香川県議会は6月2日、香川県弁護士会が「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」の廃止や一部条項の即時削除を求めていた件に対し、廃止や削除をする「理由がない」とする声明文をPDFで公開しました(記事末尾に全文を掲載しています)。
弁護士会は、条例の18条2項について、子どもや保護者の自己決定権を侵害するおそれがあり憲法違反となる可能性があるほか、子どもの権利について定めた「子どもの権利条約」の趣旨にも反しているとして即時削除を求めていましたが、県側は「当該批判には理由がない」として全面的に反論。
この他、WHOが2018年に定義した「ゲーム障害」と県側が定めた「ネット・ゲーム依存症」の定義に齟齬があるとの批判や、インターネットやゲームの有用性を十分に考慮していないとの批判にも個別反論しています。
同条例を巡っては、条文の内容以外にも不透明で強引な制定プロセスが批判を集めていました。
香川県議会の西川昭吾新議長は5月22日、弁護士会からの声明を受けて問題点の検証に前向きな姿勢を見せていましたが、6月1日に一転、検証を行わない考えを示していました。
香川議会西川議長の声明文全文
香川県ネット・ゲーム依存症対策条例に対する香川県弁護士会長声明に対する見解
第1 見解の趣旨
本声明にある本条例の廃止および本条例18条2項の削除については、理由がない。
第2 見解の理由
1 本条例の立法事実について
本条例の制定は、世界保健機関(WHO)が公表したICD-11において定義される「ゲーム障害」に定義される通り、持続的・反復的なゲーム行動が人の精神・行動に様々な障害をもたらすことが世界的な問題となっていることを背景としている。
そして、発達の途中段階にあって可塑性に富み、人格形成に悪影響を受けやすい未成年者については、その心身の健全な育成を図るため、社会全体でゲーム障害の防止に取り組む必要性が特に高いことから本条例の制定に至ったものである。
実際に、子供たちの所属する各教育現場においては、いずれの地域においても「家庭において長時間にわたるゲームはなるべく控えるよう」指導されているのが現実である。(別紙1参照)
これはまさに教育の現場において、臨床的に未成年者のゲーム依存が学力・体力・精神に悪影響を及ぼすあるいはその蓋然性が高いことが認知されており(別紙2参照)、本来は学校外のことであるにもかかわらず、その指導を行うことが社会的なコンセンサスを得ているためである。
この点、本条例の背景も同様であり、本条例の制定の必要性(立法事実)が存在することは明らかである。
また、本声明においては「WHOの定義によればゲーム行動とはインターネットの接続の有無を問わないゲーム行動であり、インターネットは対象ではなく本条例の外延が明らかでない」などと主張するが、本条例で家庭でのルール作り等の対象とする「ネット・ゲーム」とは、インターネットの接続の有無を問わず、「ゲーム障害につながるようなコンピューターゲーム」と明記されており、未成年者が学習等で用いるインターネットの利用などに対して網羅的に時間的制限を課す類のものではない。
2 インターネット等の有用性について。
本条例は未成年者におけるインターネットおよびコンピューターゲーム全般に対する有用性を否定するものではない。
本条例の制定趣旨は、あくまで依存につながる恐れのある長時間にわたる「ネット・ゲーム行為の防止」であって、学習におけるデジタル機器の使用、デジタル機器に対する子供たちの知的好奇心や創造性を何ら否定するものではなく、また規制の対象ともしていない。なお、確かにコンピューターゲームについても子供たちのデジタル機器全般に対する知的好奇心の端緒となる可能性は否定できず、本条例もこれを否定するものではない。
しかしながら、子供たちがこれらのゲームを長時間行い、過度に依存することは、知的好奇心とは逆の方向にはたらき、彼らの創造性・知的好奇心を失わせる可能性があることは種々の研究においても指摘されているものであり、本条例の制定の目的はまさにその点にある。
3 自己決定権の侵害について
本声明は、本条例が「子供が保護者の下で余暇・レクリエーションの時間をどのように過ごすか、保護者がどのような教育方針に基づいて子供に教育を行うかという自己決定権を侵害するおそれがある」とするが、当該批判には理由がない。
まず、本条例は、子供に対し直接の義務を課すものではなく、また何らかの行為を禁止するものではないから、そもそも子供の自己決定権を何ら侵害しない。なお、保護者が子供にゲーム等の時間に制限を設けることにより、反射的に子供がゲーム等をする時間に制約を受ける可能性はあるが、教育的観点から保護者が子供の余暇の時間を制限することは保護者の責務として当然であって、このことが子の自由を制約することにはならない。
また、憲法13条で保障される保護者の教育権については、子供の学習権に対応する保護者の責務という性格を有するものであり子供の学習権に仕える限度での自由である。
したがって、子供の学習権を実現する目的で、一定の制約に服することがあるのは憲法上、当然の帰結である。
この点、保護者が子供の余暇に無制限でネット・ゲームをさせることを許容し、あるいは子供に対する教育的責務を何ら果たさないことは、判断能力の未発達な子供に無限にゲーム等を行わせ、これによって、子供が学習するうえで大前提となる知性・精神に対する致命的な影響を及ぼす危険性があることは明らかである。
また、このような弊害に対して、本条例で保護者に対して課する義務は単なる「努力義務」にすぎず、ゲーム等を許容する利用時間も単に基準となる目安を定めた(目安を定める参考とした資料は別紙3参照)にすぎず、これを多少超過したからといって、保護者に対して何らかの不利益を課すものではない。
むしろ、本条例の目的は、条例の時間を1つの基準として、家庭において、子供と保護者において、依存症につながるような恐れのあるネット・ゲーム等の利用について「家庭におけるルール作り」をすることを推奨するものであって、保護者に対する制約の度合は著しく低いものである。
したがって、得られる利益と保護者に対する制約とを比較した場合、前者が上回り、本条例に違憲性がないことは明白である。
4 子供の権利条約との関係について
子供の権利条約における「子供たちの余暇活動、文化的・芸術的活動等の自由」は最大限尊重されなければならないことは明らかである。
しかしながら、同権利条約の趣旨は、子供が知的好奇心、創造性、自己肯定感を育むために子供たちに余暇活動、文化的・芸術的活動等の自由の保障を求めるものであり、子供たち自身の心身を傷つける恐れのある行為についてまで、無制限にその自由(あるいは放任)を認めるものではない。
本条例の趣旨は、子供自身が健全に成長し、自己の好奇心や創造性を自ら高められるようその悪影響となる行為については、保護者等が適切な教育的責務を果たすべく家庭や教育現場での自主的なルール作りを推奨するものである。したがって、子供の権利条約と矛盾するものではなく、むしろその精神を貴ぶものである。また、繰り返しになるが、本条例には何ら罰則や子供・保護者に不利益を課す条項はなく、それゆえ子供の具体的意見や保護者の裁量権を委縮させるものでもない。したがって、本声明の批判には理由がない。
5 結論
以上より、本条例は、インターネットやゲームをすべて否定したり、子どもの人権の侵害や家庭での教育への過度な干渉を行う意図はなく、憲法の理念や法令上の規定、子どもの権利条約に反したものではないと考えており、本声明にある本条例の廃止および本条例18条2項の削除については、理由がないと考える。
以上
令和2年6月2日
香川県議会議長 西 川 昭 吾
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