【インタビュー】祝・完結!『甘々と稲妻』雨隠ギド 「まるで親戚の子どもが増えたようでした」
最終巻発売を記念して、作者である雨隠ギド先生に連載を振り返っての思いをうかがいました。
妻を亡くし、ひとり娘のつむぎと暮らす高校教師・犬塚先生と、教え子の女子高生・小鳥の三人が一緒にご飯をつくって食べるお話『甘々と稲妻』。
それぞれ悩みを抱えていた三人の周りにはいつしか個性豊かで優しい人たちがたくさん増え、「good!アフタヌーン」2019年1月号を持って約6年の連載を終えました。そして2019年2月7日、待望(でも、寂しくもある)の第12巻が発売になりました。
完結後すぐに掲載された番外編や、さらにその後のストーリーを含む書き下ろしマンガなど、相変わらずつむぎちゃんにめろめろになり、賑やかで美味しそうな食事シーンにほっこりしつつも『甘々と稲妻』キャラとの別れが惜しくなる充実の内容です。
コミスペでは今回、最終巻発売を記念して作者である雨隠ギド先生に連載を振り返っての想いを伺いました。雨隠先生にとって、『甘々と稲妻』という作品は何だったのか? 一つの区切りを迎えたいま、物語の始まりから振り返ります。
(取材・文:八木あゆみ/編集:八木光平)
まるで家庭の献立を組み立てるように、物語とメニューを決めていった
── まずは完結、おつかれさまでした。連載が終わったいまの率直な気持ちを教えてください。
雨隠ギド先生(以下、雨隠と敬称略):まずは終わってほっとしているのと、ここまではやりたいと思っていたところまでほぼ全部できたので、良かったという気持ちが強いですね。ただ、単行本が出るまでは実感が薄くて、わたしの中ではまだキャラクターが頑張ってくれている感じです。
あと、週末に料理監修に入っていただいた調理師の帯刀陽さんとの打ち上げがあるんですが、めちゃくちゃ協力していただいて、本当に、本当に頭が下がると言いますか……。
── 毎号のストーリーとご飯は、どのような流れで決めていましたか?
雨隠:ストーリー先行で、この話にはこういうご飯が作りたいという視点と、単行本の一冊通しで見て、和食だけにならない、デザートが連続しないといったバランスは見ていました。
それから、自分たちはこんな家庭料理を調べたけど、調理師さんの方で提案があるならお聞きしたいと、取材のようにやらせて頂いていました。調理師さんにはつむぎと同じくらいのお子さんがいらっしゃったので、つむぎに喜んでもらえそうなメニューという視点で意見を伺うこともありましたね。
── 雨隠先生も編集も調理師の方も、みんなが親のような目線でつむぎに何を食べてもらいたいかを考えているんですね。「洋食が続いたから今日は和食にしよう」と、まるでとある家庭の一週間の献立を見ているみたいです。
雨隠:なるほど確かに(笑)。つむぎが割と後半は何でも食べてくれる子になりましたけど、それは最初の方で苦手な食材も出して反応を見ていたからです。この子はこうしたほうが食べやすくて好きだよなぁといった意識が増えていったのかなと思います。
── これまで色々なジャンルを描かれている中で、女子高生と子どもとそのお父さんの3人がご飯を食べるというストーリーはどんな流れで決まりましたか?
雨隠:『甘々と稲妻』の前から担当編集さんとお付き合いがあり、「good!アフタヌーン」創刊のタイミングで声をかけていただきました。書きたいものは何だろうと話をした時に、こういうキャラを書きたいという話が盛り上がって……そこから始まりましたね。
キャラとしてバラバラな3人をつなぐものが欲しくて、例えば部活や音楽など、3人にやって欲しい事をいくつか考えました。わたしが食べることが好きということもあって、最終的に料理をしてもらうことにしました。
── ご自身でもよく料理はされるんですか?
雨隠:あんまりしないんですよ、それが(笑)。食べることは大好きなんですけど……。レシピを見てつくれる気になって読まずにつくって、途中で出てくる謎の調理器具に慌てるタイプです。
担当編集:最初にお会いしたのは2008年ぐらいで。半年に一度くらい一緒にご飯に行っていたんですが、美味しいってリアクションがすごいんです(笑)。すごく美味しそうに食べますよね? 雨隠さん。
雨隠:(笑)恥ずかしい~!
