司会選びではウィル・スミス事件にも触れ 目前に迫ったオスカー授賞式までの動きを現地在住ライターがレポート、前哨戦全賞の「エブリシング」はどうなる:【第95回アカデミー賞】
ノミネーション発表から授賞式までの現地の様子もレポート。
第95回アカデミー賞授賞式が米現地時間3月12日と迫るなか、主要な前哨アワードの結果が出そろい、受賞予測も固まってきました。最多11部門にノミネートされた「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」は、プロデューサー・監督・俳優・脚本家という“映画界の同僚たち”が選ぶ4大組合賞も制覇。その作品名にかけてハリウッドでは、「『エブリシング』(同作)がエブリウェア(あちこちのアワードや部門)でオール・アット・ワンス(一気)に受賞」というフレーズが躍っています。そんな授賞式直前の現地のムードを、ノミネーション発表からの流れを振り返りながらお届けします。
ミニ特集連載 「第95回アカデミー賞」
トム・フィーバーのノミニーズ・ランチョン
1月24日のノミネーション発表から授賞式までの約1カ月半、アカデミー賞のお膝元のハリウッドでは、さまざまなイベントやキャンペーン、アワードが行われてきました。2月13日には、全部門のノミニー(候補者)たちが大集合する祝宴、ノミニーズ・ランチョンがビバリーヒルズのヒルトン・ホテルで開催され、過去最高となる182人が出席。俳優から技術者まで、さまざまな部門のフィルムメイカーたちが混じり合う集合写真は、映画が総合芸術であることを思い出させてくれます。
注目の的は、「トップガン:マーヴェリック」をカメラの表裏でけん引したトム・クルーズ。現場では、作品賞候補として初のオスカー受賞が期待されるクルーズとの写真撮影が絶えず、自身も最高に楽しんでいた様子。
スティーブン・スピルバーグ監督(「フェイブルマンズ」)と、子役時代に同監督の「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」に出演したキー・ホイ・クァン(「エブリシング〜」)の“師弟再会”写真にも心が温まります。
司会者主演の予告編に豪華サプライズ
授賞式の司会者が主演するオスカー予告映像も、毎年恒例のお楽しみ。2月14日には、米コメディアンのジミー・キンメルが、「トップガン〜」のキャラクターに扮(ふん)した俳優ジョン・ハムとチャールズ・パーネルから、司会任務を受ける設定のパロディー映像がお披露目されました。
「今年はとにかく、うろたえたり……ひっぱたかれたりしないタイプの司会者を探している」と前年度授賞式でのウィル・スミスによる平手打ち事件をほのめかすパーネルに、「それはよかった。私をひっぱたいたら大変ですよ。泣きじゃくるから」と真顔のキンメル。
一方のハムは、「君はわれわれの最初の司会者チョイスではなかった。2番目でも3番目でも……11番目でもない」と、あらゆる候補者に断られた結果の妥協策だったと、主要アワード司会を誰もやりたがらない昨今の状況を皮肉りながら、キンメルを落とすことも忘れません。もちろん、これはジョーク。キンメルは、オスカー公式放送局である米ABCの深夜番組の司会者として米国では有名で、オスカー司会も過去2回担当しています。
そのうち1回は、「ムーンライト」が受賞したのに、「ラ・ラ・ランド」と発表されてしまった作品賞発表ミス事件が起きた2017年の授賞式で、キンメルは混乱する壇上や客席をあたたかく取りなした救世主。毒舌イジリよりも、優しい目線のギャグで笑いを取るタイプとして、好感度が高く、炎上リスクの少ない、今回のオスカーには最適の司会者といえるのです。
予告編の最後には、過去にオスカー司会を9回務めたレジェンドともいうべき、ビリー・クリスタルもゲスト出演しており、当日のサプライズ登場もあるのか期待感が高まります。
試写会やキャンペーンが続々
