「真実でなく事実」を伝える男・丸山ゴンザレスに聞く“諜報活動のリアル”
映画「太陽は動かない」公開にかこつけて、私たちの知らない世界を聞きました。なお映画については「令和のタカとユージ」とのこと。
藤原竜也さんと竹内涼真さんが秘密組織のエージェントとして世界を股にかけて活躍する映画『太陽は動かない』が3月5日に公開されました。
同作は、『怒り』『悪人』などでも知られる作家の吉田修一さんの同名小説を、『海猿』シリーズなどを手掛けた羽住英一郎監督が実写化したもの。表向きはニュース配信社を装い、世界を暗躍するエージェントの姿を描いたもので、大きな予算の実写邦画が製作されにくくなっている中、WOWOWでの連続ドラマ版を同時製作することで予算と内容に厚みを持たせています。
同作に絡める形で話を聞いたのは、ジャーナリストの丸山ゴンザレスさん。TBSのテレビ番組「クレイジージャーニー」でスラム街などの危険地帯に突撃取材する姿もよく知られ、私たちの知らない世界を伝えてくれる希有な存在です。同作を見てどんなことを感じるのかを聞いてみました。
スパイ映画というより上質なアクション映画
―― 今日は映画『太陽は動かない』公開にかこつけて、ぜひ丸山さんに話をお聞きしたくこの場を設けました。作品はご覧になっていると思いますが、まず、作品のどこに刺激を受けたのかから率直にお聞きしたいのですが。
丸山 まずマニアックな舞台設定にやられました。東欧と中欧の雰囲気を併せ持つブルガリアには僕も取材で行ったことがあって、作品の冒頭で出てくる団地をみてまさかと思ったんですが、後に(首都の)ソフィアだと分かって「やっぱり!」と。あの団地、未完成なんですよね。政府が建物だけ作って、貧しい人たちを押し込んだ団地で、窓とかドアはDIYが基本だからよく見ると窓が付いてなかったりして。
―― 旧共産主義時代の影響かソフィアには団地が多いですね。オープニングシーンの辺りは、日本人スタッフだけで単独行動は禁止と警告される程度には危険地域だそうです。劇中の設定と現実のギャップを感じたりはしましたか?
丸山 使っている銃器が古いなと。本物の銃器を使用していると聞いてふに落ちましたが、僕もブルガリアの武器商人に取材したときに持ってきたブツも全部古かった。今のアンダーグラウンドでの武器流通って東欧だと古いものが多いので、それを意図してやっているのならすごくいいなと。
―― 作品はいわゆるスパイ映画ですが、丸山さんの目にはどんな風に映りましたか?
丸山 まず個人的な感想ですが、僕の知る限り諜報活動って映画のようなやり方をしないんですよね。僕、過去にCIAのエージェントに会ったことがあって、聞いた話との乖離(かいり)が激しいというか。上質なアクション映画ととらえました。
―― CIAの方と? どんな出会いだったんですか?
丸山 飲んでいるときにある人から紹介されたんですけど、外見は完全に白人なのに、流ちょうな日本語で「仕事がない」とかぼやくんです。アジア地域の担当は、基本的に北朝鮮と中国の情報を取りに来る人がエリートで、日本は、他国が血を流してまで探らなきゃいけない情報って少ないから別に優秀じゃなくても来れるらしくて。予算削減のあおりも食らって、暮らしが立ち行かないので「仕事ありませんか」って。
―― むしろ、そう言って近づいてきているのかなとすら思いますね。
丸山 聞けば、現代は情報処理がメインで、今作でいう藤原さんらのような実働部隊としてのエージェントは今はほとんどいないと。いろいろな話をしましたが、「中国がやばい」と言っていたのが印象的でした。
―― やばい?
