文章を読んでいても、音声を聞いていても、知らない単語がふっと飛び込んできたり、今までと同じような言葉が少し違う意味合いで使われているのに気付いたりしませんか。言葉は人々と寄り添う生き物のようです。今回の同人誌は、そんな時代とともに変わっていく言葉に注目されています。
今回紹介する同人誌
『モダン流行語辞典を讀む』A5 56P 表紙カラー 本文モノクロ
著者:岩峰晴子、依鳩噤
「もだる」言葉を読んでみよう。88年前の流行語辞典をのぞく
現代の流行言葉を知りたいと思ったときに、何を調べますか? 1933年(昭和8年)の人々は当時の最先端の言葉がたくさん掲載されていた『モダン流行語辞典』を読んだかもしれませんよ。例えば「もだる」は「近世型、當世風」を意味するそうで、「モダン・ガール(モガ)」のモダンからのつながりと考えると納得ですが、思わず口に出してみたくなる「もだる」の響きはなんとかわいいのでしょう!
こちらの同人誌では、そんな魅力ある語が詰まった『モダン流行語辞典』と古書市で出会ったのをきっかけに、お二人の作者さんが特に興味をひかれた語を抜き出し、分類してまとめられています。押さえておきたい必須のモダン用語から、ファッション、食事、女学生の流行言葉まで、特徴ある言葉を抜き出して分類されることですっきりと分かりやすく、また、折々に人名やまつわる事件について、解説コメントや引用の図版がいいタイミングで挿し挟まれて、おしゃれでちょっぴり気取った当時の雰囲気を気軽に味わうことができます。
非常時と陽気さ。あのとき新しかった言葉たちの愛おしさ
『モダン流行語辞典』の前書きから抜き出された文章に、次の一文がありました。
「特に現代は非常時日本である。(中略)幾多の事件が次から次へと起る。その都度モダン語が誕生する」
昭和恐慌、満州事変、国連脱退と、昭和初期の年表は確かに非常時が押し寄せてきています。調べてみると『モダン流行語辞典』が発行される前年、1932年(昭和7年)は日本放送協会のラジオの契約数が100万件を突破したのだそうです。人々は移り変わる時代を目から、耳から、より敏感に感じていたのかもしれません。けれど、えりすぐられた流行語はどれも軽快! 女学生さんが使ったという「トテモロ(すこぶる、非常に)」「おすてーき(すてきに敬語の「オ」をつける)」なんて、風変わりでレトロなのに、耳に入るとぱっと明るくなりそうな、かわいいらしさ満点ではないですか。
ピックアップされた語がどれも冗談交じりに会話に上りそうなものばかりで、当時の街の人たちが時に斜めに世の中を眺めながらも、はしゃぎ、浮かれ、軽やかに楽しもうとした様子が愛おしく浮かんでくるようです。
時代をさかのぼったからこそ生まれる新しい創作
単純な語彙(ごい)のまとめだけにとどまらず、さまざまな方法で仕掛けがあるのも、こちらのご本の楽しいところです。モダン流行語クイズ、今でも使う言葉、今とは違う言葉の比較、そしてモダン語を駆使した短編小説も。うんと昔の言葉を読んでいたはずなのに、それが新しい作品に結びついてしまうなんて、トテモロおすてーき! もう、ついつい使ってみたくなるほどに、一冊の辞典にあちこちから光を当てて、88年前のほんの一言をぴかっときらめかせ浮かび上がらせる手法がお見事です。そして引用した資料には出典元や発行年、巻末に参考文献一覧を忘れない堅実さも、きちんとご本を支えています。
浅いセピア色を思わせる紙で統一されたご本を手にして開けば、モダンな空気のあの頃へ。時代をさかのぼって会話を聞きに行ってみるのはいかがでしょうか。
サークル情報
サークル名:行方不明のドバトが見つかった
Twitter:@lostpigeonfound
Webサイト:https://hatoresearch.com/
入手先:まんだらけ通販サイト
参加予定のイベント:第三十二回文学フリマ東京(中止の可能性あり)、COMITIA136
今週の余談
モダンな言葉、あんまりすてきでいまでも口に出したくなってしまいそうなんです。いまから88年先の未来では、今どきの言葉のどんなところを面白いと思うでしょうね。
みさき紹介文
図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
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104ページという力作。