ねとらぼ
2025/12/23 18:15(公開)

【アニメノミライ・ねとらぼ支店】なぜ「傑作」が苦戦しているのか? 映画『果てしなきスカーレット』が陥った“巨大配給”という落とし穴

「初週の興行成績が、前作の4分の1にも届かない」

 関係者が目を覆ったであろう、衝撃的な数字です。

 この状況を知り、居ても立ってもいられず、筆者は公開2週目の週末に郊外某所のシネコンへと足を運びました。

advertisement

ライター:まつもとあつし

中学生のときに『王立宇宙軍 オネアミスの翼』をみてしまい、そこからアニメにのめり込む。そのまま大人になり、IT・出版・広告・アニメの会社などを経て、現在はジャーナリストとして取材・執筆をしながら、大学でアニメを中心としたメディア・コンテンツの教育・研究に取り組んでいる。ゲーム、特にJRPGやマンガも大好き。時間が足りない。
公式サイト:http://atsushi-matsumoto.jp/
X:@a_matsumoto


 ロビーはまだ興行が好調な『劇場版 チェンソーマン レゼ篇』を目当てにした若い観客の熱気で溢れていましたが、『果てしなきスカーレット』のシアターに入ると空気は一変します。

 決して「ガラガラ」ではありません。映画好きとおぼしき落ち着いた年齢層の観客で、座席の3分の1ほどは埋まっていました。しかし、200人以上が入るハコ(スクリーン)としては、やはりちょっと寂しい光景です。

 ネット上では、作中のキーワードになぞらえて「虚無」だとか「細田監督はもうダメだ」といった辛辣な言葉も飛び交っています。

 しかし、実際にエンドロールを見送った筆者の感想は真逆でした。

「え? すごく良いんだけど……」

 3DCGで描かれるキャラクターの造詣と丁寧に描かれる所作は素晴らしいレベルだし、シェイクスピアの『ハムレット』を下敷きにした重厚な復讐劇は、大人が唸る見応えがある。もちろんドラマ的な粗もあるのですが、それを上回って余りある映像美が随所にありました。

 筆者は上映中、スクリーンに没頭していました。むしろここ最近の細田作品のなかでは一番好きかも……。なのにどうして……。映画館をあとにしながらそんな思いを巡らせました。

advertisement

「いつもの細田作品」を期待した観客の戸惑い

 まず数字と体制を整理しておきましょう。

 2025年11月21日に全国300館規模で公開された本作。東宝とソニー・ピクチャーズによる共同配給という超大型体制で、制作費は推計25億円とも噂されるビッグプロジェクトです。

 配給側も本気でした。映画『国宝』などを手がけたエース級の宣伝プロデューサーを投入し、テレビスポットや街頭広告を大量投下する「王道のブロックバスター戦略」をとっています。

 しかし、初動ランキングはまさかの4位スタート。

 さらに過酷だったのはSNS上の反応です。中には「本当に劇場で観たのか?」と首をかしげたくなるような投稿も散見されます。誰かのつぶやいた「期待はずれ」という感想だけが一人歩きし、実際に観ていない層までがその言葉をコピーして拡散する――いわゆる「批判の再生産」が起き、負のバイラルだけが加速してしまったのです。

 なぜ、ここまでこじれてしまったのか。

 その要因は、作品の中身と「売られ方」の決定的な乖離にあります。

  • 【時期】:細田作品おなじみの夏休みではなく晩秋の公開(制作が遅れたことに加え、鬼滅のような他のヒット作の影響でスクリーンに空きがなかったとも言われます)。
  • 【映像】:手書きアニメ調ではなくフル3DCG中心。これまでの細田作品を象徴する透き通るような青空、躍動するヒロイン、ではなく、全体に暗く(延々死者の世界を彷徨うわけですから)、苦悩・痛みを感じさせる描写が続く。
  • 【内容】:爽快な冒険活劇ではなく、シェイクスピアの『ハムレット』を下敷きにした重厚な復讐劇。歌劇のようなセリフのかけ合いやキャラクターの立ち回りは観客に一定のリテラシーを要求する。

 本来であれば動員の中核を担うはずのファミリー層には、重厚な内容はそもそもマッチしません。一方で、この作品を本来“大好物”とするはずの「コアな映画ファン・アニメファン」には、マス向けの宣伝の中に情報が埋もれてしまい、その魅力が届いていない。

 「誰に売るのか」というターゲット設定と、実際の作品の性質がズレたまま、巨大な流通網に乗ってしまった──。配給側の「本気」が空回りし、不幸なミスマッチを生んでしまったことこそが、この苦戦の正体ではないでしょうか。

advertisement

宣伝の迷走と「正解のない問い」

 本作の宣伝プロデューサーは、あの大ヒット映画『国宝』などを手がけた東宝のエース・岡田直紀氏。岡田氏は『スタジオ地図15周年『果てしなきスカーレット』で挑む世界』(日経BP)収録のインタビューで、当初の宣伝コンセプトについて、過去作とは一線を画す「狂気」や「衝撃」を前面に出したと語っています。

画像:Amazon.co.jp

 しかし、公開が近づくにつれ、その方針は揺らぎを見せます。

 「細田監督というブランドイメージと合致しない」という懸念を払拭するためか、10月以降の予告編では一転して、『時をかける少女』や『おおかみこどもの雨と雪』といった過去作の映像を引用するスタイルへと切り替わりました。

