カプコン稲船氏が正しい壁の越え方を教授――デジタルエンタテインメントアカデミー入学式

デジタルエンタテインメントアカデミー入学式において、カプコン常務執行役員 開発統括本部長 稲船敬二氏による新入生に向けた講演が催された。稲船氏は将来のゲームクリエイターたちに“目標”の持ち方をレクチャーする。

» 2007年04月05日 17時17分 公開
[加藤亘,ITmedia]
カプコン常務執行役員 開発統括本部長 稲船敬二が、新入生たちにエールを贈る。稲船氏の夢はカプコンを世界一のゲーム会社にすることと、確かにでかい!

 4月5日、平成19年度のデジタルエンタテインメントアカデミー入学式がセンチュリーハイアット東京を会場に行われた。入学式では、カプコン常務執行役員 開発統括本部長 稲船敬二氏が招かれ、新入生に向けた講演が催された。

 デジタルエンタテインメントアカデミーは、1991年にエニックスゲームスクールとして設立され、その後現在の校名に変更。多くのゲーム企業が主旨に賛同し出資に名乗りを挙げ、ゲームクリエイターの育成に貢献している。今年は第16期生を迎えての入学式となった。

 これまでデジタルエンタテインメントアカデミーの入学式では、ゲーム業界で活躍するゲームクリエイターや経営陣を招き、これからゲームクリエイターとして学ぶ新入生にエールを贈るのが恒例となっている。昨年はスクウェア・エニックスの橋本真司氏が、そして一昨年は、同じくスクウェア・エニックスの「グランディアIII」チームが登壇したのは記憶に新しい。

 稲船氏が今回、ゲームクリエイターとして希望を抱く新入生のために「次世代機に見るゲームの将来」というテーマを掲げている。しかし稲船氏は、まずこれから学ぶゲームクリエイターの卵たちに、“夢”と“目標”の違いを明確にするべきだと解く。目標とはやろうと思えば手が届くものを言うのであって、夢とは現状ではまだ到達できないことを差す。ゲームクリエイターとして、デジタルエンタテインメントアカデミーに入学した限りは、ゲームクリエイターを夢とはせずに目標としてほしいと生徒に呼びかける。夢はもっと大きく持つものなのだ。だからもし、夢として持つならば世界を代表するクリエイターになるくらいの気概が欲しいというわけだ。

 稲船氏がこう話すのも、ゲームクリエイターに憧れて入学したはいいが、挫折していく人も多いからに他ならない。まずは目標をクリアしていく姿勢が、その後の夢へとつながるのだと理解してほしいと語る。

 「だから、ここを辞めないことを目標に、今の希望に満ちた気持ちを持ったまま諦めないで、地道に勉強し知識を得て、できることならカプコンに入社してくれることを切に願います」と、入学にあたっての祝辞とした。

 ここからが本題で、まず稲船氏は自身がカプコンに入社したいきさつを振り返る。稲船氏がゲームの魅力に取りつかれて入社して20年、当時はグラフィックデザイナーとして活躍していた。そもそも入社試験の時期が、同じく関西に会社があったコナミよりも早かったためにカプコンを選んだというのだが、グラフィックの仕事をしたいと専門学校に通い、自分が書いた絵を世の中に知らしめたいと思いが強かったのだとか。

 今ではこうして上に立ってはいるが、ここに至るまでには多くの障害や壁があったと、結果論ではあるがと前置きした上で話を続ける。稲船氏によると、企業の論理や市場の状況などの壁を乗り越えるテクニックは数々あれど、最終的には「根性」と継続する気持ちが大事と改めて説く。

 企業の論理とは、企業はどうしても利益を追求しなくてはならないという点だ。利益を追求するためには、面白いゲームではなく売れるゲームを作らないといけない。クリエイターの面白いと思えるものと一致すれば幸福なのだが、自分の意思に反して売れるゲームを作らざるをえない場合がある。

 こうした論理が働くと続編至上主義が横行すると稲船氏。続編が悪いわけではないが、例えば新ハードが登場したのに、続編ばかりというのでは寂しいではないかというのだ。

 「リスクヘッジの観点からも、続編に傾くのは仕方がないのだが、新ハードを購入したユーザーが求めるのは、新ハードだからこそできるソフトであり遊び方で、続編ではないはずだ」(稲船氏)

 ゲームは敵を倒して進む内容のものが多い。カプコンで例えれば「バイオハザード」シリーズであればゾンビであり、「モンスターハンター」シリーズであればモンスターたちであり、基本的には何かと戦うことでゲームになっている。これは、現実社会でも同じで、ゲームを作る時にも戦わなければいけない時があると教示する。

 稲船氏曰く、戦うのと逆らうのとは違う。納得がいかなければ話し合ったり、納得する方法を提示することで、勝利しないといけない。ゲームなどのクリエイティブなものは、「上から降りてきた仕様書であっても、疑問に思うことがあれば間違っていると言わなければいけないし、そうした提案には新人もベテランも関係ない。発言していくことが大切なのだ」と、自身の経験に則って振り返る。

