老婆は人生の最期に何を見る? 砂漠化した寒村で老後のスローライフを送るゲーム「The Stillness of the Wind」週末珍ゲー紀行

人生とは喪失の物語。

» 2019年02月20日 20時00分 公開
[Ritsuko Kawaiねとらぼ]

 カナダ育ちの脳筋女子ゲーマー、Ritsuko Kawai@alice2501)さんによる「週末珍ゲー紀行」。今回は2月7日に発売されたThe Stillness of the Wind(PC、Nintendo Switch、iOS)を紹介します。

 同作のテーマは「誰かの最期の時間を体験する」こと。プレイヤーは何もない寒村で1人暮らす老婆となり、ヤギの乳をしぼったり、畑を耕したりしながら日々を送っていきますが……。


ライター:Ritsuko Kawai

週末珍ゲー紀行

カナダ育ちの脳筋女子ゲーマー。塾講師、ホステス、ニュースサイト編集者を経て、現在はフリーライター。下ネタと社会問題に光を当てるのが仕事です。洋ゲーならジャンルを問わず何でもプレイしますが、ヒゲとマッチョが出てくる作品にくびったけ。Steamでカワイイ絵文字を集めるのにハマっています。趣味は葉巻とウォッカと映画鑑賞。ネコ好き。



「喪失と死」という人類平等のテーマ

 世の中にあふれる“変なゲーム(珍ゲー)”を紹介する「週末珍ゲー紀行」。第20回は、寒村で独り晩年の時を過ごす老婆の日常を描いたアドベンチャーゲーム「The Stillness of the Wind」を紹介します。牧歌的なコンセプトとは裏腹に、その実はスローライフにちりばめられた老婆の記憶をたどりながら、喪失と死という人類平等のテーマと向き合う文学的な作品です。


週末珍ゲー紀行

 タルマおばあちゃんの故郷には、かつては多くの人々が暮らしていました。しかし、家族や友人は一人、また一人と都市部へ移住していきました。時は流れ、風化していく過去の記憶と、砂に埋れる先祖の足跡。一人ぼっちになったタルマおばあちゃんは、みんなの郷愁を守り続ける最後の証人です。全ての生者に忘れ去られた時、故郷は永遠に失われてしまうのだから。そんなタルマおばあちゃんの物語にもいずれ終わりは訪れます。

advertisement

 スローライフと言えども、おばあちゃんの1日はあっという間に過ぎていきます。ニワトリの鳴き声と共に陽が昇ってから、夜の帳が下りて床に就くまでの日常は、ニワトリ小屋から卵を集めたり、ヤギの乳を絞ってチーズを作ったり、畑を耕して野菜や花の種を蒔いたり、野生のキノコを集めたりと、自給自足という小さなサバイバルの連続です。しかし、チーズを作るには時間も体力も必要で、畑の作物に給水するには家から離れた井戸までの道のりを往復しなければいけません。気が付けばたそがれ時。全てはとてもこなせません。


週末珍ゲー紀行

週末珍ゲー紀行

 タルマおばあちゃんの元には、定期的に古いなじみの行商人が訪れてきます。普段、ヤギとニワトリと砂に囲まれながら生活する彼女が、他者と過去を共有する唯一のひとときです。行商人は、ヤギの餌となる干し草や作物の種のほか、繁殖用の雄ヤギ、家畜を狼から守るために必要なショットガンの弾、都市部の情報が記された書物、ベンチや花瓶といった調度品など、自給自足生活では手に入らないアイテムを運んできてくれます。それらをタルマおばあちゃんの手作りチーズや、色とりどりのキノコ、新鮮なニワトリの卵といった収穫物と物々交換することで、明日を生きる糧が充実していきます。

 その一方、昔話に花を咲かせ、都市部の家族や友人たちの近況を聞き、彼らからの手紙を受け取る日々のコミュニケーションの中で、プレイヤーはある感情にふと気が付くでしょう。かつて同じ時を過ごした人々が、故郷やタルマおばあちゃんを過去として観測することで投影される、自分自身の喪失感です。自己とは他者の主観の投影にすぎず、脳が死の現実から自らを欺くために作り上げるもの。タルマおばあちゃんが見るもの全ては、失われた過去の記憶なのです。彼女の世界観は喪失の集合体で構成されています。


週末珍ゲー紀行

週末珍ゲー紀行

死は人生の終末ではなく、生涯の完成である

 かつて16世紀の神聖ローマ帝国に生きた神学者マルティン・ルターは、「死は人生の終末ではなく、生涯の完成である」という言葉を残しました。残された毎日をどう過ごすかは完全にプレイヤーの自由ですが、エピローグから始まるタルマおばあちゃんの物語に最後のピースをはめ込むのも、プレイヤーの役目です。そうしてようやく、彼女の生涯は完成するのです。人生とは喪失の物語。それは語り部である自己がいなくなった後も、他者の記憶の中で永遠に生き続けることでしょう。



 「The Stillness of the Wind」は、Steamおよびitch.ioでPC向けにリリースされているほか、Nintendo Switch版やiOS版も配信されています。また、オリジナルのコンセプトはitch.ioで好評価を受けた無料ゲーム「Where the Goats Are」なので、手始めにそちらを体験してみてもいいでしょう。タルマおばあちゃんのスローライフが何日続くのか、時折夢に見る精神世界の意味、そして終着点に何が待っているのか。それは自分の目で確かめてください。