丸山 例えば何かのデータを盗むとき、画面に映し出される文字列を瞬間的に記憶できるやつがいるって言ってて。中国のスパイって、覚えなければならないデータが1から100まであるとしたら、100人送り込んで1人に1個ずつ覚えさせて後でつなげるみたいなやり方をするらしいんです。
―― 足し算でしかなくかけ算の化学反応が起きていないのにすごい。
丸山 だから中国のやり方は米国のハイテクを超えてくるというか、どんどん中国が国力を増していく中で、スパイ業界では米国は二流に落ちて来ているからアルバイトしないと食えないみたいに話していたんです。
そういう人たちと会った上で思うことは、派手に見える部分と地味で見えない部分があって、スパイの仕事なんて見えない部分が大半。それを描いていたら映画にならないからスパイ映画というよりはアクション映画だなと。
―― CIAと比べると日本の情報機関はほとんど話題に挙がりませんね。
丸山 僕の知る限り、公安調査庁や防衛省の情報本部のような日本の情報機関はものすごい優秀です。一般人の目に触れるレベルで分かりやすい諜報機関があったらそれはそれで問題で、何をしているのか分からない時点で優秀。
これは知り合いに聞いた話ですが、防衛省の情報本部は陸軍中野学校の流れをバリバリくんでいると話していて、まだその系譜が残ってるんだとびっくりしました。個人の能力に高く依存しているようではありましたが。
―― 陸軍中野学校の系譜ですか。チームプレーじゃなくスタンドプレーの結果のチームワークがすごそうです。映画では次世代エネルギーの極秘情報を巡る暗躍が描かれますが、現実でも敵対もしくは緊張関係にある国家などに関する情報収集よりは、産業スパイ的な取り組みの方が多いのですかね。
丸山 基本的には利益を生むものでないと意味がないので、ビジネスに関わる情報が当然高く売り買いされますよね。もちろん防衛的な視点で、北朝鮮や中国などの情報収集はしっかりやっていると思いますけど。まあ諜報活動って市場調査と変わらないといえるかもしれませんね。どこよりも早く市場調査したり企業情報をゲットするという話なので。
丸山ゴンザレスの取材流儀
―― 少し話を戻しますが、海外取材も多い丸山さんにとってブルガリアはどんな国ですか?
丸山 ブルガリアのヨーグルトは甘くない、ということに象徴されるんですが、日本人の多くはヨーグルトって甘いものだと思うじゃないですか。でもそうじゃない。日本人は日本以外のことを本当に知らない。知った気になってイメージで語るのは自戒も込めて怖いことだと思わされた国です。
―― その逆もありそうですね。相手が日本のことを詳しく知らないのが有利に働くというか。
丸山 そうですね。ブルガリアの武器商人にアクセスしたとき、取材交渉をどううまく切り上げようかと思ったときに、「日本の組織に確認取るから」というアプローチを採ったことがありました。
―― ジャパニーズヤクザを装ったと。
丸山 そう。自分は末端で本部に連絡を取るっていうていで。本部に送らなきゃいけないから銃器の写真撮らせてみたいなことを。相手もヤクザが日本のマフィアというイメージはあっても、詳しくは知らないからできたこと。ヨーグルトの話と同じですが、知らないことが幸いにして有利に働いたケースですね。
―― 突撃取材で身の危険を感じることも多いのではないですか?
丸山 エージェントの人たちは正体を隠して行動しますけど、僕は正体を明かしたり手札をオープンにすることで安全を担保するようになりました。例えば隠しカメラで撮影してるのが途中でばれたら殺されるけど、最初に撮っていいかを聞くようにしたり。僕がモットーにしているのは、「うそはつかないけど本当のことは言わない」です。今はスマホの普及もあり、変にいろいろなガジェットを持っていくよりもスマホだけでやった方が意外と自然だったりもしますね。
―― スマホを触るのが不自然でないようにしておくのがポイントだと。
丸山 そういう意味では、劇中のエージェントたちのように特殊なアイテムや技術が必要じゃなくなってきているようには思います。要は使い方なんです。カメラをフェイクに撮影可否を尋ねつつ、実はスマホをいじっているふりをしてすでにそっちで撮影を終わらせていたり。
―― なるほど。相手の行動や意識をコントロールする巧みなテクニックですね。取材でスマホ以外に忍ばせておきたいと思うものはありますか?
丸山 ペンと小さなメモ帳は必ずポケットに忍ばせます。相手にささっと書いて渡すこともできるし、書いたメモをしまっておくこともできる。いろんなタイミングで使いようがあるので。その場じゃないと思いつかないこともありますしね。
『太陽は動かない』は令和のタカとユージ
―― 今丸山さんが関心のあるトピックはどういったものですか?
