ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。
前回、前々回と2回にわたり連載2周年企画として漫画家の岩岡ヒサエ先生、田中相先生のインタビューをお届けしてきましたが、今回からはまたいつものマンガ紹介に戻ります。次の3周年に向かって、これからもおもしろいマンガをたくさん紹介していきたいです。
さて、今回ご紹介するのはWebサイト「くらげバンチ」にて連載中、さかなこうじ先生のプロレスファンコメディ「俺のプロレスネタ、誰も食いつかないんだが。」(〜1巻、以下続刊/新潮社)です。

「俺のプロレスネタ、誰も食いつかないんだが。」(〜1巻、以下続刊/新潮社)→ バックナンバー
「マンガだけでなくプロレスまで守備範囲か」と思われそうなので先に書いておきますが、社主はプロレスのことはまっっったく知りません。アントニオ猪木とか蝶野正洋とかバラエティ番組に出てくる人は知っているものの、彼らがプロレスラーとして何を成し遂げた人なのかと聞かれるとチンプンカンプン。長州力より先に小力が浮かんでしまうバラエティ脳です。
ただ自己弁護するわけではないですが、社主と同じように「タレントとしては知ってるけど、プロレスは見たことがない。実績も知らない」という人は案外多いのではないでしょうか。その上アルファベット3文字の各種団体が、やれ旗揚げだ、やれ対立だとか動きが目まぐるしく、もはや素人にはついていけない閉鎖的な世界という印象すらあります。
そういうわけで最初にこの連載を知ったときは「なんでまたこんなマニアックなテーマを……」と思いながら読み始めたわけですが、更新されるたびに「プロレス、ちょっとおもしろそうやん……」と興味をかき立てられるようになっていき、そして今じわじわと洗脳させられつつあるこの気持ちを他の人にも味わわせてやりたいと企んで筆を執った次第です。
長年誤解していて本当にすみません
時はJリーグが始まった1993年。プロレスに情熱を注ぎ続ける中学2年生・虎山仁はプロレス雑誌を握る手をわなわなと震わせながら叫びます。
「長州のラリアット 天龍のパワーボム 何故誰もプロレスの話をしてないんだ!!!」
人気低迷によってテレビ中継が短縮されるなどプロレスが視聴者から遠のく一方、その試合内容が評判を呼び観客動員数は増加。プロレスが一般人からマニアの世界に移っていったのがこの時代でした。
そんなプロレスへの無関心を嘆く仁をさらに襲う「だってプロレスってやらせじゃん」という同級生の冷めた言葉と白い目。しかし虎は熱く言い返します。
「いいか! 攻撃をわざと受けてるんじゃない 避けないんだ」
「相手の力を9引き出して10の力で勝つ… これこそ 新日本プロレス総帥 燃える闘魂! アントニオ猪木の「風車の理論」だー!」
ここまで第1話冒頭のやり取りなのですが、この時点ですでに社主にとっては目からうろこでした。常々「K-1なんかと違ってプロレスって技を食らってもすぐに起きないし、これひょっとしてやらせなんじゃ……?」と思ってはいたものの、プロレスファンに言ったらブチギレされるレベルの禁句だろうと察して、これまで口にして来なかったのです。しかしその「避けないこと」こそがプロレスの醍醐味だったなんて……。プロレスファンのみなさん、長年誤解していて本当に申し訳ない。
たま子、どう考えてもプロレス大好きだろ!
クラスメイトの白い目をものともせず、この日も人気のない教室で長州力と天龍源一郎の大一番について熱く語り続ける仁。もはや読者すら置いてきぼりかと思いきや、彼の大演説を静かに聞いていた女子がひとり。
彼女の名前は東雲たま子。クラスでほとんど目立たない彼女がカバンに結んでいた紙テープが1983年8月31日、テリー・ファンクの引退試合に投げられたものだと見抜いた仁は、たま子がプロレス好きだと確信。これでもかと彼女にプロレストークを浴びせかけます。

大演説をぶちかます仁でしたが、結果は……
そして最後に目を輝かせながら「お前は誰のファンなのか」と問いかけた仁に対するたま子の答えは「プロレスなんて嫌い」という言葉&ラリアットのクリーンヒット。
その後も仁はめげることなく彼女の潜在的なプロレス興味を引き出そうとあれこれ手を尽くしますが、その都度彼女から返ってくるのは、無言の地獄突き、ニードロップ、エルボー、リバース・フルネルソンからのタイガードライバー。

ツッコミは地獄突き。お前絶対プロレス好きだろ!
「たま子、どう考えてもプロレス大好きだろ!!!」とつっこまざるを得ませんが、それでも彼女がかたくなにプロレス嫌いを言い続ける理由があるわけで……。そのあたりはぜひ本編を読んで確かめてみてください。
好きなことをひたすら熱く語るということ
さて、今回この作品を取り上げた理由は、そんなたま子ちゃんのチョークスリーパーを一度食らってみたいという個人的願望からではなく、自分の好きなことをひたすら熱く語る仁の姿に心打たれたからです。
「オタクは自分の得意分野に限ってやたらと饒舌になる」というのは割とよく聞く話ですが、経験上同じオタクの饒舌でもウザいと感じる場合と、逆にもっと話を聞いてみたくなる場合と両方あるように思います。
本作の仁の場合はもちろん後者で、正直なところ、毎回彼が語るプロレス界の伝説・逸話の1割も理解できていないにもかかわらず(欄外解説もほとんどなし)、それを読み飛ばそうと思ったことは一度もありませんでした。逆に何とか理解しようと何度も読み返したほどです。
それはなぜなのか。
おそらくそれは同じファンでも言葉の向かう方向が違うからではないでしょうか。深めた知識を同じファンの間だけで使い合うタコツボ世界の言葉と、少しでも外の世界につなげていこうとする言葉とではその受け取り方は必ず変わってきます。
簡単に言えば、どんなにニッチでマニアックな世界でも、本人が外に向けて本当に楽しそうにしていれば周りも「そんなにおもしろいならちょっと見てみようか」っていう気になるということ。仁のプロレス知識がひけらかすためのものではなく、あくまで楽しむ/楽しませるために使われているのも好印象な理由の1つでしょう。社主自身「彼がそこまでおもしろそうに話すなら」と、読後ネットで日本のプロレス史を調べてしまったくらいなので、それほどまでプロレスの魅力をアピールする引力を備えた作品だということでもあります。

「好きなものはそう簡単に手放しちゃなんねえんだ!」
人の心を動かすには理性と感情のそれぞれに訴えかける言葉が必要ですが、ことエンターテイメントに関しては細かな理屈は抜きにして「好きだあああああ!!!」という愛こそが人を動かすのではないかな、と。
まだ電脳世界で愛を叫ぶことができなかった1993年、リアル世界で愛を叫び続ける仁のこれからを温かく見守っていこうと思います。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
(c)さかなこうじ 2015/新潮社
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