出土品、掘り出したそのあとって? “遺跡発掘調査事務所”の作業員が描く同人誌マンガ『遺物整理ピープル』:司書みさきの同人誌レビューノート
展示室に運ばれるまでの道のりを追います。
地域の図書館は、公民館やその他、地元の情報施設と併設されているのを見掛けることがあります。ある図書館を訪れたときは、すぐとなりが埋蔵文化財の展示施設でした。郷土資料として地元の歴史を書物にして収集する図書館のそばで、文字ではなく物で歴史を物語る品々に触れられて、とても感慨深かったのを覚えています。
そして、そのときも思ったんです。「土から出てきたものって、どうやって取り扱っているの?」と。今回は遺跡の発掘調査に携わる方の同人誌です。
今回紹介する同人誌
『遺物整理ピープル』189×13mm 30ページ 表紙2色刷り・本文1色刷り
著者:今井しょうこ
掘り出したそのあとで……遺跡発掘その後の整理をマンガで
遺跡の発掘って、お日さまのもとで地面を探っていくイメージがあります。暑い日も寒い日もこつこつと野外で続けていくような……と思いつつ、その先の展開となると想像はもやもやと霞がかり、次に頭に浮かぶのは博物館や郷土資料館でガラスケースに入れられた出土品の晴れ晴れしい姿や、本に掲載されたところです。出土からお目見えまでの間ってどうなっているの? このひび割れた器は誰が、どうやって組み合わせたのかな? この展示室にやってくるまでにどんな手順を経てるんだろうと気になっていたんです。
こちらのご本では、発掘された土器や遺構を記録し、洗い、復元、計測などを行う現場にいらっしゃる作者さんの体験記がマンガで描かれています。整理に関わるようになったきっかけや感じたことも、ほのぼのとした線で描かれ、「あああ、そうだったんだ! こんな手順だったんですね!」とするりと遺物整理の世界に入っていきました。
博物館級のお宝が見つかるかも? いえいえ日常の整理もこんなに面白い
土器や出土品というと、つい「大発見!」な大ニュースを思い浮かべてしまいますが、世の中に紹介されるのはほんの一端で、作中で「わりと見慣れた感じの土器」と表現されるほど、それ以外のたくさんの出土品たちがこつこつと整理されていく様子が、場面を追って描かれます。
例えば、出土品に記された整理のための情報の書き込み。時々、博物館の展示などで、出土品に記された手書きの筆跡が見えることがあるのですが、書かれているということは、書いた人がいるはずで。でも誰が、どんなタイミングで? とずっと不思議でした。このご本ではそんな現場での作業がコミカルに紹介されます。そうですよね、“作業”ですもの、うまかったり苦手だったり、ボコボコの表面に筆を入れるのは勇気がいりますよね……と、整理する人たちの空気が楽しく伝わってきます。
そうそう、一緒に作業される方たちとの会話が織り込まれているのも楽しい気持ちを盛り上げてくれるんです。手順紹介だけでなく、いろんな人がいて共に取り組んでいるからこそのやりとり、気付きが描かれていて、ふふっと笑顔になりながら作業のあれこれが腑に落ちていきます。発掘の現場はさまざまな状況があるかと思いますが、お一人の体験が分かりやすく示され、どんな風に感じたかを合わせて知らせてくれることで、未知の世界への視界がさっとカーテンを引かれて、明るく見えたような気持ちです。
足元にある遠い時代を手のひらに届けてくれる
遺跡は一度発掘されると元の姿には戻らず、記録しておくことで“保存”とする場合もあるそうです。せっかく出てきたものを全て取り出しておけないのは残念なような気持ちにもなりますが、誰かが声を上げなかったら埋もれたままだったものを、光にあて、整理することで遠い遠い過去の姿を、いま知ることができることは、ともあれとてもうれしいことです。
そしてまた未来へつなげていくためには、“保存”の方法はさまざまにあった方が良いこともあるのかもしれません。そんなことを、作中で「当時の情報がフリーズドライから蘇るような新鮮な感覚に包まれる」言葉から連想して考えました。
地中に埋まっているものは、深いところほど古い時代のものなんですって。でも地下から取り出されてもなお謎な出土品たちについて同人誌にして読むことで、遺物が手のひらに近づいてきたように思います。遺跡楽しい、整理も楽しそう! と足元からの声を届けてくれるご本です。
なお、こちらの同人誌がもとになり、創元社より『マンガでわかる考古遺跡発掘ワーク・マニュアル』というご本も出版されています。『遺物整理ピープル』の内容は未収録ですので、どちらもご覧になると、きっと興味倍増では!
