待遇や作品の内容以外のことが話題になることについてはどう感じられていますか
小谷:本意ではありませんが自営業者の集まりのような形で制作をしているので、一般の方には理解されにくいのだろうなと思います。しかし、ある程度頑張れば普通の生活ができるようにという整備は必要だと思います。
この20年でクオリティーと引き換えに、作業量が激増しているといわれるアニメ業界。従来の制作スケジュールで現在のクオリティーを保っていくことに限界が来ているのかもしれません。
また制作会社のなかには、報酬の振込手数料を自営業扱いのアニメーター側に負担するよう求める会社も存在するといい、アニメーターの金銭的な困窮に拍車を掛けているという話も聞かれました。引き続きねとらぼではアニメ業界に関する取材を続けていきます。
(Kikka)
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現在はベテランアニメーターとしてご活躍中。