城マニアが全国の“矢穴”や“刻印”を熱量たっぷりに紹介 ニッチに刺さる同人誌『おもしろ石垣ずかん』:元司書みさきの同人誌レビューノート
大量の写真&フルカラーの豪華本。
暑い夏、けれど懐かしいふるさとなど遠方へお出かけの機会もある時期ですね。今回は観光地になっていることも多い、日本のお城の中でも特に石垣に注目した同人誌です。
今回紹介する同人誌
『おもしろ石垣ずかん-矢穴編-』B5 32ページ 表紙・本文カラー
『おもしろ石垣ずかん-刻印編-』B5 28ページ 表紙・本文カラー
著者:いなもとかおり
石垣に注目! 全国各地を巡り歩いて石垣を読み解く
こちらの同人誌は全国津々浦々を巡る城好きの作者さんが出会ってきた石垣を中心に、その面白さや実例を解説と写真で紹介されています。作者さんはお城や城跡を見て回る中で、美しく積み上げられた高い石垣にマークが彫られているのが目にとまり、そのあまりのかわいらしさにカミナリが落ちたような思いになったそうです。
ご本は、当時の作り方がうかがい知れる『矢穴編』と、さまざまな印を読み取る『刻印編』の2冊を出されています。
失敗も練習も……当時の職人の技がまざまざと見える
『矢穴編』では、石を適切なサイズにするために岩盤に穴をあける作業でできた“矢穴”の例がたくさん掲載されています。矢穴の跡は城だけでなく、石が採掘された地方にも残されているのだとか。完成した石垣や採掘場で見ることのできる点線のような跡……狙い通りの形に割ったり、ちょっぴり失敗したかも? なんて様子がそこから推察できるのですって。大きな石をたくさん扱う事業、そりゃあ簡単にばかりはいきませんよね。歴史年表に名前は載らないかもしれませんが、その時代に手を動かし、石垣を作り上げた人たちの姿が感じられ、わくわくしてきました。
さらに、これまで発表された本や文献などを作者さんの見解でまとめ、石の写真にはくすっと笑ってしまうようなテンションでコメントがつけられているので、当時の職人たちのお仕事ぶりが目に浮かび、今では苔むした巨石に残された点々……そこに人の息吹があざやかに立ち上ってきます。本文もフルカラーなので、年月を経た石の様子が分かりやすいのもうれしいです。
削られたところからは人の気配。石から伝わる城を作った人たちの姿
『刻印編』には、もっとはっきりと作業した人たちの主張を見ることができます。城の石垣には実はさまざまな印が入り乱れて残されており、その目的も「作業した担当範囲の明確化」「作業時の順番を示す」「おまじない」など目的はいろいろだったと推察されています。
中でも作者さんも「僕がやりましたアピール」では? と注目されている主張に、私もほのぼのしました。石垣の中には“十六人”“二十四人”などの人数が記されている入れているものがあります。仕事に関わった人数だとしても、なぜそれをわざわざ刻む必要が? ……チームのPRだとしたら仲間内の結束を感じるようで、なんともかわいらしいではないですか。
石という壊れにくいものに刻まれたからこそ、今に伝えられた姿が分かりやすく示されること、そしてなにより明るく楽しく説明されることで、見過ごしてしまいそうな痕跡が、人々がひとつひとつを手で作ってきたという確かな存在を感じ、胸躍ります!
石垣の鑑賞は、実は草木に邪魔されない冬の方がおすすめだそうですが、帰省や旅行に出掛けるいま、楽しみを知る良いチャンスかもですよ。
サークル情報
サークル名:城マニアの妄想デパート
Instagram:tyome_no_heya
Webサイト:http://castle-trip.namaste.jp/
入手先:BOOTH(※「矢穴編」はデジタル版のみ、「刻印編」は本、デジタル版あり)
次回参加イベント:11月3日の「おもしろ同人誌バザール」2023@神保町
今週の余談
みなさま、夏をどんな風にお過ごしでしょうか。個人的にはコミックマーケットを越えると「夏の盛りを越えたな……」感がします。良い晩夏をお過ごしください。
みさき紹介文
公共図書館、専門図書館に勤務していた元司書。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- クイズ番組の答えになることが最も少ない都道府県はどこ? 12番組を1年間調査した同人誌が趣味の塊
きっかけは「数えてみたくなった」から。 - もし動物たちが文明を持ったら 独自の進化を遂げた“空想上のビーバー”を描く同人誌『ビーバー建築史』
妄想がはかどる。 - “推し”との別れ、どうやって乗り越えましたか? 気持ちを整理したいあなたに寄り添う同人誌『R・I・P』
お別れの、その先のお話。 - マンガ家が描く“秀吉愛” 同人誌『あつまれ!太閤の沼』を読んで秀吉の魅力に沈みたい
豊臣秀吉で卒論まで書いてしまうほどの秀吉愛。 - “テレポートするナメクジ”を追った5年間 調査の内容をまとめたレポマンガに興奮を隠せない
104ページという力作。 - 「10年後には朽ちるものを100年後に延ばす」 博物館の裏方描いた漫画が驚きの連続
『ただいま収蔵品整理中!Vol.1』『ただいま収蔵品整理中!金属保存編』をご紹介。 - アフリカで初音ミクのライブをやってみた 一人の教師が実現させた異国の”ミクライブ”
今回は初音ミク愛にあふれた『Miku in Africa』をご紹介。 - 決してひと事ではない? 同人誌『夜10時カギを忘れて家に入れず初めてカプセルホテルに泊まった話』
忘れたと確信したときのドキドキ感……。 - 全国各地の“恐竜像”を1冊に 220カ所ものスポットを紹介した「日本全国恐竜公園ガイド」にワクワクする
そんなところにもいるの!? - こんなの待ってた! アメコミの効果音を集めた辞書がマニアックすぎて心くすぐる
今週はサークル「FANDOMAIN」さんの同人誌「アメリカンコミックス効果音辞典 スーパーヒーロー誕生から70年代まで」をご紹介。 - 国体初のマスコット”未来くん”を小説に 同人誌『古都こと奇譚』は京都を舞台にしたキャラクターたちの物語
皆さんの町にも、人気を博したキャラクターがきっといるはず。 - 炎の揺らめきと溶けた金属 職人自ら撮影した鋳物製造の写真集『滴る金属』
こだわりが詰まってる。 - “お江戸のコミック”を現代語訳 同人誌『黄表紙のぞき』が江戸文化の扉を開く
難易度の高かった「くずし字」を読みやすく。 - これまで撮った「片手袋」の写真は4000枚超 築地に通って約20年、“片手袋研究家”による同人誌が奥深い
趣味、ここに極まれり。 - 理学部生だったあの頃の自分に伝えたい 作者の後悔から生まれた同人誌『理学部生を手伝うイモリ』
イラストはかわいいけど中身はマジ。