ノミネーション発表から、アカデミー会員の投票期限までは、映画会社によるキャンペーンや試写会が各地で繰り広げられます。映画業界の人々の動きが多い通り沿いには、ノミニーを推すビルボードが登場。「エブリシング〜」で主演女優賞受賞が有力視されるミシェル・ヨーのビルボードを、こちらも同作で助演女優賞候補のジェイミー・リー・カーティスがソーシャルメディアで大プッシュするなど、業界仲間同士の口コミも重要なのです。
授賞式直前の1週間は、2021年に開館したアカデミー・ミュージアムで、長編・短編アニメーション部門、長編・短編ドキュメンタリー部門、国際映画部門のノミネート作品上映や質疑応答イベント、メイクアップ・ヘアスタイリング部門のノミニーのトークイベントなどが開催。一般の映画館や配信サービスで視聴できないノミネート作品も堪能できる貴重な機会となります。
一方、オスカーノミネートこそ逃したものの、賞レースを通じて称賛を集めた映画「Till(原題、国内公開未定)」が2月16日にワシントンD.C.のホワイトハウスで上映されました。同作は、1955年に人種差別によるリンチを受けて殺害されたアフリカ系アメリカ人少年とその母の実話を基にした作品。米国では2月がブラック歴史月間であることもあり、ジョー・バイデン大統領が「自分の就任以来、最も名誉ある任務」として同作の上映を案内。人々の映画への関心がひと際高まるこの時期に、こうした動きがみられるのも米国ならではかもしれません。
賞レース後半の重みとは?
2022年秋から数カ月に及んだ賞レースですが、実は前半と後半ではその位置付けが異なります。前半は主に批評家やファンが選ぶアワードが中心で、後半は実際に映画を作るフィルムメイカーたちが選ぶアワードが続きます。後半のアワード投票者と、オスカー受賞者を選ぶアカデミー会員の多くが重複していることから、後半の結果がオスカーの強力な指標とされているのです。
中でも、注目を集めるのが、プロデューサー組合賞(PGA)、監督組合賞(DGA)、俳優組合賞(SAG)、脚本家組合賞(WGA)という4つの組合賞。これらの結果が割れると、アワードウォッチャーの分析や受賞予測も分かれるのですが、本年度はなんと、「エブリシング〜」が全制覇。同作がこの勢いでオスカー作品賞に輝く可能性は高く、監督賞、脚本賞も有力視されています。とはいえ、アカデミー会員の世代によって「エブリシング〜」への評価が異なるという声もあり、発表の瞬間まで何が起こるかはわかりません。
俳優部門は、キー・ホイ・クァン(「エブリシング〜」)が独走状態の助演男優賞以外は、2トップがせめぎ合う状態。主演男優賞はオースティン・バトラー(「エルヴィス」)とブレンダン・フレイザー(「ザ・ホエール」/4月7日公開))、主演女優賞はミシェル・ヨー(「エブリシング〜」)とケイト・ブランシェット(「TAR ター」/5月12日公開)、助演女優賞はアンジェラ・バセット(「ブラックパンサー/ワガンダ・フォーエバー」)とジェイミー・リー・カーティス(「エブリシング〜」)の誰に輝いてもおかしくはありません。
こうした受賞予測に盛り上がりながらも、賞レースの一番の魅力は、ノミニーやプレゼンターたちが互いを祝しあい、1年を通じてスポットライトを浴びることがなかった仲間たちにも激励と称賛を贈る姿。特に、2月26日の米俳優組合賞アワード授賞式では、カーティスからヨー、クァン、フレイザー、そして、御年94歳になるジェームズ・ホン(「エブリシング〜」)まで、登壇した俳優たち全員が自分たちの経験を振り返り、挫折や行き詰まりを感じながらも演技を続ける世界中の俳優たちに、諦めずに一歩ずつ前に足を踏み出そうと語る姿が印象的でした。
2023年のアカデミー賞授賞式は、格式高いセレブの舞台というよりも、企画の規模にかかわらず、「いつか」を夢見て作品に取り組み続ける映画人、そんな彼らと映画を愛する1人1人の心に響く式になる気がしてなりません。
第95回アカデミー賞授賞式は、米現地時間3月12日に開催されます。
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