売れる手応えを掴んでいたのに―― 養成所のエリートだった漫才師がM-1グランプリを棄権するまで
※この記事は漫才師として成功することを諦めた芸人が、漫才師を辞めるまでを振り返る連載の第5回です。
第1回
第2回
第3回
第4回
オーディションに落ち続けた理由
養成所ではエリートコースを歩み、人力舎所属のプロ漫才師になれた僕たちは、1年目から様々なオーディションに優先的に行かせてもらえた。
長い歴史のあるライブ、若手がこれでもかと出まくるネタ番組、ゲストの有名人にまつわるネタを持ってくる番組などなど、とにかくいろんなオーディションに行き、そしてすべてに落ちた。
養成所時代にライブでウケて講師の方々からも評判が良かった「ミステリー小説」のネタや、「明日死ぬと思って生きれば時間は有効に使えるはずだ」というよく分からないけど養成所でとにかくウケたネタを持っていったにも関わらず、オーディションでかけられた言葉は「はい、ありがとうございました。合否は後日お伝えいたします」ばかりだった。
当時は「なんて見る目がないんだ」「こんなに面白いのに」と納得がいかなかったが、今なら落ちた原因がはっきりと分かる。それは審査員の方が「面白くない」から落としているのではなく、「使いたくならない」から落としているということだ。
「面白い」を評価するのは非常に難しい。人によって感性が違うものを一律で個人が裁定を下すには限界がある。それでもオーディションでは合否を決めなくてはならないので、審査をする人は「使いたいかどうか」で判断するしかないのだ。
それにまだ気づいていない当時の僕らは、見た目も特に特徴がない上に、ボケもツッコミもありふれていて個性もない。それなりの漫才をしていたので、当然良さなど見出してもらえるはずもなく落ちていたのだ。
全く結果が出ず自信を失いかけていたころに出場した賞レース「THE MANZAI」「キングオブコント」ともに1回戦で落ち、傍から見れば「なんでやめないんだろう」とすら思われていたコンビだったと思う。
そんな僕たちの唯一の支えは事務所ライブだった。事務所ライブは1年目から出ることができる上に、続けて出ているとお客さんも僕たちのことを知ってくれるようになるので、出れば出るほど笑いの量が増えていく。
お客さんの笑い声が僕らのモチベーションだった。が、今思えばこれが落とし穴なのだと思う。
ライブはウケたほうがいいに決まっているが、何も結果を残していない芸人が「ライブのウケ」を指標にしてしまうと「オーディション」や「賞レース」ではいつまでたっても勝てない。やはり「面白いかどうか」で見るライブと「使いたいかどうか」で判断するオーディションでは競技が違うのだ。
これは個人的な意見だし、人によっては「面白さこそが正義」というライブ至上主義の方も大勢いらっしゃることと思うが、僕は「ライブでウケても食っていけない」ことにもっと早く気づけばよかったと後悔している。
そんなライブのウケを気にして漫才を作り、オーディションに落ち続けていた2016年、僕たちに奇跡が起こる。
ある日、マネージャーさんから「2人ともゲーム好きだし行ってみたら?」という軽い感じで『夕ぎりゲーム学園』というテレビ東京のゲーム番組のレギュラーオーディションに行くこととなった。
当時の僕らはオーディションに対する自信をとっくに失っていて、受かりたいという気持ちよりも「オーディション会場までの交通費高いな」と思っていた。
養成所入りたての頃はあんなに「売れてやる」「意識の低いやつらばかりだ」などと尖っていたくせに、である。売れるための道筋を完全に見失っていたのだ。
ところがこのオーディションではネタはやらなくていい、とのことだった。ネタを見ないの? という不思議な気持ちはあったが、訳も分からず2人でオーディションを受けた。
“テレビ初出演の無名芸人”が地上波のレギュラーに
