愛とは自己肯定と欲求不満の核融合である。
美しい絶望、或いは醜い希望の最上のカタチである。
愛は原子レベルで存在する。肉体が存在するように。
絶望は遺伝子レベルで実在する。記憶が実在するように。
希望は最終兵器レベルで顕在する。愛情が自我の砦になるように。
(((さみしい)))
と鍵括弧付きの少女が言う。
私の頭蓋の中にだけ生息する、微細な電子の物体だ。
ぶった切ってもぶっ切っても切り分けられない、
思考の最小単位未満の存在だ。
(これを私は“感情”と呼ぶことにしている)。
絶望するのはなぜか。
それは求めるものが到底手に入らないことを知るからである。
希望するのはなぜか。
それは求めるものがともすれば手に入ることを知るからである。
「恋愛には1パーセントの可能性があれば十分である」
かつてスタンダールはそう言った。
期待と希望は同一である。希望と絶望は地と図の関係にある。
結論。期待と絶望は表裏一体である。
つまり恋愛には絶望を必要とする。
それが美しければ美しいほど、私たちは、反対に自分を意識する。自分を見る。醜くボロボロに汚れきった自分を見て、残酷な現実を直視する。
そうして理想と現実の差は激しくなる。
同様に恋愛には希望を必要とする。
それが醜ければ醜いほど、私たちは相手を意識する。相手を見て、その透きとおるような白い肌と無垢な瞳を前に、残酷な世界に唾を吐く。
そうして理想と現実の裂け目は大きくなる。
『愛とは自己肯定と欲求不満の核融合である』
愛。自己肯定。欲求不満。
連続する3つの変数に、私はそれぞれ右のような呼称をつけた。
愛の方程式は、数学的に記述できる。
だが私は、可能な限り、それを言葉で表現したい。
それぞれの感情は、生命の灯火にきらめく一瞬の元素の集合だ。
「恋愛には1パーセントの可能性があれば十分である」
スタンダールは半分正しく、半分だけ間違っている。
恋愛には可能性を必要とするが、
愛は可能性の余白を必要としない。
愛を原子レベルで考えよう。
(もちろんあらゆる恋愛論がそうであるように、それはメタファーの域を出ない。だが物理法則は時に有益な示唆をわれわれに与えてくれる)
原子。
世界の構成要素。
古代より単一不可分とされた微細な物質。
だがその実態は、原子核を中心とする電磁相互作用が生みだす束縛状態である
束縛状態。
素晴らしい響きだ。
われわれは電子による束縛状態に絡め取られている。
われわれの肉体は電子による束縛状態に絡め取られている。
われわれの頭蓋は電子による束縛状態に絡め取られている。
われわれの精神は電子による束縛状態に絡め取られている。
われわれの心は電子による支配下にある。
われわれの愛も電子による支配下にある。
自己肯定とは何か。
それは自分で自分を肯定したいという葛藤である。
或いは自分を自分で肯定したいという感情である。
さらには他人から承認されたいという感傷である。
欲求不満とは何か。
それは欲望を抑制できない不安定な状態である。
或いは欲望が枯渇した末に至る渇望状態である。
そうして片思いの相手から承認されたいという、
痛切でフィジカルな感傷である。
それが愛の根底にあるものだ。
ところで核融合とは何だろうか。
それは原子同士が超高速で衝突することによって生じる、
爆発的なエネルギー反応である。
ところで恋愛の最小単位とは何だろうか。
自己肯定と欲求不満。それらによって生み出される核融合。
それが愛だ。
それこそが愛だ。
愛だ、と傲慢にも仮定する。
仮説の検証には以下の手順で行う。
実験はあなたの抱いている相反する二つの感情、
自己肯定と欲求不満のぶつかりあいから始める。
超高速で衝突する二つの心の原子は互いの身を滅ぼすだろう。
すべてを灰燼に帰すほどの爆発的なエネルギー反応のただなかで、
あなたは本当の「光」を目にするだろう。
酸素。炭素。窒素。水素。リン。イオウ。
あなたの肉体を構成する元素は一瞬のうちに解体され、
星屑の彼方に葬り去られる。
あなたはいつか必ず死ぬ。すぐに死ぬ。消えてなくなる。
それでもあなたは、最後に消えることのない光をみる。
あなたの愛する人はいつか死ぬ。すぐに死ぬ。消えてなくなる。
それでも大切な記憶は、決して滅ぼされることのない光になる。
「愛してる」
「ありがとう」
「あたたかいね」
だからその言葉を、一刻も早く大切な人に伝えてほしい。
人間は無機物から生まれ、無機物に戻る。
何十億年もの長い年月をかけて、鉱石として強く美しく光り輝く。
『愛とは自己肯定と欲求不満の核融合である』
美しい絶望、或いは醜い希望の最上のカタチである。
その逆説が宝石のように結晶化することを、あなたの魂は知っている。
Photo
Special Thanks
人類の駒P
撮影場所
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