かつてない長さの連休ですねと、あちこちでにぎやかな声が聞こえます。さまざまな催しもあり、皆さまお出かけになる機会も多いでしょうか。でも気持ちがわくわくしすぎたせいか、出かけた先で落としものや忘れものをして、少ししょんぼりした経験も……。でも、あなたの落としものが、実は誰かの気持ちを盛り上げているかもしれませんよ。
今回紹介する同人誌
『さよなら、築地の片手袋たち』A5 24ページ 表紙・本文カラー
作者:石井公二
片手袋研究家さんが着目したのは……築地!
今回の同人誌の作者さんは「片手袋研究家」さんです。道端の誰がいつ落としたとも知れない片方だけの手袋、それに魅かれて撮った写真は4000枚以上ですって! 確かに手袋が片方だけ落ちている、その光景だけでノスタルジックな物語を感じさせますが、それにしてもすごいです。手袋の落しものなんてそうそう出会えるものではなさそうですが、20年近く築地に通いつづけられた作者さんによると、かつての築地市場は常に片手袋と出会える「片手袋の聖地」だったのだとか。
早春に急に寒くなることもありますが、手袋の落しものなんて冬までじゃないかしら? という私の思い込みを覆す片手袋写真がこちらのご本にはたくさん掲載されています。軍手やゴム手袋、色や厚みも違う片手袋たちがずらり。その多様な種類に戸惑いますが、使用目的や落ちていた場所によって分類できる図が、研究家である作者さんによって作成されています。分類するほど片手袋に出会うというすご味が冒頭から発生です。
こんなにも多様な片手袋が発生する聖地、築地に、作者さんは“「片手袋ってこんなもんだろう」という思い込みを覆してくれる”と思いを寄せます。
魚河岸で働くプロと観光の見学者たちと……混ざり合う空気を片手袋が教えてくれる
かつての築地市場はあくまで仕事の場であり、一般の人は足を踏み入れることが難しい場所でした。それがやがて観光目的でも人を集める場所となり、訪れる層が変わっていきます。そんな築地の変化を片手袋からも感じることができるのです。
まずは手袋の用途に注目。街を歩いて出会う片手袋は、もっぱら防寒やファッションを目的としたものであるのに対して、築地では作業用の手袋の落しものが目立ちます。それは築地の近くの街、銀座と比較したときにも明らかとのこと。けれど作者さんはある日、築地市場で発見します。子ども用の手袋を! 「こんなところでこんな片手袋と出会う時代になったんだな」と感慨深かったそうですが、読み手としては「ははあ、そこに驚くんですか」と、見過ごしてしまいそうなところに着目する楽しさを教えてもらった点の方に感嘆します。
ご本は全ページカラーで豊富な写真が掲載されるとともに、手袋と出会った状況や作者さんが築地市場に寄せる思いがエッセイのようにやわらかく語られます。文章には片手袋に端を発しながら、築地市場で働く人のちょっとした愉快なエピソードや、豊洲への移転で取り沙汰された築地市場への外部からの評価に心を痛めたことも織り込まれながら、その筆致はあくまで穏やかで、さながら道端に落ちた片手袋に寄り添うがごときやさしさです。
変わりゆく、それを記録すること
片手袋がこんなにたくさんの情報を秘めているなんて、とご本を読んで深々と息をつきました。個別の事情を大きさや素材から読みとり、さらに膨大な数を取りまとめて整理していくことで、大きな流れをそこに見いだします。日常のほんの少しのアクシデントの痕跡が街の様子とリンクした記録になっている面白さ、それは片手袋の落しものというどこか日陰的な雰囲気と相まってひそやかな楽しみを感じさせます。さらに他者と接触する象徴的な人間の器官「手」にまつわるものが、人々の営みの場である街が変わっていくさまをも表している、その興味深さと郷愁がこのご本には書き残されています。
大きく変わるものがあっても、それまでの日々が記録されて残っていくように。もしかしたら、新しい時代のはじまりですけど、意外といつもと一緒のなんてことのない日になるのかもしれません。今日のこの日も、なんてことのない小さな出来事が記憶に残り、記録に残って、後世の誰かに伝わるのかもしれません。
サークル情報
Webサイト:http://katatebukuro.com/
入手できる場所:「マニアックス マニファクチャリング」(通販)、「マニアコンビニ」(実店舗、東京都中央区日本橋堀留町1-7-11)、2019年5月7日まで東急ハンズ新宿店で開催中の「マニアフェスタ×東急ハンズ」でも販売中
今週の余談
元号がこんな風に変わるなんて思ってもみませんでしたが、新しい出来事をわくわくしながら迎えられる喜びっていいですね。それと同時に、和暦でも西暦でも問わないので、同人誌にも奥付を書いてください―! と切に思うのです。たどるのに重要な手掛かりとなるので、奥付に発行日を書く際はぜひ年月日をご記載いただくと、未来の誰かが感涙します!
みさき紹介文
図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
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