「アニメ業界の人材不足が進んでいることは報じられるが、自動車整備業界の人材枯渇についてはあまり知られていない」というツイートが衝撃を与えています。これまであまり語られてこなかった自動車整備士の労働実態や、「メーカー直営整備士専門学校の県志願者0人」「人材枯渇」といった業界の実情を取材しました。
ツイートによると、メーカー直営の整備士養成専門学校への入学者が減少したことにより、3年後には新卒の整備士を採用できない県が出てくるとのこと。ねとらぼ編集部はこのツイートを投稿したAさんに接触、詳しいお話を聞きました。
現役整備士に聞く自動車整備業界クライシス
Aさんはメーカー直営の整備士養成専門学校を卒業後、地元のディーラーで勤務している現役整備士。Aさんが働くディーラーでは毎年、メーカー直営の整備士専門学校から新卒生を採用していましたが、「3年後には採用できる新卒整備士が0人になるのでは」という話が持ち上がっているといいます。
――なぜ3年後の新卒採用が0人になるのでしょうか
Aさん:メーカー直営の整備士養成専門学校を卒業した整備士は出身県のディーラーなどで整備士として働く、というのが一般的です。私が勤めるディーラーでもメーカー直営校の卒業生を毎年採用しているのですが、今年は私の出身県の入学者がいないということが分かりました。つまり今年の入学生が卒業する3年後、この学校からは原則的に新規採用者がとれないということになってしまいました。
――なぜそんなことが起こってしまっているのでしょう
Aさん:インターネットの発達で整備士の仕事内容や待遇が垣間見えるようになったからでしょうか。専門学校入学前の工業高校の段階でIT系へ走る人材の増加したことも関係していると思います。あとは各高校に対する企業推薦枠の影響力が弱まってきたのかもしれません。
――企業推薦枠の影響とは
Aさん:整備士養成専門学校にも、いわゆる企業推薦枠があります。ディーラー側が高校などに対して大きな影響力を持つ「企業推薦枠(ディーラー推薦枠)」を用意するのです。この方法で10年ほど前までは全国の工業高校生を中心にそこそこ安定して人材を集められていたのですが、今年はこのディーラー推薦がありながら、私の出身県の高校卒業生がメーカー直営専門学校に1人も入学しなかったということで、非常に驚きました。
――そもそもなぜ整備士を目指す人が減ってしまったのでしょうか
Aさん:整備士の仕事が低給・長時間労働・肉体労働の3kで、店舗によっては奴隷のほうがマシな生活であることが周知されてきた影響かもしれません。また最近は車もコンピュータで動いているものが多いので、システムに理解がないとそもそも整備などできません。こうしたことから機械だけでなく電子に関する知識技術が必要になったことも一因ではあるだろうと思います。
――車好きだけで整備士になるのは難しいということですね
Aさん:車好きの不良が整備士になる、という昔ながらのイメージは10年以上前に終わっていて、体力だけの人につとまる仕事ではとっくの昔になくなっています。よくパーツ交換しかできない人を「チェンジニア」と無能扱いするのですが、それですら実はそれなりの経験がないとできませんし、そもそも人がいなさすぎて、交換作業でさえする人員に事欠く状態なので、あまり笑えた話ではありません。
自動車業界関係者に聞く、整備士の実態
関西で自動車関係の会社を経営するBさんも、整備士の厳しい現状については数年前から危機感を抱いていたと話します。
――整備士が足りないという感覚はありますか
Bさん:足りないですね。整備が必要な車はどんどん来ますが、それを整備する人間(整備士)が圧倒的に足りていません。どうやって整備士を育成・確保するか、という話自体は数年前から世界的に話題になっていました。
――なぜ人材が足りなくなっているのですか
Bさん:最近は車に興味のない人が増えていて、「整備士なんかしたくない」という若者が多いんですよね。大手ですら助成金を出して海外から人材を確保している状況と聞いています。専門学校に人材が集まらないという話も以前から聞いていましたが、ついにここまで来てしまったか、という感じです。
――整備士の仕事内容についてはどんな印象ですか
Bさん:通常の勤務時間内に仕事が終わらず、夜中まで作業することもざらですね。知人の整備士からは「辞めたい」「きつい」という話もよく出てきます。なかにはうつ病になってしまった、亡くなってしまった、という人もいるのですが、このあたりはなぜかあまり報道されないなと思います。
――待遇面はどうなんでしょうか
Bさん:知人に大手メーカー直営ディーラーに勤める30代後半の整備士がいるのですが、基本給15万円に残業代がついて25〜26万円が平均月収です。しかも実質の残業は80時間程度なのに、MAXで40時間分までしか認めてもらえないと言っていました。責任者クラスですらこの待遇なので、厳しいと言わざるを得ないですね。
――それでも続けられるのは、やっぱり車が好きだからですか
Bさん:もちろんそれはあるでしょうけれども、整備しかやってこなかった人間が転職をするというのは容易ではありませんし、年も年なので辞められないというのが実情ではないでしょうか。
――今後自動車整備業界はどうなっていくのでしょうか
Bさん:もちろん整備士を目指す人材を育成しなくてはいけないと思いますが、実は今注目されている電気自動車が普及することにより、将来的には整備士が要らなくなるのではないかという話もあるんですよ。
――整備士が要らないというのは
Bさん:本社のコンピュータを使い、車体を遠隔でチェックして、不具合があった場合には遠隔で修理してしまおうというものです。
――でもタイヤがパンクしたりという物理的な故障はつきものですよね
Bさん:もちろんそれはあります。ただ、今はパンクしにくいタイヤ、すり減りにくいタイヤなどがたくさん登場してきています。そう遠くない未来にパーツ交換不要の車が出てきてもおかしくないと考えている人は少なくないと思います。
自動車整備士養成専門学校への入学志願者数は2003年の1万1000人をピークに緩やかに減少しており、現在では6000人ほどに落ち込んでいます。
志願者の減少については、出生率の低下による少子化や、大学の進学率が高まったこと(2003年の36%対して2017年では49%)などが関連しているとみられています。これにより自動車整備士養成専門学校以外の専門学校への入学者も減少していますが、車に対する熱意を持った人材の減少が一因になっているのでは、との見方もあります。
日本自動車整備振興会連合会が昨年発表した自動車整備要員の平均年齢は44.3歳。今後は整備人員の確保や、高齢化なども自動車整備業界の課題となりそうです。
(Kikka)
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