人は痛い思いが身に染みなくては、本質に近づけない――「ゼルダ」シリーズの青沼英二氏講演リポート:GDC 2007(1/3 ページ)
2004年のGDCでもゼルダシリーズに関する講演を行った青沼氏。今回の講演では、数年前に日本で起こったゲーム離れの現象を発端とした任天堂のさまざまな取り組みと、それらをゼルダにどう取り込んできたのか、というプロセスについて語った。
ゲーム離れを食い止めるために“新たな遊び方”を模索するも……
任天堂 情報開発本部 制作部に所属する、「ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス」のディレクターを担当した青沼英二氏。2004年のGDCにおいて青沼氏は、ゼルダシリーズの変遷を説明しつつ、長期のフランチャイズ展開を行う基礎となっている“ゼルダらしさ”を守ったり、それを踏まえた上での変革の必要性などについて講演を行った。それを踏まえ、今回の講演では、数年前に日本で起こったゲーム離れの現象を発端とした任天堂のさまざまな取り組みと、それらをゼルダにどう取り込んできたのか、というプロセスについて語った。
2002年末に日本で、2003年初頭に欧米で販売された「ゼルダの伝説 風のタクト」(以下、「風のタクト」)。北米市場では100万本を超える好調なセールスを記録する一方、日本でのセールスはあまり芳しくなかった。当時の日本のゲーム市場は、どんどん拡大していた北米市場とは対照的に縮小傾向にあり、その温度差がそのままセールスの数字に表れていたわけだ。この状況を重く見た当時の任天堂上層部は、日本市場のゲーム離れに歯止めをかける解決策を模索し始め、その解決策のひとつとして、2画面+タッチパネルというこれまでにないスタイルの携帯ゲーム機であるニンテンドーDSを送り出し、普段ゲームをプレイしていない層に積極的にアピールする「タッチジェネレーション」という新機軸を展開させることになる。
しかし、その当時青沼氏は、日本のゲーム市場が縮小傾向にあるという実感がなかったそうで、「風のタクト」が日本で売れなかった原因を、「トゥーンシェーディングの表現は好き嫌いのあるものなのでしょうがない」というイメージで捉え、あまり危機感を持っていなかったそうだ。それに対し宮本茂氏は、ゼルダシリーズが3Dグラフィックを採用して以降、ゲームに一番重要な“遊び方”に新しいアイデアを盛り込むことができていなかったので、そうした部分に飽きが生まれていたり、ゼルダシリーズを知らない人にとっては、複雑で難しい印象を与えているのが売れない原因ではないか、と考えていた。そして、その宮本氏の考えを踏まえ、青沼氏は「新しい遊び方を確立する」というテーマをかかげ、いくつかのプロジェクトを立ち上げて行く。
まず「ゼルダの伝説 4つの剣+」(以下、「4つの剣+」)だ。当時、「新しい遊び方を確立する」という考え方から生まれた新しいシステムが登場していた。「コネクティビティ」である。ゲームキューブとゲームボーイアドバンスを通信ケーブルでつなぎ、ゲームボーイアドバンスをモニター付のコントローラとして活用するコネクティビティ。
「4つの剣+」のプロジェクトを立ち上げる当時、コネクティビティ対応タイトルはすでにいくつか存在していたもののメインのシステムに取り入れていたタイトルがまだなかったため、宮本氏は、コネクティビティの真の楽しさを伝え切れていないと考え、コネクティビティのシステムをメインで活用しマルチプレイで遊べるゼルダを作るというプロジェクトが発足し、青沼氏もプロデューサとしてそのプロジェクトに参加した。それが、「4つの剣+」である。
「4つの剣+」では、ゲームキューブに4台のゲームボーイアドバンスを接続し、ゲームキューブに接続したテレビ画面上のプレイフィールドと、各プレーヤーが持つゲームボーイアドバンスの画面に映されるプレイフィールドを行き来しつつプレイするという、それまでにないシステムを採用し、新しい遊び方を提案していた。しかし、残念ながらこちらもセールスは芳しくなかった。この要因として当時の青沼氏は、「各プレーヤーがゲームボーイアドバンスを持ち寄り、そのうえゲームキューブに通信ケーブルを利用して接続しなければならなかったという、ネガティブな要素があったから」だ、と結論づけた。
ただ、より大きな問題として青沼氏は、面白さがユーザーに伝わりにくく、ユーザーにこのタイトルを遊んでみようと思わせる動機付けが難しかった、とも指摘。この、4つの剣+も含めたコネクティビティの失敗から、任天堂は「直感的に伝わるものでなければ人は興味を持ってくれない」ということだったそうだ。
転機となった2004年のE3
青沼氏は、「4つの剣+」に取り組んでいる傍らで、別のプロジェクトも立ち上げていた。それは、「風のタクト」の資産を使って新たな遊び方を確立する、ということをテーマに立ち上げた「ゼルダの伝説 風のタクト2」(以下、「風のタクト2」)だ。後に「ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス」に受け継がれるプロジェクトである。
