ひとたび気づくと、なにやら違う光景が見えてくる……「意味がわかると怖い話」を紹介する連載です。

「悪魔への願い」
裕福な実業家の家に生まれたトーマスとアイザックは、仲の良い一卵性双生児だった。そろって名門大学で経営学を修め、ふたりで父親の会社を継いだ。
しかし、あるパーティで同じエヴァという女性に一目惚れしたことから、彼らの仲は急速に悪化した。彼女を巡って陰に日向に烈しく争い、1年後にエヴァがアイザックの妻となったことで決裂は決定的となった。トーマスは会社を去り、他社の重役に迎えられた。
5年後、アイザックの事業が順調に発展を続ける一方、トーマスは新しい会社の贈賄事件に巻き込まれて収監され、釈放されたのちも職に恵まれず、荒んだ生活を送っていた。
「会社に戻ってこないか」窮状を知ったアイザックが、ある日トーマスのもとを訪れ提案した。トーマスは左手の小指に嵌めた指輪を撫でながら、その申し出に感謝してみせ、共同経営者としての復帰に同意した。
内心では屈辱を感じていた。アイザックが自分を敗者とみなし、憐れんでいるのが言葉の端々から感じられたからだ。しかし、彼の施しをはねつける余裕はなかった。
『これをアンタにやろう。いつか力になってくれる』――
嵌めていた指輪は刑務所で出会った、黒魔術師を名乗る老人から渡されたものだった。指輪を握りしめ、願いを念じながら眠りにつくと、悪魔がそれを叶えてくれるという。
あいつが死ねば会社も、エヴァも、すべて自分のものになる――トーマスは毎晩、悪魔に願った。アイザックの心臓を止めてくださいと。
ある真夜中、夢うつつの中で墨で塗りつぶしたような黒い影が、トーマスに囁いた。
「――アイザックの心臓に呪いをかけた。おまえの願いは、3日後に叶えられる」
喜びとともに目を覚ました翌日、トーマスはさる資産家に投資話を持ち込むために、アイザックの運転する車で郊外の別荘地に向かった。
アイザックは商談について打ち合わせしたがったが、トーマスは上の空だった。こいつは3日後に死ぬ。ざまあみろ。
大きな破裂音とともに車体が傾いたのは、その時だった。何もない平坦な道で突然、タイヤの一つが弾けて脱落したのだ。そのままふたりの乗った車は横転し、分離帯の防護柵に突っ込んで炎上した。
トーマスは病院の集中治療室で目を覚ました。痛みは――というより、体の感覚がなかった。手足を動かしてみようとしても、力が入らない。朦朧とする頭では、それが麻酔か何かの影響なのか、マヒしてしまっているのかは判断がつきかねた。
「トーマス! 起きたのね」
優しい声がした。枕元に、エヴァが座っていた。
「丸2日、眠っていたのよ」
「……アイザックは?」
かろうじて、かすれた声を絞り出した。エヴァは困ったように笑い、トーマスの額に手を伸ばした。
「――彼はここにはいないわ。大丈夫だから。アイザックのことは気にしないでゆっくり休んで」
病院にいないだと? トーマスは驚いた。あんな事故にも関わらず、あの男は入院を免れたのか。……無事だったのに、俺に謝ろうともしないで、エヴァになだめさせようとしているのか。頭が冴えてくるとともに、苛むような鈍い痛みが彼の体を這い上がってきた。
トーマスは顔をしかめ、呻いた。エヴァが耳元ですがるように言う。
「落ち着いてトーマス。手術をしたばかりなんだから」
駆けつけた看護師が鎮静剤を投与するまで、トーマスは声にならない叫びを上げ続けた。
また夢で、真っ黒な影がトーマスに語りかけてくる。
「明日の朝には願いが叶う。今なら呪いを解くこともできるが……心は変わっていないな?」
トーマスは憎しみを込めて応えた。「ああ、あのクソ野郎の心臓を止めてくれ」
翌朝、異常を知らせるアラートに気づいた医師と看護師が、トーマスが死んでいるのを発見した。
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