 稲船氏は、グラフィックデザイナーとして入社してからすぐにロックマンを担当した。仕事量に対して報われないという思いも少なからずあったが、諦めずに発言していったのだそうだ。当時、グラフィックデザイナーの地位はそれほどゲーム業界でも高くはなく、稲船氏自身も待遇面に関して不満を持っていた。事実、部長職への昇進は当時としては望めないと思われていたが、そこで“目標”を持ち、グラフィックの仕事をこなしながら、とりあえず部長職を目指すことにしたのだとか。

 以来、他の仕事にも口を出し、率先して企画も立て、プランナーの代わりにプログラマーとの交渉に立ち、仕様書の書き換えも買って出た。普通、ジョブチェンジをして上に行くところを、チェンジしないという選択肢を選び、1995年にカプコンがプロデューサー制に移行する前後に、とりあえずの目標をクリアしたと学生に熱く語りかける。

 「これから学生として学んでいく際にも壁は出現します。嫌いな人も出てくるでしょう。しかし、グラフィッカーとして先がないと思われてもそれを乗り越えたように、皆さんも壁を乗り越えて行ってほしい」と、壁への対処方法で無理だからと避けるのではなく、乗り越える覚悟を持てと喝を入れる。

 ここで稲船氏は会場の学生に「夢は金持ちになること」と思っている人は挙手するようにと促す。稲船氏は一刀両断とばかりに、そんな夢を持つならば、ゲームクリエイターにならないほうが手っ取り早いと切り捨てる――「ゲームクリエイターはゲームを作りたいからなるもの」なのだ。

生徒からの質問に答える稲船氏。「ゲームクリエイターはモテますか?」という問いに、「ゲームクリエイターがうんぬんというよりも、いい人間がモテる」として、ゲームクリエイターがダメになる要因が、地位の向上により付き合いも増え、キャバクラなどに行くようになることと説明する。稲船氏曰く、きれいなお姉さんは、ロックマンは知らなくてもバイオハザードなら知っており、モテたい一心でみんなバイオハザードみたいな、メジャーでキャバ嬢が喜びそうなものを作ろうとするのだとか。これではゲーム業界に未来はないと稲船氏は、「モテるモテないではなく、いい仕事ができる人間がモテると思いたい」と答えた

 しかし、人間はいつしか変わるものだと、長い人生経験から稲船氏は苦言を呈する。ゲームクリエイターが2、3年経験を積むと、こんなに能力があって仕事をこなしているのに、なぜこうも報われないのか? と、待遇面などで迷いが生まれるのが大半なのだそうだ。そうした時に甘い誘いに乗って他社に飛び出したりする人間は、よほどしっかりとした意思を持っていない限り、往々にして失敗すると断言する。

 「他者と比べたり、待遇でうらやましいと思うこともあります。僕もカプコンに入社した最初の冬のボーナスの際、同期と比べて少なかったことに憤慨し、辞めてやると思った時もありました。でも、周囲は見ないほうがいい。比べてばかりいるのではなく、まず自分のスキルに目を向けるべきで、どう動くのかを考えるべきなのです。周囲のレベルが低いからと安心するのではなく、そこから奮起する志が必要なのです」(稲船氏)

 稲船氏は当時からのチャレンジ精神で、最近ではXbox 360という新ハードを前にして、「ロスト プラネット」と「デッドライジング」の2つのタイトルを立ち上げた。会社を説得し、周囲の酷評を気にもせずに、ただ面白いと思うものを世に送り出そうと踏ん張ったと、クリエイターとしての意地だったと説明する。これからは日本だけではなく、海外にも目を向けるべきとも。

 稲船氏は、失敗を許されない時ほど、大胆にやるし、金もかけるという信念を持っていると明かす。後には引けない状態にして、自分にプレッシャーをかけるのだという。こうして発売後の評判や販売状況を聞いた今、自分の考えは間違いではなかったと胸をなで下ろしているのだとか。どうやら「デッドライジング」の続編という話も動いているらしく、稲船氏は言葉を濁しながらも、否定することもなく不敵に笑って見せた。

 稲船氏は改めてここで、新入生に今後立ちはだかる壁を越える覚悟の必要性を訴える。その壁は目に見えない分かりにくいものや、自分の知識や尺度で壁を作ってしまう場面もあると注意を促す。この壁を越えるものが“目標”であり、目的と締めくくる。稲船氏も後から続くゲームクリエイターのためにも、なるべく壁を低く、いい作品をのびのび作れるような環境を作るよう心がけているという。

 最後に稲船氏は、この言葉を学生に贈り講演を終えた。

 「学ぶことを辞めず、ゲームクリエイターという目標に向けて、一歩一歩乗り越えてくれることを期待しています。そしてさらに先にある夢に向かって進んでくれることを祈っています。僕自身、昔から“夢”がありました。まだ手は届かないのですが、カプコンを世界一のゲーム会社にしたいと思っています。世界一にする夢のためにも、君らのような若い発想力ある人材が必要なのです。そのためにも学校卒業して、自分たちの目標を達成し、できることなら一緒にゲームを作っていきたい」

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