ただ、「4つの剣+」に取り組んでいる間に、「風のタクト2」には大きな変化が起こっていた。2004年のE3で公開された、馬に乗って剣を振るリアルな姿のリンクが登場するゼルダシリーズの新作ムービー。そして、そのゼルダの新作は、「風のタクト2」を製作していたチームが手がけているものであると発表された。当初、「風のタクト」の資産を使って開発に取り組んでいたにもかかわらず、トゥーンシェーディングのゼルダから、いわゆる“リアルゼルダ”へと大きく方向性が変わっていたのだ。
「風のタクト」は、北米市場で短期間に100万本を超えるセールスを記録したものの、その後勢いをなくし、セールスが伸び悩んでいた。青沼氏は、その原因について米国側に問い合わせてみたところ、「トゥーンシェーディングを利用したことで、風のタクトは低年齢層向けのソフトであるというイメージになり、従来のゼルダのメインプレーヤーであるハイティーン層に受けが良くないから」、という回答が得られたそうだ。それを聞いた青沼氏は、当時の米国市場は活況だったことを考え合わせ、同じ表現を利用する「風のタクト2」が米国市場で成功するかどうか不安になった。また、その当時は、まだ新たな遊び方についての明確な回答が出せずにいたそうで、このままでは日本市場に受け入れられることも難しいと考え、それなら健全なマーケットである北米市場に向けたゼルダを作るべきであると考えて、宮本氏にリアルゼルダを作りたいと持ちかけたそうだ。
宮本氏は、新たな遊び方の提案をせずに、表現のイメージを変えるだけで乗り切ろうとしたその姿勢に否定的だったが、「どうしてもリアルゼルダを作りたいなら、『ゼルダの伝説 時のオカリナ』で実現できなかった、馬に乗りながら戦闘するということを、『風のタクト』のエンジンを使って作ってみて、その手応えで判断すべきだ」、というアドバイスを青沼氏に与えた。そのアドバイスは、それまでと大きく方向性の異なるものだったが、スタッフは皆乗り気で、4カ月後にはリアルな世界で馬に乗ったリンクが剣を振って敵と戦闘できるところまで開発が進んだそうだ。これが、2004年のE3で公開されたゼルダである。
ただ、その時点でも、プロジェクトはまだリアルへの方向転換の兆しを作ったに過ぎない状態だったそうで、これが北米市場のユーザーが求めるゼルダにならなければ、それこそゼルダシリーズのフランチャイズの終焉を意味することになるのではないか、という不安の気持ちもあったそうだ。それでも、スタッフの力を信じて、宮本氏ともども、2005年のリリースを発表した。
しかも2004年のE3は、ニンテンドーDS(以下、DS)を世に送り出す重要なイベントでもあった。つまり、2004年のE3がゼルダシリーズの転機となっただけでなく、任天堂にとっても転機であったわけだ。ただ、当時の青沼氏は、新ゼルダのことで頭がいっぱいで、DSの重要性について、まだあまり意識がなかったそうだ。それでも、すでにその時には、DS向けのゼルダを作る、という課題に取り組むべく、「4つの剣+」を作り上げたスタッフによってプロジェクトがスタートしていた。
DSのタッチスクリーンによって新たな遊びが考案される
2004年のE3帰国後、青沼氏は、DSのハードウェアがトゥーンシェーディングをサポートしていると聞き、「4つの剣+」を作り終えたスタッフに、DS上でトゥーンシェーディングのリンクを動かすように指示。そして、DSの上画面にトゥーンシェーディングのリンクを表示し、下画面のマップに表示されるリンクをタッチして操作するバージョンが短期間でできあがった。
ただ、できあがったそのバージョンでは、直感的な操作が難しかったため、青沼氏は、下画面に3D描画のフィールド画面を表示させ、リンクを直接タッチして操作できるように変更の指示を出した。そして、改良バージョンをプレイし、リンクに直接タッチして操作できるというスタイルは、“世界にあるさまざまなものに触れる”というゼルダシリーズが過去から大切にしてきた感覚に直結するものであり、これこそDSでゼルダを作る最大のテーマであると青沼氏は感じ取り、リンクなどに直接タッチして操作するオペレーションをスタンダードにすべきだと考えたそうだ。
その後、敵をタッチして攻撃する“ロックオン剣振り”、ブーメランの飛行コースを直接ペンで書き込んだり、マップにメモが残せる、といったさまざまな新たな遊びが考案されていった。ここで、3Dのゼルダで初めて新たな遊びを取り入れることができたというわけだ。しかも、複雑な操作が必要なく直感的に扱えることから、青沼氏は、ゲーム離れを起こしている日本でも新たなユーザーを獲得できるのでは、と感じたそうだ。
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