担当編集:この人だったら調理シーンを美味しそうに書くだろうなあと興味がありました。わたしと雨隠さんと、もう一人の担当編集の中でも一番反応がいいし、些細なことでも反応が濃くて、材料にもすごく興味があるみたいなんです。それにわたしも食べることが好きなので、取材にかこつけて美味しいものを食べに行けるなんて下心も(笑)。
あとは、社内の子供がいる編集者にインタビューもたくさんしました。娘さんの自慢話を浴びるように聞き、何が苦手だとかも伺いました。6話のピーマンの器でグレープフルーツジュースを飲むアイデアもパパ編集者に教えてもらいました。娘さんの動画を見せてもらって、子どもの動きを観察したりもしましたね。
── 作中の料理の難易度もどんどん上がっていきましたね。
雨隠:わたしたちも初心者なので、初心者目線を忘れないようにしようという話はしていましたね(笑)。
担当編集:魚をさばく回に向けて、みんなで調理師さんのお宅で一緒にさばいたのですが、素直な感想がマンガに活きていると思います。
物語のテーマは「成長」
── 『甘々と稲妻』の物語全体のテーマを一言で言うと、何だと思いますか?
雨隠:三人をつなぐものがご飯だったので、子どもとご飯という組み合わせなら育っていく過程は外せないなと思っていて……テーマは「成長」かなと思います。
── 確かに成長という言葉はすごくしっくりきますね。最終回のご飯のメニューは土鍋ご飯でしたが、最終回を見てから第一話を見ると、みんなの成長具合を感じました。
雨隠:ご飯で始まったのでご飯で締めたいねっていう話はしていて。最終回はつむぎにご飯を炊いてほしいと思っていました。品数とともに人も増えましたね。
── 特に印象に残っているエピソードは?
雨隠:何回も話し合った第1話はかなり印象に残ってますね。
あと初めて二人が離れる修学旅行回。つむぎは田舎へ、先生は修学旅行へ。金沢に取材も行きましたし。
担当編集:実際に金沢でお菓子作りの体験とかもしましたね。
雨隠:『甘々と稲妻』って年代を特定したくなくて、実は作中もずっとガラケーなんです。ただ、金沢で新幹線を描いちゃったので、割と現代になりましたね(笑)。あとは海に行った10巻のおでん回も印象深いです。舞台が家ばかりになりがちなので、たまには外に行くシーンが欲しくて。海が描けてよかったです。
この回の少し前に、「たまには、まったく違う場所で打ち合わせをしよう!」ということになって、鎌倉に行って海岸を歩きながら途中でドーナッツを買って打ち合わせをしたんです。だからそのイメージもあって……寒い時期の海って、いいなあと。
担当編集:鎌倉を歩いたのが確か7巻の親子丼の回の時で、みんなでぶらぶら歩きながら地獄が怖かった思い出の話をしていたんです。
親子丼の回はつむぎが犬塚先生に天国と地獄について尋ねる回なのですが、「人は死んだらどうなるんだろう」って考えたり、親が死ぬのを想像して泣いちゃったりした小さい頃の記憶、ありませんか? つむぎはお母さんを亡くしてるので「お母さんはどうなっちゃったんだろう」と考えちゃうだろうって話をしていたんです。
── では、『甘々と稲妻』を描くうえで、大変だった点は?
