敗北を知りすぎた悲しき中間管理職 「ダイの大冒険」魔軍司令ハドラーはなぜ“最大最強の好敵手”へと返り咲くことができたのか?(前編):水平思考(ねとらぼ出張版)
魔軍司令という名の中間管理職。
新アニメ版の声優キャスト、さらに3本ものゲーム化が発表され大きな反響を呼び、2020年にして『ドラゴンクエスト ダイの大冒険(以下、ダイの大冒険)』は大きな盛り上がりを見せつつある。せっかく盛り上がっているのだから、素直に乗っかっておこうということで、前回の終わりに予告した通り、今回は、物語の序盤から主人公たちの前に立ちふさがるライバルキャラクター、魔軍司令ハドラーについて振り返ってみたい。
ライター:hamatsu
某ゲーム会社勤務のゲーム開発者。ブログ「枯れた知識の水平思考」「色々水平思考」の執筆者。 ゲームというメディアにしかなしえない「面白さ」について日々考えてます。
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1戦目、「宿敵」勇者アバンとの対決
『ダイの大冒険』作中においてハドラーの登場は早い。週刊連載が開始してからたったの4話で登場している(※)。そして、かつて自分を倒した「宿敵」勇者アバンに再び勝負を挑み、見事にリベンジに成功するのである。
※編注:当時『ダイの大冒険』は全5回の読み切り掲載を経て、その後正式に週刊連載開始となった
この勝利は作中でハドラーが収めた数少ない勝利なのだが、その内容は完勝と言っていいだろう。アバンの必殺技であるアバンストラッシュを受けつつもそれを圧倒し、最後には捨て身で放つメガンテすら耐えきっての勝利は敵ながらあっぱれと言いたくなるほどの見事なものだ。
特筆すべきは、彼が特に卑劣な手や小細工は一切使わずに戦っているということである。まだ修行の途上で未熟なダイやポップを将来の危険因子と捉え殺そうとはするものの、人質に取るなどといった卑劣な手段には及んでいない。ここに私はハドラーの武人としての自負と誇りを見る。
そして同時に彼は衝撃的な事実を告げる。彼が既に魔王ではなく、自身よりもっと偉大な大魔王バーンの部下、魔軍司令という立場にあることを。
このことから彼が、かつて魔王というあらゆる存在の頂点に立とうとした野心を持った人物であるにもかかわらず、自身よりも圧倒的に強い相手を前にすればそれを素直に認めて従うことができる「知性」を持ち合わせていることが分かる。
実はハドラーとは初登場時の悪辣(あくらつ)なルックスに反して、小細工を弄せずに正々堂々と戦いに臨み、かつ自身より明らかに強い相手に対しては戦わずして己の身の程をわきまえることもできるという、クリーンかつ聡明なキャラクターなのである。
そんなハドラーだが、上司である大魔王バーンに後々まで高く評価され、最大の戦功とも呼べるであろう勇者アバンの討伐という任務を達成した直後、彼の生涯における最大のターニングポイントが訪れる。
新たなる勇者、ダイのドラゴンの騎士としての覚醒である。
2戦目、若きドラゴンの騎士に完敗……
『ダイの大冒険』の主人公、ダイとはジャンプ漫画の主人公として持ち合わせるべきあらゆるものを持った主人公である。粗削りだが伸びしろを感じさせる剣の才能、呪文が全く使えない(初期)という分かりやすい欠点、謎の多い出自と秘められた能力……。
週刊少年ジャンプの、特にバトル漫画の主人公は大きく分ければ、いきなり最強レベルに強い完成された強さを持ったタイプ(例:『北斗の拳』『るろうに剣心』など)か、最初はそこまで強いわけではないが圧倒的なポテンシャルを秘めた大器晩成タイプ(例:『SLAM DUNK』『僕のヒーローアカデミア』など)に大別されると考えているが、ダイという主人公はその両方の特性を持った主人公である。