今週の余談
ちょっと不思議だなぁと思っていたことが、ご本をきっかけにそうなんだ! となるの、うれしさひとしおです。あの日、北の図書館に併設された埋蔵文化財展示スペースで土器のレプリカを恐る恐る触っていた自分に、もっと楽しくなるよ! と呼びかけたい気持ちになりました。
みさき紹介文
図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 「10年後には朽ちるものを100年後に延ばす」 博物館の裏方描いた漫画が驚きの連続
『ただいま収蔵品整理中!Vol.1』『ただいま収蔵品整理中!金属保存編』をご紹介。 - 身近にあるかもしれない「長大地名」 日本全国の長い地名をまとめた同人誌『日本長大地名事典』が興味深い
消えゆく地名の記録にもなりそう。 - クイズ番組の答えになることが最も少ない都道府県はどこ? 12番組を1年間調査した同人誌が趣味の塊
きっかけは「数えてみたくなった」から。 - もし動物たちが文明を持ったら 独自の進化を遂げた“空想上のビーバー”を描く同人誌『ビーバー建築史』
妄想がはかどる。 - “テレポートするナメクジ”を追った5年間 調査の内容をまとめたレポマンガに興奮を隠せない
104ページという力作。 - “推し”との別れ、どうやって乗り越えましたか? 気持ちを整理したいあなたに寄り添う同人誌『R・I・P』
お別れの、その先のお話。 - マンガ家が描く“秀吉愛” 同人誌『あつまれ!太閤の沼』を読んで秀吉の魅力に沈みたい
豊臣秀吉で卒論まで書いてしまうほどの秀吉愛。 - アフリカで初音ミクのライブをやってみた 一人の教師が実現させた異国の”ミクライブ”
今回は初音ミク愛にあふれた『Miku in Africa』をご紹介。 - 決してひと事ではない? 同人誌『夜10時カギを忘れて家に入れず初めてカプセルホテルに泊まった話』
忘れたと確信したときのドキドキ感……。 - 全国各地の“恐竜像”を1冊に 220カ所ものスポットを紹介した「日本全国恐竜公園ガイド」にワクワクする
そんなところにもいるの!? - こんなの待ってた! アメコミの効果音を集めた辞書がマニアックすぎて心くすぐる
今週はサークル「FANDOMAIN」さんの同人誌「アメリカンコミックス効果音辞典 スーパーヒーロー誕生から70年代まで」をご紹介。 - 国体初のマスコット”未来くん”を小説に 同人誌『古都こと奇譚』は京都を舞台にしたキャラクターたちの物語
皆さんの町にも、人気を博したキャラクターがきっといるはず。 - 炎の揺らめきと溶けた金属 職人自ら撮影した鋳物製造の写真集『滴る金属』
こだわりが詰まってる。 - “お江戸のコミック”を現代語訳 同人誌『黄表紙のぞき』が江戸文化の扉を開く
難易度の高かった「くずし字」を読みやすく。 - これまで撮った「片手袋」の写真は4000枚超 築地に通って約20年、“片手袋研究家”による同人誌が奥深い
趣味、ここに極まれり。 - 理学部生だったあの頃の自分に伝えたい 作者の後悔から生まれた同人誌『理学部生を手伝うイモリ』
イラストはかわいいけど中身はマジ。