ボカロ小説で「普段はできないことを全部やりました」 ネット育ちの文芸作家・木爾チレンさんが「蝶々世界」で描いたもの(3/3 ページ)
「中高生時代に『神』と呼ばれてました(笑)」――インターネットで小説を書き始め、やがて文芸の世界に飛び出した一人の若手作家はボカロ小説「蝶々世界」で再びインターネットに出会った。
文芸ではできないことを全部やりました
――そういう意味ではこの小説も、BL、百合、乙女ゲー風の男が出てくる恋愛話、男の娘……というふうに、最近の女の子向けの物語カルチャーの総ざらい的な感じになっていますね。
木爾 文芸ではできないことを全部やりました。もう二度とこういう機会はないかもしれないと思ったんです。
こういう設定が私は大好きなのですが、やはりこれで文芸作品を書かせてもらうのは難しいです。例えば、「美少女」のキャラが好きなのですが、「美少女は感情移入できないから、もっと個性的なキャラクターを書きましょう」とアドバイスされたことがあって、その言葉に「えっ」と驚いたことがあります。
――やはり、木爾さんは現代のキャラクター文化にある物語に強く影響を受けてきた人なんですね。
木爾 もちろん、私の作る物語がまだまだな部分も多いので、反省はしていきたいです。
あと、文芸誌ではできないこととしては、見開き2ページでニコニコ動画のコメントを書いた箇所が今回あります。
まとめサイトとかで「なんだこれwww」とか言われるイメージですよね。実は塩貝さんが参考として送ってくださったボカロ小説の中で一番面白かったのが、デッドボールPさんが書いた「俺のボカロが妹になりたそうにこちらを見ている」(一迅社)だったんです。「なんやこれ、ホンマに自由やなあ」と思って(笑)。
他にも顔文字を小説の中で使ったり、線を多用したり、そういう普段は絶対に許してもらえないことがたくさんできました。
――変な話ですが、ボカロ小説のような場所でこそ自由なテクスト表現が可能になってしまっているということですよね。でも、まさに木爾さんがティーンの頃にネットで人気を得ていた創作って今回の小説に近いんじゃないですか。
木爾 そう! そうなんですよ。ネットならではの表現はあったし、この物語も「夢小説」なんかの延長線上にある気がしますもん(笑)。今のボカロ楽曲でも、HoneyWorksさんの歌詞なんかは、そういうところがありますよね。
ただ、もちろんガチガチに固められた中で、美しい文章を書くような文芸の世界も大好きなんですよ。そこでしか表現できないものもあります。次の作品はまたそういう作品を書くつもりです。
塩貝 たぶん、今回のような作品を文芸で出すのは難しいでしょうし、ラノベでも難しい気がします。レーベルやジャンルの問題はあると思うんです。ただ、私にとっても実はこの作品は挑戦でした。やはりキャラクターを全面に押し出していないので、それを好む層の方がどう思うかは気になるところです。
蝶々Pが小説からイメージした楽曲を作ることに
――ボカロ小説を書いてみて面白かったことはほかにありますか。
木爾 ボカロ楽曲を小説にする行為が、単純に面白かったです。すごく自由に表現できるのも良いところです。それは、蝶々先生の歌詞のおかげかもしれませんが、良い媒体だなあと思いました。
あと、絵師のriria009さんがいて、蝶々Pがいて、私が小説を書いて……そんなふうにみんなで作るのも新鮮でした。普段の文芸小説って孤独な一人の作業なので、本当に楽しかったです。しかも最後には、蝶々Pにこの作品をモチーフにした新曲も作って頂けましたしね。ファンからすれば家宝ですよ。
塩貝 編集者としてもうれしかったですね。ボカロ楽曲からでき上がった小説が、今度はボカロ楽曲の世界を豊かにしていくわけでしょう。
――そういう創作の連鎖は、ボカロ本来の魅力でもありますよね。今日は、本当にありがとうございました。ちなみに、昔の“黒歴史”を聞きすぎた気がするのですが……大丈夫ですか。
木爾 ジャンルさえ書かなければ大丈夫ですよ(笑)。
それに、私の中ではメルマガで小説を書いていたのは、今でも誇らしいことなんです。実は、今回のボカロ小説を書くまで、周囲のススメもあって、ずっとそういう趣味を隠してきました。でも、これを機に「もういいや」って思いました。だって、面白くないじゃないですか。もう最近は、自分のTwitterでは丸出しでやってますが、すごく楽しいです。
だから、これからは百合やBLみたいなのも、どんどん書きたいです。もし興味を持っていただけた編集者の方がいたら、ぜひご連絡ください(笑)。
稲葉ほたて(@jamais_vu)。ネットライター。サークル「ねとぽよ」主催者の片割れ。サイゾー、PLANETS等に執筆。ネット周りの話をいろいろ書いてます。
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