オーディションは番組演出を手掛ける小木曽さんと面談をしたあと、目の前で格闘ゲームとレースゲームをそれぞれプレイするというものだった。
面談で「どんなゲームが好きですか?」と聞かれた僕らは「受かると思っていない」こともあり、全く緊張することなくただただお互いのゲーム愛について話しまくった。
相方がFPSのゲームをテレビのスピーカーでプレイしていたときに、足音を聞きやすくするために音量をマックスにしていたら「この部屋で銃声が聞こえたとの通報があった」と数人の警官が押し掛けてきたことや、僕が「ポケットモンスター ハートゴールド」でカブトの孵化作業をしていたら、パーティに採用できる個体が出たころには28時間が経過していたことなど、お互いの失敗談を入れつつ、面談はかなり朗らかに終わった。
小木曽さんも笑って聞いてくれていた。
そして、その後のゲームプレイでもお互いのプレイに茶々を入れながら、いつも2人で遊んでいるときのような感覚で楽しんでプレイできたし、部屋中が笑いで包まれていた。
こんなオーディションは初めてだった。帰り道、相方のシンカワは「これほんとにオーディション?」と笑っていたが、僕も全く同じ気持ちだった。楽しかったが、手ごたえも特になく、なんだか不思議な時間だった。
そして次の日、後輩のライブのお手伝いをしていた僕らのもとにマネージャーさんが喜々としながら現れて「受かったよ! 地上波レギュラー!!!」と告げてくれた。なんと何の実績もない僕らが地上波のテレビ番組のレギュラーオーディションに受かったのである(ちなみに最終候補はペンギンズさんと僕らの2組だったらしい)。
人生で初めて受かったオーディションがテレビのレギュラーというのは本当に運が良かったし、聞いた瞬間は信じられない気持ちでいっぱいだった。僕たちは手を取り合って涙を流して喜んだ。本当に本当にうれしかった。
後になぜ何の実績もない僕らに決めてくれたのか小木曽さんに聞いたことがある。
僕たちが出演することになった“武井壮さんとロケをする芸人枠”に、テレビ初出演の無名芸人を抜擢するのはかなり勇気のいる決断だっただろうと思ったが、「実はオーディションでゲームの話をする2人の仲の良さを見て決めたんです。ほとんど即決でしたよ」と言ってくださった。
そこで、「面白いからではなく、僕たち2人でなければできないことを見せることができたから受かった」ということが肌感で分かった。それこそが「同級生漫才師」ならではの強みなのではないかと思った。
「2人にしかできない漫才」へ
そして、初めてのロケで全く結果が出せない僕らに、武井さんは空いている時間が少しでもあれば反省会や次のロケでの流れを確認してくれたりした。超多忙であるにも関わらず。
その時、武井さんは僕に「お笑い芸人はいっぱいいる。みんなネタを作ってる。その中で誰よりも面白いネタを作って、ほかの芸人に勝って売れるのは本当に一握りだよ。それでも君らはネタを作って売れる道を選ぶの? ゲームが好きってだけでテレビのレギュラーを掴めたのに」とおっしゃってくださった。
言われるまで全く気付かなかったが、本当にその通りで、これはほとんどの若手芸人に言えることだと思う。
定期的にあるネタ見せやオーディション、ライブのためにネタを作り、何か特別なことをしている気持ちになっていたが、よく考えれば「ほかの芸人も同じことをしている」のであって、同じことをしている限り「差をつける」のは難しいのだ。
しかし、僕もそうだったように、新ネタを作った! これだけウケた! という「主観」でしかものを見れていないので、ほかのライバルと比べたときのセルフプロデュースという観点で物事を見ることができていない芸人がとても多い。
どう考えても遠回りなのに、「ライブで味わえる笑い声」がその感覚をマヒさせる。「これを続けていればいつか誰かに評価してもらえる」という謎の多幸感に浸ってしまうのだ。
