スペイン南部で、約130年前にこの地から姿を消したヒゲワシ(Gypaetus barbatus)の古い巣から、中世時代の遺物が200点以上も発見されました。
古代の陶器片、鉄器、動物の骨などが巣の層の中に残されており、考古学者たちは12カ所の放棄された崖上の巣からそれらを確認。この研究成果は学術誌『Ecology』で発表されました。
山岳地帯の崖上の巣に眠っていたのは“時を超えた断片”
調査を行ったのは、スペイン・アンダルシア地方の研究チームです。2008年から2014年にかけて、ヒゲワシが絶滅して以来、手つかずのままだった巣を詳しく調べた結果、思いがけない中世の生活の痕跡が明らかになりました。
ヒゲワシは骨を主食とする珍しい猛禽類で、泥で羽をオレンジ色に染める独特の習性を持ちます。さらに、何世代にもわたって同じ営巣地に戻る習性があることでも知られています。
巣は枝や羊毛、骨などが幾層にも重なり合う構造で、100年以上放置されていた巣には、長年にわたって鳥が持ち帰ったさまざまな遺物がそのまま保存されていました。
骨や蹄、卵の殻、布片、さらにはクロスボウの矢や投石器まで見つかり、自然物と人間由来の人工遺物が混在していたのです。
鳥の営巣が生んだ天然タイムカプセルでは、草編みサンダルも発見
中でも注目を集めたのは、約650~750年前のものと推定されるエスパルト草の編みサンダルです。
地中海沿岸で自生する丈夫な植物「エスパルト草」は、中世では履物やカゴの素材として広く使われていました。崖の洞窟の乾燥した冷涼な環境が、このサンダルをほぼ完璧な形で保存していたのです。
さらに同じ巣からは、赤赭(あかさび)で染められた羊革の断片も発見され、これも数世紀前のものとされています。放射性炭素年代測定の結果、出土した遺物の年代はおよそ150年から675年前と判明しました。
これらの巣は、シエラ・デ・カソルラ(Sierra de Cazorla)など標高の高い岩場に点在しています。
『Science Alert』によると、ヒゲワシは金属などの人工的な素材を積極的に巣材として運び込むことが知られており、人間の生活圏で廃棄された物が巣に取り込まれることで、結果的に巣が“天然のタイムカプセル”となっていた可能性があるといいます。
また、一部の陶器には当時の南スペインで使われていた釉薬(ゆうやく)の痕跡も見られ、地域の交易や生活様式を探る重要な手がかりにもなっています。
ヒゲワシの巣は、考古学的価値だけでなく、生態学的にも極めて貴重な資料です。骨や卵殻、枝の層を分析することで、ヒゲワシの食性、地域の野生動物、そして数世紀にわたる植生の変化を明らかにできるといいます。
研究チームは、こうした知見が今後の保全活動や生態系研究に役立つ可能性を示唆しています。
自然が守った価値ある遺物は今後の貴重な資料に
19~20世紀にかけてヒゲワシは狩猟や生息地の破壊により激減し、スペイン南部では絶滅しました。
現在は再導入プログラムにより個体数が回復しつつありますが、『Archaeology.news』によると、地中海地域全体では依然として絶滅の危機にあり、現存する個体数はわずか250羽未満と報告されています。
今回の発見により、ヒゲワシの巣が過去と自然遺産をつなぐ“沈黙の博物館”だったことが明らかになりました。それは考古学的価値に加え、生態学的情報も得ることができる貴重な資料です。スペインの考古学者たちは、今後もヒゲワシの巣を通じて新たな発見が得られることを期待しています。
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