 「『時をかける少女』から19年」というコピーを添え、主人公を「運命を切り開くヒロイン」の系譜として紹介する。

 従来であれば、これはファンを安心させる定石です。しかし今回は、この「あとから付け足された安心感」が、逆に観客を混乱させたのではないでしょうか。

「新しい挑戦(衝撃)なのか? それともいつもの感動(安心)なのか?」

 メッセージがブレたことで、観客は「何を期待して劇場に足を運べば良いのか」が分からなくなってしまった。「意欲作なのに初週からガラガラ」という状況は、作品の中身そのものよりも、その魅力がうまく伝わらなかった結果、観客が足踏みしてしまった──その結果だったように思えます。

「狭く濃く」が熱を生む――『空の境界』と『この世界の片隅に』の教訓

 では、どうすればこの「難解な良作」を正しく届けることができたのでしょうか。ここで、あえて「規模を絞る」ことで熱狂を生み出した過去の成功例を振り返りましょう。

 その代表例が、2007年に公開されたufotableの出世作『劇場版 空の境界(第一章)』です。

 当初はテアトル新宿のみの「単館公開」でした。しかし、そのクオリティと作家性に惹かれたファンが殺到し、レイトショーにもかかわらず連日満員札止めを記録。わずか1館での公開ながら、4週間で動員約2万人という記録的な数字を叩き出しました。

「チケットが取れない」「すごい熱気らしい」

 この事実がファンの飢餓感を煽り、結果的にDVDは累計枚数10万枚を超える大ヒットシリーズへと成長しました。

 また、2016年の『この世界の片隅に』では、そこにクラウドファンディングとSNSによるバズという要素が加わります。当初の公開館数はわずか63館。初週の興行ランキングは10位でしたが、満席の劇場が続出したことでSNSでの口コミが爆発しました。

 「見られない地域があるなら私が呼ぶ」とファンが配給を手伝うような動きまで生まれ、テレビ・新聞にも話題を提供し続け、最終的には累計動員210万人、興行収入27億円、公開館数は480館以上にまで拡大するロングランヒットとなりました。

 これらに共通するのは、「劇場のキャパシティ」と「ファンの熱量」が釣り合っていた(あるいは熱量が上回っていた)」という点です。「満席」という光景は、それ自体が作品の価値を高める広告になるのです。

大きすぎた「東宝の器」

 もし本作が、テアトル系や単館・ミニシアターを中心とした規模での公開(数十館スタート)を選んでいたら……。「細田守が挑んだ、硬派なアートアニメーション」として、映画好きが連日劇場に詰めかけ、「傑作なのに見られない!」という嬉しい悲鳴がSNSを埋め尽くしていたかもしれません。

 しかし、一つの厳然たる制約条件があります。本作は、制作費だけで推計25億円が投じられたとも言われる超大型プロジェクトです。回収ラインを考えれば、全国300館規模の大規模公開(ブロックバスター戦略)以外に選択肢がなかった、というのが実情でしょう。

 ここに、今回のジレンマがあります。

 作品の中身=企画やコンセプトは「じっくり育てるべき意欲的な良作」であるにもかかわらず、プロジェクトの規模がそれを許さず、初速からロケットスタートを求められる「マスの土俵」に上げざるを得なかった。

 ビジネスとして回収しなければならない要請と、新機軸に挑戦したい作家にどんな「適切な場所」を用意できるかというプロデュースのバランス。この両者の間で、「器(配給網)」と「中身(作品性)」のミスマッチが起き、不幸な空席を生んでしまったと言えます。

「興行成績」だけで価値を決めないために

「大作監督だから、次も全国300館でやらなければならない」

 これが前提となったことで、結果として野心的な良作の足を引っ張ってしまったのだとしたら……これほどもったいないことはありません。

 例えば、スタジオジブリの宮崎駿監督が、実験的な短編作品(『毛虫のボロ』など)を「三鷹の森ジブリ美術館」という“閉じた場所”で公開しているように、作家性の強い作品には、それにふさわしい「場所」と「サイズ」があるはずです。また、各地で開催が続くアニメ映画祭などを活用し、商業的な興行に乗せる前に作品の「熱」を高める仕組みも、もっと活用されていいはずです。

(2025年12月に初開催となった「あいち・なごやインターナショナル・アニメーション・フィルム・フェスティバル」では、細田作品もフィーチャーされた。画像はhttps://aniaff.com/より引用)

 日本のアニメが世界で評価される今だからこそ、ビジネス側も「マスの論理」一本槍ではない、多様なエコシステム・選択肢を持つべき時期に来ているのではないでしょうか。もちろんファンの側にも大作監督の「新機軸」を受け止める器量が求められると思います。それこそが、日本のアニメをこんなに多彩な世界にしているのですから。

 興行成績という数字だけで、この作品の価値が断じられてしまうのは忍びない。劇場からの帰り道、筆者はそう願わずにはいられませんでした。良い作品なのでぜひ皆さん見てください。

まつもとあつしさんの連載記事を見る

まつもとあつしさんの連載

※本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Copyright © ITmedia Inc. All Rights Reserved.

求人情報