丸山 今一番関心があるのは、当局の動きです。アンダーグラウンドな世界も生き物のように日々刻々と業務業態を変えていますが、それは、取り締まりの抜け道を探すから。オリンピックイヤーの今、60数年前の東京オリンピックのときのように、当局が何かアクションを起こすのかが気になりますね。それによってそっちの人たちがどう動くかが決まるので。
―― つまり、過去の東京オリンピックの際にも行われたという“東京浄化作戦”があるかだと。海外取材のイメージが強かったので、意外な関心事でした。丸山さんからみて日本は住みにくくなったと思いますか?
丸山 快適です。意見を表明しづらくなったのと、喧嘩が下手になっているんだろうなとは思いますが。そういえば、劇中で“貸し借り”の話が出てきますよね。
―― 藤原さん演じる鷹野と因縁もある韓国人エージェントのデイビッド・キム(演:ピョン・ヨハン)とのやりとりですね。
丸山 そう。あそこの“貸し借り”の意味が分からない人もいるかもしれませんね。あれは己の存在に関わる部分。大きな借りがあるのにそれをむげにすると人として終わってるというか、信用もされないし、価値もないということをお互いの魂で話しているんです。裏社会の口約束もそういうところがある。貸し借りが生まれるのはすごくでかい。軽い言葉だけどすごく重い話で、そういうのが描かれているのが男くさくていいなとも思いました。
―― ところで、藤原竜也さんは現在38歳ですが、私と同じ世代の丸山さんは、多分2000年公開の映画『バトル・ロワイアル』、あるいは1997年の舞台「身毒丸」あたりから藤原さんの存在を感じていたのではないかと思います。日本映画界のトップをずっと走っている印象のある藤原さんをどうみていますか?
丸山 長くブレもせず藤原竜也だとすぐわかるポジションにただい続けるのはすごいことで、下手なスパイよりも精神的に絶対タフ。日本社会をエージェントのようにサバイブしてんじゃないのと思うぐらいです。スカイ株式会社のCMってどうやってゲットしたのかなとも思いますが(笑)、ともあれ、手広くやられているなと。
―― それにしても今作は本当に男くさいです。女性が数人しか出演していませんし。
丸山 (鷹野の初恋の人として出演している)南沙良さんが注目されそうな予感がします。滝が似合う。僕が今作を見た感想としては“バディもの”。令和のタカとユージだなと。
―― あぶ刑事! 若い人が知らないやつだ。
丸山 あの2人も決して優等生じゃないし、ときにルールを逸脱したり、かといってベタベタの友情というわけでもなく、それが共感しやすいものだった。ネタバレになるから詳細は言わないにしても、『太陽が動かない』の最後のシーンも鷹野と田岡はいいバディだなと思いました。
―― 劇中では、万が一のときに証拠を残さないよう心臓に爆弾を埋め込まれて任務に就きます。リアリティーはともかく、見る人が共感しにくいのではないかと思いましたが。
丸山 心臓に爆弾を埋め込まれるみたいに分かりやすい縛りがなくても、みんな爆弾みたいなものを背負っているじゃないですか。日本だと、ちょっとした不祥事や不用意な発言で社会的な信用が失墜したら、実際に死ぬこととニアリーイコール。囲まれて物理的にリンチってそんなに起きることはないと思いますが、精神的なリンチは誰にでも起こり得る。社会的な死は誰もが常にリスクを抱えているので、それで共感できるのでは。
―― 確かにそうですね。丸山さんもYouTubeのチャンネル登録者数が40万人を超えるなどネットでの情報発信も盛んですが、嫌な思いをされたりもしますか?
