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漫画を描いていない時も漫画家は漫画家クリエイターズ・サバイバル アーティストの戦略教科書 第1回 浅田弘幸(2/2 ページ)

『I’ll〜アイル〜』『テガミバチ』などの浅田弘幸さんにインタビュー。

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初めての持ち込みは失敗だった?

 ――話を漫画に戻すが、浅田さんは前言の通り小学生時代からコマを割った漫画の習作はいくつも描いていたのだが、ペン入れをして最後まで完成させた原稿は一つもなかったという。

 17か18のころだったと思いますけど、月々2万5000円のバイクのローンを払うのがキツいほどそのときのバイトが薄給で。いっそバイト辞めて、本気で漫画描いて賞金をあてにしようかと(笑)。って切実なこともあったんだけど、本気でプロを目指してみたいと真剣に思い始めていた時期でもありました。

 初めて最後までちゃんと描いたストーリー漫画をある週刊少年漫画誌の編集部に持ち込みました。このインタビューの趣旨である“戦略”というのとはちょっと違うと思うけど、これで絶対にデビューする! と思いながら自分なりにアイデアを練って、必死で描いた作品です。

 見てくれた編集者の反応はいまいちでしたね。トーン貼り過ぎとか、枠線をきちんと引けとか、小手先のことばかりで……。僕が教えてほしかったのはそういうことじゃなくて、キャラ立てとか物語作りとか、もっと根源的な漫画の話だったんですよね。

 一応さらりと「また持ってきて」とは言われましたが、せっかく描いた1本なので、もっと誰かに読んでもらいたかったし、バイクのローンも後がない状態だったので(笑)、新人賞の締切が一番近かった『月刊少年ジャンプ』にその作品ともう1本短いギャグを描いて投稿したんです。

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△インタビュー時に記入いただいた浅田弘幸氏の人生曲線。少年時代から現在まで振り返ってもらった

 ――「その作品」とは『幽界へ…』という浅田さんのデビュー作だ。同作は『月刊少年ジャンプ漫画大賞』で準入選となり、増刊号に掲載された。“戦略”という意味では、無意識のうちに浅田さんはここで「良い選択」をしているのがわかる。

 というのは、はじめての持ち込みでは上記のように相手の編集者を選べない(さらに言えば、浅田さんのときと同じように自分とは合わない編集者と出会う場合もある)が、新人賞への投稿の場合は、複数の編集者が下読みの段階から目を通すというメリットがあるのだ。

 いま便宜上「メリット」と書いたが、むろんそのどちらが良いかは一概には言えない。しかし、担当編集者がついていない新人の作品が審査に残る可能性が高いのは、どちらかといえば複数の人間が目を通すシステムである後者だと言えはしないだろうか。

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△浅田弘幸氏の作品『幽界へ…』

 その『幽界へ…』は『月ジャン』の当時の主任にすごく気に入ってもらって、すぐ連絡をいただきました。

 編集者は漫画家にとって“1番目の読者”ですから、その存在はやはり大きいと思います。最終的な決断をするのはもちろん自分だけど、編集さんのネーム初見の素の反応は、特に重要だと考えていましたね。見てないふりして、血管の動きも見逃さないくらいめっちゃ観察してました。

 新人にとって担当編集者は仲間、戦友であると同時に“越えないといけない山”なのは間違いないです。

 僕がデビューしたころの漫画編集者は漫画をやりたくて集英社に入ったって人はあまりいなかったんですよ。派手目な人は『プレイボーイ』で、文学好きは『すばる』。だいたいそのどちらかを志望してた。

 「なんで俺、漫画なんだろう?」って編集さんに言われたことさえあります(笑)。でも、そういう人に面白いと思わせなければ、漫画家としてやっていけないと思っていました。

 それでも、半端な編集者はいなかったと思います。つまらなかったらネームを破る人、面白かったら混んでる喫茶店でもげらげら笑ったり、感動すればその場で泣いてくれる編集さんばかりでしたから。

 今はもう本気で漫画家と編集者がぶつかりあうような時代じゃないのかもしれないけど、僕にとって編集者のいない漫画創作は悪い意味で芸術的というか、自己満足の世界のように感じてしまいます。特に新人にとっては。

 ――初めて自分の漫画が載った雑誌を見たとき、どう感じたのだろうか。

 「めちゃくちゃうれしかったですよ。というか、自分の漫画が雑誌に載ると今でもかなりうれしい(笑)。このあいだ久々に『ジャンプスクエア』にピンナップを載せてもらったんですけど、本誌もらって、やったぜって(笑)。

 この感覚はいくつになっても変わりません。出版社はいらないとか雑誌はいらないという風潮もありますけど、僕らの世代には“漫画雑誌への憧れ”みたいなのがやっぱりありますよね。