Ritsuko Kawai


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2503/09/news010.jpg ダイソーのセルフレジが「身に覚えのない商品」を認識→“まさかの正体”に大仰天 「そんなことあるんですね」
  2. /nl/articles/2412/25/news037.jpg フォークに毛糸を巻き付けていくと…… とってもかわいいアイテムの作り方が330万再生「シンプルで美しい」【海外】
  3. /nl/articles/2503/08/news043.jpg グッズを高額転売された人気VTuber→「強すぎる」まさかの対処法が「天才か?」「めっちゃいい案」と560万表示
  4. /nl/articles/2503/09/news030.jpg 小6息子「トマトと玉ねぎ使っていい?」とLINE→OKしたママが帰宅すると…… 「キャーッ」“まさかの光景”に「天才か!!」
  5. /nl/articles/2503/08/news093.jpg 「スト6」の公式世界大会で福島県のチームに所属する「翔」が優勝 賞金100万ドル獲得
  6. /nl/articles/2503/09/news003.jpg 「恩師ビックリするやろなぁ」 中学3年で付き合い始めた“同級生カップル”が10年後…… まさかの現在に反響
  7. /nl/articles/2503/07/news029.jpg アフリカなのに「日本にしか見えない景色」が200万表示 脳が混乱する“あの建築物”に「上野駅かと」「横須賀に似てる」
  8. /nl/articles/2503/07/news174.jpg 「ウソやろ」 松屋の“530円丼”、衝撃的なビジュアルにネット騒然 「コレで良いんだよ丼」「開き直り感がすごい」
  9. /nl/articles/2503/08/news027.jpg 捨てるなんてもったいない! 使い切った“梱包テープの芯”のまさかの大変身にびっくり「とてもステキ」【海外】
  10. /nl/articles/2503/04/news027.jpg 壊れて捨てるしかないバケツをリメイクしたら…… 想像もつかない大変身が830万再生「想像力がすごい」【海外】
先週の総合アクセスTOP10
  1. 【べらぼう】“問題のシーン”、「子供に見せられない」 身体張った27歳俳優へ「演技やばくない?」
  2. 40代女性、デートに行くため“本気でメイク”したら…… 別人級の仕上がりに「すごいな」「めっちゃ乙女感出てる」
  3. 30年以上前の製品がかっこいい ソニーの小型ラジオのデザインが「すごい好き」「いまでも通用しそう」
  4. 幼くてかわいらしい兄妹が4年後…… 同じポーズで撮影した“現在の姿”に「これはあかん」「よすぎて声出ました」
  5. 「早く買えば良かった」 無印の1490円“本格せいろ”が690万表示の反響 「ほぼ毎日使ってる」「まっっじでいい」と感動の声
  6. ごはん炊き忘れた父「いいこと閃いた!」→完成した弁当に爆笑「アンタすげぇよ!」 息子「意味ねぇことすんなよ」
  7. 使わなくなった折りたたみ傘→切って縫うだけで…… 驚きのアイテムに変身「こうすればよかったのか!」「見事」【海外】
  8. 高3女子「進学を機にイメチェンしたい」→美容師に依頼すると…… 仕上がりが「すげえええ」「鳥肌立ちました」と1000万再生
  9. とんでもない量の糸をくれた先輩→ママがお返しに作ったのは…… 完成した“かわいいアイテム”に「絶対喜ばれるやつ!」
  10. 「洗濯機が壊れた!」→修理を頼む前によくよく調べてみると…… 「えぇ~」“まさかの原因”が200万表示「何度もやりました」
先月の総合アクセスTOP10
  1. 最初に軽く結ぶだけで…… 2000万再生された“マフラーの巻き方”に反響「これは使える」「素晴らしいアイデア」【海外】
  2. コメダ珈琲店で朝、ミックスサンドとコーヒーを頼んだら…… “とんでもない事態”に爆笑「恐るべし」「コントみたい」
  3. パパに抱っこされる娘、13年後の成人式に同じ場所とポーズで再現したら…… 「お父さん若返った?笑」「時止まってる」2人の姿に驚き
  4. 和菓子屋で、バイトの子に難題“はさみ菊”を切らせてみたら……「将来有望」と大反響 その後どうなった?現在を聞いた
  5. 古いバスタオルをザクザク切って縫い付けると…… 目からウロコの再利用に「すてきなアイデア」【海外】
  6. 「14歳でレコ大受賞」 人気アイドルがセクシー女優に転身した理由明かす 家族、メンバー、ファンの“意外な反応”
  7. 希少性ガンで闘病中だったアイドル、死去 「言葉も発せないほどの痛み」母親が闘病生活を明かす
  8. “きれいな少年”が大人になったら→「なんでそうなったw」姿に驚がく 「イケメンの無駄遣い」「どっちも好きです!笑」
  9. ドブで捕獲したザリガニを“清らかな天然水”で2週間育てたら…… 「こりゃすごい」興味深い結末が195万再生「初めて見た」
  10. 芸能界引退した「ショムニ」主演の江角マキコ、58歳の近影にネット衝撃「エグすぎた」 突然顔出しした娘とのやりとりも話題に