そんなパーフェクト主人公、ダイとの闘いにおいて、ハドラーは完膚なきまでの敗北を喫することになる。
直前の戦いのダメージがあったとはいえ、ダイが渾身の力を込めたアバンストラッシュは師アバンが与えた以上の大ダメージを彼に与える。
この時点で、ダイはドラゴンの騎士としての力を発揮してしまえば、魔王軍のNo.2に位置する敵を圧倒してしまう強さを持っているということが明らかになる。
少年漫画の定石で考えれば、少年漫画における主人公のライバルキャラクターとしてのハドラーの命運はこの時点でほぼ尽きている。秘められた能力に一時的に目覚めた特殊な状態だったとはいえ、既に主人公にボコボコにされた敵キャラクターが再度主人公の前に現れたとしても、そこにハラハラドキドキすることは難しい。紋章の力を使えないダイを相手に圧倒したとしても、ピンチになったら覚醒して終了ではないかと先が読めてしまう。
そんな読者側の思惑はさておき、ハドラーにとって幸いだったのは、ボロボロに負けたとはいえ、彼が課された勇者アバンの討伐という任務は達成していたことだ。そして同時に、ハドラーは組織人としての大きな過ちを犯してもいる。ダイという新しいドラゴンの騎士の存在を、上司である大魔王バーンへ報告しなかったのである。
組織運営に欠かせない「報連相」を怠ったハドラーは、魔軍司令という名の中間管理職として、ここから長い苦難の道を歩むことになる……。
3戦目、作中屈指の好カード、そして敗戦……
都合の悪いことはできれば上司に報告したくない。中間管理職なら誰しも抱える思いなのではないだろうか。ちょっと頑張れば帳消しにできそうな案件ならなおさらだ。そんな典型的な管理職の悩みと問題を抱え、あの手この手を打つ必要に迫られたハドラーの最初の一手は、大魔王6軍団の一つ、百獣魔団を率いる軍団長、獣王クロコダインをぶつけることだった。
ハドラーという男が管理職としても何気に優秀だなと思うのは、クロコダインという自分にだって匹敵しうる強者をダイにぶつけつつも、それだけではダイは倒せないだろうと冷静に見極めていたりするからだ。魔王軍からすれば取るに足らないポッと出の存在でしかないダイたちを、全軍の総力を挙げてたたくなんてことをすれば部下や上司にその行動の意図を怪しまれかねない。そこで軍団長の一人、クロコダインをぶつけた上で、それを打ち破るほどの存在であるならば晴れて魔王軍の全力を持ってたたく大儀名分ができるわけだ。
ハドラーの指示もなく勝手に行動する軍団長の一人、妖魔司教ザボエラを特にとがめようともしないあたりにも部下の裁量を認める懐の深い上司像が伺える。
そんなこんなでザボエラの暗躍もあり、ギリギリのところまで追い詰められはするものの、ダイはクロコダインを打ち破り、ハドラーは満を持して全軍の総力を持ってダイをたたこうとする。もしこの戦いの直後に魔王軍の総力を当ててつぶしにいっていれば、恐らく魔王軍が勝っていたのではないだろうか。仮にダイが、ドラゴンの紋章を覚醒させて、クロコダインが味方してくれたとしても、寝返る前のヒュンケルをはじめとする各軍団長とハドラーが総出で来られては、さすがに勝利するのは厳しかっただろう。
しかし、ここでなぜか大魔王バーンより不死騎団長ヒュンケルにダイ討伐の勅命が下り、ハドラーの計画はもろくも崩れ去ることになる。
この大魔王バーンによる、余計としか言いようのない横やりによって、軍団長の2人が寝返るという最悪の結果を魔王軍にもたらしてしまう。だいぶ後になってバーン様は自分の勝手な横やりを棚に上げて2人の寝返りをハドラーの失態としてカウントしていたりするのだが、クロコダインはともかくヒュンケルが寝返ったのはぶっちゃけあなたの責任なのでは……?