 今ではSNSにアップして反応をもらう感覚なのかな。その拡散スピードや、あっという間に消費されてしまうことも驚くんだけれど、でも媒体は変わっても残るファンはちゃんと残ってくれると思っているし、それに古いファンがSNSによって作品を思い出してまた反応してくれたりというのは単純にうれしく思ってます。

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△浅田弘幸氏の作業机

小谷憲一さんのアシスタントを経て初の連載へ

 ――『幽界へ…』でデビュー後、浅田さんは小谷憲一さんのもとでアシスタントをすることになった。初めて見る“プロの現場”だ。

 小谷先生のアシスタントは2年半くらいやらせていただきました。パッと見、影響はあまりないように思われるんですが、アシの後半はキャラの体のペン入れまでさせていただいてたので、知らず知らずのうちに影響されているのは間違いないです。

 “先生の教え”は、とにかく描くことに耐えること(笑)。今では考えられないかもしれないけど、忙しいときは2日間ぶっ続けで原稿を仕上げて、1時間仮眠して、また2日間寝ずに仕事、その繰り返し。さすがに2年半もそういうむちゃのある生活を続けてたら、このままじゃヤバいと思うようになって。

 先生の漫画を手伝いながら、自分が目指したい表現というのが生まれてきたというのも大きいです。アシスタントをやりながら読切を2〜3本雑誌に載せてはもらえてたけど、やはり独り立ちして、自分の作品だけに集中したい気持ちが年々強くなりました。

 ――そして初の連載作『BADだねヨシオくん!』が始まる。この作品は当初、担当編集者から振られたある企画がもとになっているという。

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△浅田弘幸氏の作品『BADだねヨシオくん!』

 小谷先生の所にいたころから、ずっと連載用のネームは担当さんに出してたんですけど、ある時期から何を描いても通らなくなって。で、そんなあるとき、担当さんから、「こんな企画があるんだけどやってみるか?」って言われたのが『ヨシオ』のもとになる企画だったんですよ。

 当初の企画はオモチャ企画と連動したもので、どちらかといえばシリアスな感じの内容でした。某オモチャ会社が作るというバイクのオモチャを出した『チキチキマシン猛レース』みたいな漫画をという話で。

 自分には向いてないと最初はあまり乗り気じゃなかった。ダメモトで設定を逸脱したヤケっぱちなネームを切ったら、意外に担当さんも編集部も面白がってくれて。でも、できたネームは完全ギャグもので、企画書にあったシリアス路線では全くない(笑)。

 でも編集部が「もうオリジナルでいいんじゃないか」って言ってくれて、オモチャ企画からは離れたかたちで連載がスタートすることになったんです。

 初の連載はかなり大変でした。最初のころは担当に、「新人のくせにアシスタント雇うなんて10年早い!」といわれて一人で描いていました。最終的には打ち切りなんだけど、それほどショックではなかった。むしろ3回くらいで終わると思ってたら1年半も続けさせてくれたし、単行本のセールスも良かったので。最初の連載としては十分な手応えでした。

 ――『ヨシオ』の次に、浅田さんは『眠兎』『蓮華』と趣味性の高い独自の世界観を描き始める。また、後に人気を博すシャープで白黒のコントラストが強い絵柄もこのころに確立したと言っていいだろう。

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△浅田弘幸氏の作品『眠兎』

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△浅田弘幸氏の作品『蓮華』

 全体的にはっちゃけてた『ヨシオ』の反動もあったと思うんですけど、とにかくシリアスな漫画を描きたくて。『眠兎』は、当時の編集長が「俺にはわからない。だからこそ逆に何かあるかもしれない。やってみよう」と言ってくれたんです。担当さんも作品性を理解してくれて、すごく良いサポートをしていただきました。

 残念ながら雑誌のアンケートは低かったみたいですね。今思えば、当時の『かっとび一斗』が看板の『月ジャン』ですから当たり前かなって(笑)。でもこの作品も単行本はしっかり売れたんです。今は雑誌での人気は低くても単行本で結果を出す作品はアリだと思われてるけど、当時の『月ジャン』はアンケート至上主義でしたから、雑誌連載は普通に終了しました。

 アンケートの順位が低いことについて劣等感みたいなものもなくはなかったけど、何しろまだ20代前半でしたから。絶対に面白い漫画を描いているという根拠なき自信はあったんです。なんでみんなわからないんだろうって(笑)。

 この“根拠のない自信”がないと漫画家みたいな仕事は長く続けられないと思う。自分が良いと思うものを描いていれば、絶対にいつか読者はわかってくれると信じていました。

 ――以上で前編をお届けした。次回の後編では『I’ll〜アイル〜』〜『テガミバチ』連載時代に焦点を当てていく。

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(聞き手・取材:島田一志/編集:いちあっぷ編集部)


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