小木曾さん、武井さんからいただいた言葉や、番組出演の経験から僕たちの漫才は大きく変わった。まず自分たちの自己紹介ボケをはじめに出し、「2人がどんな人間なのか」を最短距離で伝えるようにし、中身も2人の共通の趣味である「プロ野球」と「ゲーム」に関するもののみに絞った。
「糸井のいないオリックス打線みたいなもんだよ」というプロ野球好きにしか分からないボケにも「誰が分かるんだよ」とツッコまず、「じゃあ“無”じゃねえか」とツッコんだ(2016年のオリックスはオープン戦・交流戦・公式戦・2軍のすべてが最下位という最弱チームで、打線も糸井選手以外さっぱりだった)。するとなぜだか、僕たちの漫才はウケるようになった。
理由はとても単純で「設定に無理がなく」「2人にしかできない漫才」だったからである。他事務所ライブやテレビ番組、オーディションでも僕らの強みをアピールすることだけを意識し、「面白さだけで勝負しない」ようになってからかなり結果を残せるようになった。
そして、2016年のM-1グランプリ1回戦を迎えた。
死ぬほどウケたM-1の一回戦と、日々疲弊していく相方
M-1で優勝するためにプロになったと言っても過言ではななかった僕らだったが2015年に復活したM-1グランプリでは、「プロっぽければ大体受かる」とも言われていた1回戦で負けたという苦い記憶があった。
「今回負けたらもうダメだ」と全く眠れない日々を過ごし、緊張で顔も引きつりまくっていたが、結果として僕らは死ぬほどウケて、あっさり通過した。
1回戦のネタ時間は2分とかなり短かったが、途中で何度か「笑い待ち」(お客さんが笑っているときに話し始めるとセリフが聞こえなかったり、お客さんが話を聞くために笑うのを止めてしまったりするので、あえて間を空けて笑いを増幅させること)をする余裕すらあった。
2回戦までの間にもオーディションに受かったり、番組のロケに行かせてもらったりと確かな「売れる」手ごたえがあった。漫才・お笑いというものの輪郭がぼんやりと見えてきていたような気がしていたし、あと1年あれば僕らは「笑いで飯が食えていた」と思う。
が、それは僕だけだったのかもしれない。というより僕はいつしか「売れること」ばかりに気を取られ、「日々芸能界に疲弊していく相方」に目を向けていなかった。
漫才コンビのボケであるシンカワはロケのたびに「若手らしい前に出るボケ」を要求されていた。
シンカワは学生時代から前に出て笑いを取るタイプではなく、僕がツッコんで初めてボケになるような、周りが「シンカワを理解していればこそ面白いボケ」が信条だった。しかし、テレビでは僕ら「売れていない若手」のためにいちいち丁寧に「どんな人間なのか」を紹介する時間を割けるわけもない
シンカワは持ち味とは違うボケを用意したり、無理やり前に出てすべったりしていた。 僕は相方のボケがうまくハマらないのを見てなんとかツッコミとしてフォローしようと試みていたが、「これも売れるまでの辛抱」と思っていたこともあり、そんなにダメージはなかった。
だが、当のうまくいかない、やりたいことができないシンカワからしたら、いくらテレビに出ていても、ライブでウケていても、その状態を続けることが耐えられなかったのだろう。
そんな齟齬が生まれているとは知らず、順風満帆だと思っていたある日、シンカワは「もう休みたい」と僕とマネージャーさんに伝えてきた。そして、1回戦を勝ち上がったばかりのM-1も棄権したいと申し出た。
2人で夢見たM-1を、である。
僕は人生で初めて、シンカワにブチギレた。本当に許せなかった。(続く)
著者:ヤマグチクエスト(Twitter)
笑いを忘れたゲーム好き芸人。中でもRPGやシナリオの思い入れが強く、「伏線」「考察」と聞いただけでよだれが出る。あと野球も死ぬほど好き。一番好きなゲームは「ポケットモンスター」シリーズ。
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