雨隠:打ち合わせや取材を重ねて、料理の工程や書きたいストーリーを出して、いざネームにすると、要素が多いマンガなのでめちゃくちゃ膨らんでしまうんです。それを縮めて構成するのがちょっと大変でしたね。特に初期はわたし自身も料理が面白かったので、調理シーンを増やしがちで。
── 先生自身も料理の楽しさに目覚めたんですね。
雨隠:その楽しさを全面に出したくなってしまって、でも調理工程を全部入れると書きたいストーリーが圧迫されて、結果真っ平らな話になってしまい何回かつまずきました。切らなきゃいけないところを捨てられない気持ちが自分の中にいつまでも残ってしまってたんですよね。
でもその度に担当さんが「ここは切りましょう」としっかりと提案してくれたんですよね。特に後半は指摘されるなと思いつつも出しちゃうこともありましたが(笑)、そうやってちゃんと言ってもらえると決断できるので、ありがたいなと思いました。
── 作家と編集者の間の信頼感がありますね。
雨隠:おでん回も、海では見開きにしましょうって推してくれたんです(笑)。
見開きはページ数的になかなか勇気が出ないんですけど、すごく前のめりに提案してもらえたので、決断しました。
担当編集:調理工程とキャラクターのドラマのバランスは本当に難しかったですね。ドラマを優先しているので、『甘々と稲妻』って実はマンガを読んでいるだけでは行程的につくれない料理もあって、調理シーンをバッサリ切っていることも多いんです。あとはキャンプ取材、大変でしたね。
雨隠:調理師さんに教えていただいたパンの発酵や時間で、実際にキャンプ場でできるかどうかをやりたくて、キャンプに行きました。
到着したらちょうどを発酵しているぐらいになるように見越して、タッパーに入れて合流して行ったんですけど、すごい雨が降ってしまって……。でも美味しく焼けましたし、楽しかったです!
親戚の子どもを見守ってるみたいだった
──タイトルの「甘々」と「稲妻」は何だったと思いますか?
雨隠:実はそれぞれ「甘々」と「稲妻」なのではなくて、甘々が稲妻にかかるんです。柔らかい、優しい、甘いみたいな言葉に、衝撃とかのイメージを言葉にした感じで、美味しいものを食べたときの感動とか。
担当編集:単行本カバーの英文は「amaama & inazuma」となっているんですけど、本当は「甘々とした稲妻」なんです。語呂がいいので & にしちゃったんですけど。
雨隠:人と触れ合った時とかびっくりするような感情とか、初々しい驚き……優しいけれど新鮮な感覚を言葉にできたらいいなと。ただ、そこを意識して読んでもらいたいわけではないので、今でも捉え方は皆さまのお好きにどうぞとは思っています。
── 個性豊かなキャラクターがたくさんいましたが、キャラクターたちが先生に与えてくれたものとは?
雨隠:身内の子供を追っている気分になってきて、新しい親戚が増えたような感情が生まれました。話が進むにつれてつむぎの背をちょっとずつ高くしているんですけど、「大きくなったね~」なんて思ったり。
だから番外編で急に中学の制服を着せると、親戚のおばさんみたいに「もう中学生なの!?」なんてもらしちゃったりして、自分はマンガと距離があるタイプだと思っていたので、想定外でした。
キャラクターにはわたしの知らない部分があると言うか、他人事みたいなところがあるんですけど、つむぎはそれにプラスして、悪い遊びをしないでね、部活は何に入るの? なんて目線が自分に生まれたのは面白かったです。
表紙の背景にあるストーリー。こだわり抜いた単行本表紙
担当編集:それにしても『甘々と稲妻』って、読者の方の目線もあったかくて、本当にめぐまれた作品だなと思います。1巻をだすときに、書店員さんに先にゲラ(試し刷り)を送って、応援コメントをいただき単行本の帯にも載せさせていただいたのですが、熱がすごくって。
雨隠:担当さんが「甘々新聞」みたいなのを自分でつくって、書店さんにFAXを流してくださったりしてたんですよ。ありがたい……!
担当編集:わたし実は書店で働いていたこともあるんですけど、現場の編集者の声があった方が、作品を応援したい気持ちになったので。それこそわたしと雨隠さんとの出会いの話を書いたことも(笑)。
あと、デザイナーさんにも辛抱強くやっていただきました。『甘々と稲妻』の装丁を手がける名和田耕平さんは、絵をリテイクしてくださるデザイナーさんなんです。
1巻のときも手の大きさや目線、顔の向きなど細かく話にあがりましたね。そもそも表紙に誰を書くか? という段階から一緒に話しました。わたしは「3人の話だから、1巻は絶対3人が表紙にいた方が良い」と思ってたんですよ。背景もありがいいと思っていて。ただ名和田さんも雨隠さんもピンと来てないみたいで。
担当編集:わたしが最後までしつこく3人を推していたら、名和田さんが「これは3人が家族になっていく話だから、3人が並ぶのは最終巻でいいんじゃないですか」とおっしゃって。「なるほど……!」と納得しました。
── あ、最終巻の表紙で初めて3人が並ぶんですね!