丸山 日々いろいろな声が届きますが、僕は何も返さないし、何なら読みもしません。基本的には人の意見なんか聞いていいことなんか1つもない。発信するというのはそれくらいの覚悟がないとやりづらい。スパイもそうでしょうけど、他人の意見を行動指針にしていたら動けない。だから敵対組織からするとそうやって揺さぶりをかけるわけで。
何が自分にとって有益なのか、自分の行動を阻害しないかなどを見極める目が重要で、スパイに限らず情報というのは精査が必要。その情報が自分にとってうそか本当かより、プラスかマイナスかとかそういう見方をしていかなきゃいけない。そして、常に視点を切り替えながら考えないと相手側の意図は読めない。これは知識として分かっていても、体験的に分からないと知恵って行動と連動しなくなるんですよね。
―― 丸山さんはジャーナリストを名乗られることもありますが、そのコンテンツはエンターテインメントとしても成立しているように思うんです。ご自身の感覚としては、エンターテイナーとジャーナリストのどちらに近いのでしょうか。
丸山 その2つなら前者ですね。僕、自分のことをジャーナリストだと思っていないですから。そう称するのはそう言わないとなめられるからというだけで、気持ち的には“情報屋”です。
僕は、その場に行ってそこを切り取って、僕なりにそしゃくして日本の人に届けて面白いでしょってことをずっとやってるだけ。それがたまたまここ数年注目されているだけですが、見ている人の「ジャーナリストは正義の味方」という思い込みから、いびつな形で型にはめられるのは嫌です。僕のところに、「世の中を良くしろ」とか「何も救ってない」とかいう文句が来ることもしょっちゅうで。
ただ、面白くなおかつみんなが興味を持てるように、人の興味を引くようなものを持ってきたり見せ方を考えるのが僕のやり方。それはエンターテインメントかなと思います。
―― ねとらぼエンタだと“視点”と形容するのですが、コンテンツの文脈がユニークですよね。真実に迫るというか。
丸山 真実じゃなくて事実を伝えているだけですね。ただおっしゃるとおり伝え方の文脈というのはあって、例えばスラム街を取材にするにしても、スラム街っぽい画から入るんじゃなくて、スラム街にあるお店から文脈をスタートするだけでも興味を引くじゃないですか。ごみ山で暮らす人とかでも悲劇的な描き方をするのか、その人たちがカラオケで騒いでるところを切り取るかで全然違う。「スラム街の恵まれない子ども」みたいなレッテルの貼り方自体が僕は前から好きじゃないので、そういうところから剥がしていくというか。いずれにせよ変に話を作る必要はないんです。
自分の生業が物書きではあるので、コンテンツとして落とし込むときにどう描写しようかとかは考えます。それを映像でやる人は、映像で想像してそれをつないでいてすごいですね。だから映像の人と取材に行くのはとても刺激になります。
―― 状況的には海外に行きづらい状況ですが、ストレスなどは?
丸山 渡航のしにくさもそうですが、行ったとしても、いわゆるコロナ禍での日常生活があるだけ。それをテーマとするような人たちには意味があるのかもしれませんが、僕にとってはそれを見に行く意味はあまりないですね。
僕は基本的に興味関心を後に取っておかないというか、「いつかしたい」みたいな考えはないです。置かれた場所やシチュエーションで全力を尽くすタイプなので、今の状況でできることをやる感じ。それが今だとYouTubeだったりしますが、日本のアンダーグラウンドな部分を掘り下げて、そこの住人たちに来てもらって話をするとかは、今までやってなかったことです。楽しくやれ過ぎているので、仕事と言い切るにはちょっと自信がないですが。
―― おっしゃられてることが、『太陽は動かない』でいう「今日も生き延びた」みたいですね。
丸山 そうそう、あれ。藤原さんが言ってるじゃないですか。今日後悔しない生き方。僕もそう思っています。いいこと言うな藤原さん。
『太陽は動かない』
- 原作:吉田修一「太陽は動かない」「森は知っている」(幻冬舎文庫)
- 監督:羽住英一郎
- 脚本:林民夫
- 出演:藤原竜也 竹内涼真 ハン・ヒョジュ ピョン・ヨハン/市原隼人 南沙良 日向亘 加藤清史郎 八木アリサ/勝野洋 宮崎美子 鶴見辰吾/佐藤浩市
- 制作会社:ROBOT
- 主題歌:King Gnu「泡」(ソニー・ミュージックレーベルズ)
- 配給:ワーナー・ブラザース映画
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