皇族の方も召し上がった、松江の「おふくろの味」が詰まった駅弁とは? 〜松江駅弁・一文字家:松江「赤貝めし弁当」(980円)
山陰・松江周辺のある程度上の世代の方にとって、「赤貝」は冬になると食べたくなるおふくろの味。いまもふるさと・島根の味に強くこだわって個性豊かな駅弁を販売する一文字家さんに話を聞きました。
【ライター望月の駅弁膝栗毛】
「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
きっと、多くの方がお持ちであろう「おふくろの味」。肉じゃがやみそ汁などの家庭料理から、郷土の特産品を使ったご当地料理まで、それはさまざまですね。山陰・松江周辺のある程度上の世代の方にとっては、「赤貝」は冬になると食べたくなる、おふくろの味なんだそうです。そんな赤貝がよく獲れた昭和のころの松江駅弁と、この駅弁を召し上がった皇族の方について、一文字家の景山代表社員に訊きました。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第30弾・一文字家編(第3回/全6回)
夜10時前の東京駅。日本唯一の定期夜行列車、寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」が静かにプラットホームを離れて行きます。前7両はこんぴらさんとうどんの国へ。後7両は出雲大社とそばの国へ連れて行ってくれます。「サンライズ出雲」は、定刻通りに走れば、松江に朝9時半過ぎの到着。松江を出ると、宍道湖を横目に、終着・出雲市に向けて、ラストスパートに入ります。
北前船の廻船問屋を起源に、旅館業から松江駅弁を手掛けるようになって100年以上。いまもふるさと・島根の味に強くこだわって、個性豊かな駅弁を販売しているのが、今年(2021年)で創業120年を迎えた合資会社一文字家です。じつは一文字家、鉄道以外にも、松江の移動には欠かすことのできない公共交通の先駆けとなった会社なんです。そのあたりのエピソードを、景山直観(かげやま・なおみ)代表に伺いました。
松江市営バスは、一文字家のバス事業がルーツ!
―私はこちらの本社へ、松江駅前から松江市営バスに乗ってきたのですが、じつは一文字家は、バスとも深い関係があるそうですね?
景山:景山家当主の長男は、明治の終わりごろアメリカに渡り、現地で生計を立てていました。その折、松江の実家からお金を送って、アメリカで車を買って送って欲しいと頼んだんです。送られてきた2台のフォードを使って、一文字家は松江市内で「松江乗合自動車」としてバス事業を始めました。ところが、数年して、このフォードが故障を起こしてしまいました。当時の松江には修理できる人がおらず、運行継続が難しくなってしまったんです。
―大正から昭和の初めといえば、クルマ自体が珍しい存在ですよね?
景山:ちょうどこのとき、松江市が「市営バス」を始めることになりました。そこで市が松江乗合自動車の2台のバスを購入してくれることになったんです。いまの松江市交通局の歴史が書かれた文献にも、1ページ目に「合資会社一文字家より車を譲り受けて始めた」という記述があります。巡り巡っていまの本社前には、市営バスの平成町車庫があります。これもご縁なんでしょうね。
駅弁がよく売れた寝台特急「出雲」!
―時代が下って、昭和の鉄道黄金時代はいかがでしたか?
景山:高度経済成長の波に乗って、一文字家の旅館も昭和42(1967)年に宍道湖畔に移転して松江温泉の「一文字やホテル」となりました。そこへ皇太子殿下と美智子妃殿下、(いまの上皇陛下・上皇后陛下)がお泊まりになりました。構内営業では、寝台特急「出雲」が発着するときに駅弁がよく売れました。いまは「サンライズ出雲」が運行されていますが、やはり、東京と乗り換えなしで結ばれているのは大きいことです。
中海でよく獲れた「赤貝」を駅弁に!
―昭和のころ、人気があった駅弁は?
景山:昭和31(1956)年発売の「赤貝めし弁当」(980円)でしょうか。当時、中海では湧くように、赤貝が獲れていました。魚屋さんがあまりに安過ぎて商売にならないと目もくれず、八百屋さんが野積みにして赤貝を売っていることがよくありました。残念ながらいまは、昔と同じようには獲れません。しかし、島根県水産試験場が頑張って資源の管理をしています。おかげで中海産赤貝を使った駅弁を販売することができています。
―この駅弁は、いまの秋篠宮皇嗣殿下も召し上がった駅弁だそうですね?
景山:平成14(2002)年のことです。宮内庁から島根県庁を通じて「赤貝めし弁当」のご注文をいただき、私が白手袋をして駅弁をお持ちいたしました。この日は、殿下がご出席される水族館技術者研究会が浜田市内であり、出雲空港へお越しになって、出雲市駅から浜田駅まで山陰本線の列車にご乗車されました。殿下が「ぜひ列車で駅弁を……」とお望みになったと伺っております。
景山社長曰く、「松江の人間は冬になると、赤貝を食べたくなる、まさにおふくろの味」。「赤貝めし弁当」の掛け紙には、先ほどの“八百屋のエピソード”をはじめ景山社長のお父様が記した郷土料理・赤貝への情熱がそのまま綴られています。一文字家では、赤貝が取れなくなってしまったときも、中海の環境の悪化を憂い、その復活を願って、郷土料理を守りたい一心で、この「赤貝めし弁当」を作り続けたと言います。
【おしながき】
- 炊き込みご飯(赤貝、ごぼう、人参) 錦糸玉子 海苔
- 赤貝煮
- 白魚 あおさ
- 揚げ海老
- あご野焼き
- しその実わかめ
人参やごぼうと一緒に炊きこんだ赤貝ご飯の上に、生姜を効かせ甘辛くふっくらと炊いた赤貝をたっぷり載せている「赤貝めし弁当」。中海の赤貝は正式には「サルボウ貝」と言って、一般的な赤貝より小ぶりなのが特徴。炊き込みご飯に載ると、食べやすい大きさです。おかずには白魚、揚げ海老、あご野焼きと松江を代表する味覚が顔を揃えて、赤貝めしの脇を固めます。駅弁をいただきながら、松江のお宅にお邪魔した気分になれそうですね。
東京〜出雲市間を約12時間かけて結んでいる寝台特急「サンライズ出雲」号。定刻通りに運行されれば、朝10時前には出雲市駅に到着します。サンライズ出雲は、全車カギのかかる個室寝台ということもあって、女性の旅行客も多いのが特徴。個室には電源用コンセントも備わっているので、スマートフォンの充電にも役立ちます。ときにはゆっくりと、快適な寝台列車に揺られて、出雲の旅を楽しんでみてはいかがでしょうか。
(初出:2021年11月15日)
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/
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