雨隠:そうなんです! 1巻のカバー絵を決めるときは、わたしは背景なしでキャラをバーンと書きたくって、それだけ通ればいいやって思ってました(笑)。
担当編集:名和田さんってゲラもしっかり読んでくれて、提案もたくさんしてくれるんです。元気な作品なので、しっとり落ち着いているよりも絵に動きがあったほうがいいとアドバイスもいただいて。特に1巻のカバーはかなり何パターンも出してやり取りをしましたね。
── 文字の配置も全巻違いますよね。
雨隠:そうなんですよ! 色も一冊ずつ違うんですがやっぱりデザイナーさんすごい! って。並べてもいいし、置いた時もしっくりくるけど、題字が負けていない。
担当編集:1巻の時は知らない読者が見た時に、稲甘妻々って読んでしまうのではと心配になって、稲妻の位置を少し下げませんかと言ったら、「それは……ちょっと……ナシです」と言われました(笑)。
雨隠:わたしはそこはあまり気にならなかったんです。パッと見で分かりやすいのも好きですが、引っかかりから、どういう意味だろうってきっかけになるものもいいかなと。
担当編集:あと、7巻のカバーもすごく大変でした。実は、つむぎのソロじゃなくてつむぎと先生のツーショットで描いて頂いてたんですけど、なんだかしっくりこなくて。
そしたら名和田さんからソロでどうかと提案があって、ちょうど幼稚園を卒業する回だからと、雨隠さんがこのラフを切ってくださいました。この表紙イラストは記念写真で、つむぎの目線の先にちゃんと先生がいて、「ひとりだけどひとりじゃない」感じが伝わってきて、すごい!と思いました。
── どの表紙がお気に入りですか?
雨隠:えー、全然決められない! 8巻の表紙はソロに見せかけて、開くとちゃんとカバーそでに犬塚先生の顔がでるようになっているのはいいですよね。
担当編集:犬塚先生の顔は普通に表紙に入ってくると思っていたのに、デザインで見切れていて。これ、むっちゃいい! ってテンションがあがりました。
『甘々と稲妻』は、本当にみんなに助けられた作品だった
── 雨隠先生が影響を受けたマンガ、オススメのマンガは?
雨隠:わたし小さい頃からりぼんっ子、ジャンプっ子で……小学生の頃は谷川史子先生、岡田あーみん先生、池野恋先生などが大好きでした。あと2歳下の弟もいたので、少年マンガもたくさん読んでいて、『スラムダンク』、『幽遊白書』、『ジョジョの奇妙な冒険』、『ワンピース』なども……今でも好きでよく読んでいます。
実はちょっと前、マンガと距離をとっていた時期があってしばらく買っていなかったんですが、最近はそれが嘘のように、電子書籍ですぐ買っちゃっています。
最近は「アフタヌーン」で連載している『スキップとローファー』が楽しみです。高校生がすごく可愛くて! 無性に泣きそうになるんです。なんてことない日常の話なんですけど、なんかいいんですよね……。
あとは庄司創先生の作品も好きで、また最近読めて嬉しかったです。ハルタで読み切り載せてらして。
── 12巻発売に際した、告知などはございますか?
担当編集:2月7日に発売される完結12巻には書き下ろしのおまけマンガがあるんですけど、大学生になったつむぎが出てくるんです。たった8ページなんですけどすごく大事な8ページで……是非読んでください!!!
通常版と限定版があって、限定版はここでしか手に入らないマスキングテープと96ページのフルカラー画集がつきます。貴重な雑誌表紙や雑誌付録イラスト、書店店頭用イラスト、編集部内の年賀状イラストまで収録しており、とっても豪華な一冊です。数量限定なので、お早めに!
── 最後に、読者へのメッセージをお願いします。
雨隠:キャラのその後の人生が続いていく話を描きたかったので、無事終えられて嬉しいです。この物語は出版社、本屋さん、読んでくださっている皆さんにほんっっっとに助けられたので。よく皆さん言いますけど、本当に助けられたんですよ!(笑)
時々読み返してもらえると、改めて成長が見えて楽しいと思うので、よければぜひ。ありがとうございました!
── 本日はありがとうございました!
作品情報
コミスペ!ではプレゼントキャンペーンも実施中
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