そして、上司の横やりにもめげずに再度作戦を立て直しフレイザード率いる氷炎魔団に加勢する形でバルジ島での総力戦に臨み、自ら現場で腕を振るおうとすらするハドラーだが、過去にダイに完敗しているハドラーにリベンジマッチのチャンスはそう簡単には与えられない。彼の3戦目の相手はダイではなくなんと、寝返ったばかりの元軍団長ヒュンケルなのである。
部下を助けるために上司がわざわざ現場に降りてきたにもかかわらず、主人公の相手すらできないというのはなかなかに惨めな話だが、バトル漫画において、いつ負けてもストーリーの進行に大きな問題が起きない脇役同士のバトルの方が、主人公のバトルよりも先が読めない緊張感に満ちて面白いというのはよくあることだ。週刊少年マガジンのマンガだが、『はじめの一歩』における間柴VS木村戦が、同作品史上においても名勝負として高い評価を得ているのは、脇役同士の戦いだからこそ生まれる先の読めなさ故だろう。
ハドラーVSヒュンケル戦もそれと同様に、部下であるはずのフレイザードの前座を、上司であるハドラーが努めるという思い切りの良さも含めて、『ダイの大冒険』の構成の巧みさが良く出ている好マッチメークとなっている。先の読めない戦いという意味においては作中のベストバウトと言って過言ではないだろう。
両者の持てる力を出し尽くしたこの戦いは、ヒュンケルが新必殺技グランドクルスを開眼した末にハドラーの敗北に終わる。わざわざ2つあると言っていた心臓を両方突かれての問答無用の完敗of完敗。既に主人公のライバルキャラクターとしての命運が尽きつつあったとはいえ本当に死ぬとは思わなかった。
だが、死に際にヒュンケルに称賛の言葉をかけるあたりにハドラーというキャラクターの本分が見えるようにも思える。彼は、やはり強い戦士に対して何よりの敬意を表する武人なのである。
4戦目、死ぬことを許されないという煉獄
激闘の果てに、見事大往生を果たしたかに思えたハドラーだったが、ここで終わりではなかった。
大魔王バーンによって新しい肉体を与えられていた彼は、何度死んでも以前よりもさらに強くなってよみがえるという、まるで死の淵から生還することでさらに強くなるサイヤ人のような能力の持ち主であることが明らかになる。
そんなこんなでさらに強い力を得て生き返ったハドラーだが、そこに彼のもっとも恐れていた事態が起きる。ダイがドラゴンの騎士であることが、魔王軍、そして大魔王バーンにバレてしまうのである。
ハドラーはなぜ、このことを大魔王バーンや魔王軍に報告せずひた隠しにしていたのか。魔王軍にはもう一人のドラゴンの騎士、竜騎将バランがいたからである。本来であれば世界に1人しか存在しないはずのドラゴンの騎士が2人いるということは、恐らく両者には浅からぬ縁があり、もしバランの部下としてもう一人のドラゴンの騎士が魔王軍に加わればどう考えてもハドラーの立場は危うくなる。自身の立場をどうにかして維持したいという「保身」のために、ハドラーは上司への「報連相」を怠ってしまったのである。
ここから、ドラゴンの騎士同士であり親子でもあるダイとバランが激突するバラン編が始まるのだが、ここからのハドラーのふるまいはとにかくダサい。あらゆる面において格好良くない。自分の立場が危うくなり動揺し過ぎた揚げ句、ついには敵であるはずのダイの勝利を願ってしまう始末である。
ドラゴンの騎士同士の猛烈な激闘の末、バランは魔王軍から離脱することになるのだが、その後にとるハドラーの行動がまた最高にダサい。なんとダイたちの寝込みを襲ってしまうのである。
ここにはデルムリン島で宿敵相手に真っ向勝負を挑んだ誇り高き武人ハドラーの姿、バルジ島において己すらも一兵隊として前線に投入し総力戦に臨む魔軍司令ハドラーの姿は、もうない。
結局そんなセコイ攻撃が今さら通じるわけもなく(実はそこそこ通じてたりするのだが読んでいる立場としてはそんな展開にハラハラするわけもなく)、バランとの闘いを経てドラゴンの騎士として完全に覚醒したダイに一蹴されてしまう。
デルムリン島とのダイとの闘いに負けた時点でライバルキャラクターとしてのハドラーの命運は既にほぼ尽きていると述べたが、ヒュンケル戦での敗北やバラン編を経ることでライバルキャラクターとしてはもとより、魔王軍の中間管理職としての寿命もほぼ尽きてしまったわけである。っていうか当時、一読者としてはなぜまだハドラーが生きているのかが疑問だったほどである。
そんな落ちるところまで落ちたハドラーの今後に期待する人は読者にもほとんど居なかったのではないだろうか。
だが、迷える魔軍中間管理職ハドラーの疾風怒濤の復活劇はここから始まる。
というわけで自分で想定していた以上に長くなったので後半、「ハドラー完全燃焼編」へ続きます!
※価格は記事掲載時点のものとなっています
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