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イラストで銭湯を元気にしたい――『銭湯図解』塩谷歩波さんに聞く、銭湯の魅力とこれから

作者の塩谷歩波さんに、出版の経緯や思い出深かった銭湯などいろいろ聞きました。

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 銭湯イラストレーター、塩谷歩波(@enyahonami)さんがお気に入りの銭湯をイラストで紹介するえんやの銭湯イラストめぐり。久々の更新となる今回は、書籍『銭湯図解』の出版を記念して(関連記事)、塩谷さんに書籍化のいきさつや、取材した中で印象深かった銭湯などを聞きました。

『銭湯図解』(塩谷歩波)

15社くらいからオファーがあった


『銭湯図解』出版おめでとうございます!


ありがとうございます!

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塩谷歩波:1990年、東京都生まれ。2015年に早稲田大学大学院(建築学専攻)修了後、都内の設計事務所に勤める。2016年末より銭湯の建物内部を俯瞰図で描く「銭湯図解」シリーズをSNS上で発表。現在は高円寺の銭湯・小杉湯で番頭として働くかたわら、イラストレーターとしても活動中。『旅の手帖』(交通新聞社)にて、「百年銭湯」を連載中


いつのまにか書籍化が決まっていて驚きました。いつごろから話が進んでいたんですか?


2017年の春にはもう最初のオファーがあって、それから1年くらいの間にいろんなところから連絡をいただきました。最終的に15社くらいからオファーがありました。


15社!!! 2017年春だと、まだねとらぼでの連載も始まっていなくて、Twitterで作品を発表していたころですよね。


そうですそうです。一番早かった方はTwitterで見てすぐに声をかけてくれたみたいで。まだ10枚くらいしか書いていなかったし、とにかく好きなもの書いていただけだったので現実味がなかったです。


それから1年くらいの間に15社……すごいなあ。

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最初は断っていたんですよ。小杉湯の業務があったし、そっちでやりたいことがまだまだあったので……。でもどんどん依頼やお誘いが増えてくる中で、これはもうそろそろやらなきゃなあと。


最終的には中央公論新社に決めたのはなぜだったんですか?


声をかけてくださった方の印象がステキだったのと、昔からある老舗の出版社というのが決め手でした。私はどちらかというとSNSなど最新のものが好きな方で、中央公論さんと一緒にやれたら全範囲を網羅できていいかなと思ったんです。


出版が決まってからは、どんなふうに話が進んでいったんですか。


「いよいよやろう!」と思って出版社さんを決めたのが2018年の4月くらいでした。どういう本にするかは基本的に私と中央公論さんで決めていったんですが、ちょうど同じくらいの時期にオンラインサロン(※)を立ち上げていて、サロンのメンバーにも会議に参加してもらって、意見を聞いたりもしていました。

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※編注:「銭湯再興プロジェクト」としてクラウドファンディングで参加者を募っていた

銭湯再興プロジェクト(CAMPFIRE


出てきた意見の中で面白かったものとか、面白かったけど採用できなかったアイデアとかはありましたか。


付録に塗り絵を付ける案などもあったのですが、「細かすぎて誰もやらないだろう」ということでなくなりました(笑)。あと最初は、今まで出た図解を全てまとめるって考えもありましたね。


結局そうはならなかった?


実は24軒中20軒が描き下ろしなんですよ


ええ、そんなに!?

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そんなにですよ!!!


描き下ろし多いなとは思っていましたが、そんなにとは思っていなかった……それは相当力入ってますね。


再録の銭湯でも、イラストは新しく描き直していたりします。以前描いたものは時間がたっているので、どうしても書き直したくて……(笑)。どの銭湯を載せるかもすごく悩みました。

測っても測っても終わらなかったクアパレス


収録した中で特に印象深かったのはどこでしたか。


クアパレス! もおおおお、めっちゃキツかった!

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クアパレス(千葉県船橋市)

クアパレス

住所:千葉県船橋市薬円台4-20-9

営業時間:15:00~0:30(土・日・祝日は14:00~0:30)

定休日:不定期


即答(笑)。どうキツかったんですか?


もうね、複雑すぎます。奥に謎の通路があるし、サウナは2つあるし浴槽の形も複雑だし、とにかくメモしてもメモしても終わらないんですよ。

浴槽の形が複雑!
奥には謎の通路まで


あそこ、装飾がすごいだけじゃなかったんですね。

クアパレスと言えば装飾がものすごいことでも有名


装飾もすごいし、さらにその日はめちゃくちゃ暑くて、謎の通路を測るにはお湯に入りながら移動するしかなくて、もう服なんて着てらんなくて下着姿で実測してましたよ。


まさに体当たり取材ですね。


ヤバかったですね……。でも苦労しただけあって、クアパレスは代表作の1つだと思っています。


一度見てみたかったんですが、取材時のメモってどうやって取っているんですか?


いまお見せしましょうか。


これ全部クアパレスですよ


うおーーーー!


書いても書いても終わらない……。


1枚目が全体図で、2枚目以降が浴槽別ですよね。こうやって測ってるのかーーーーー!


本当にクアパレスは大変でした。


こういう銭湯、ちょっと他にはないですよね? どうしてこうなったんでしょう。


ここは改築しまくってるんですよ。ご主人が番台で思い付いた形とかをメモしておいて、それを大工さんに伝えてどんどん改築してるんです。完全にご主人の世界


それでこんなに個性的なんですか。


クアパレスのいいところはそれだけじゃないですよ。お風呂自体もめちゃくちゃイイし、気配りが半端ない。ジェットなんて気合い入れすぎて5馬力の威力ですよ。電力使いすぎて専用の変電所を作ったとおっしゃってました。

5馬力のジェットバス


銭湯の記事で馬力という単位が出てくるとは思わなかった。


油断すると体が吹っ飛ぶ威力ですよ。


やばい。


他にもシャワーヘッドが光ったりとか、楽しませようという意欲がすごいんですよ。

四代目(候補)の背中を押したかった金春湯


他に印象深かったのはどこですか?


大崎にある金春湯ですね。ここの店主の息子さんとは知り合いで、私のオンラインサロンのメンバーなんですよ。

金春湯(東京都品川区)

金春湯

住所:東京都品川区大崎3-18-8

URL:https://kom-pal.com/

営業時間:15:30~0:00(最終入場23:30)

定休日:月曜(祝日の場合は翌日休)


今はまだサラリーマンなんですが、週末は番台をやったりしていて、店を継ごうか迷っているそうで。もし継ぐなら四代目になるのですが、そんな四代目(候補)の背中を押したいと思って取材に行ったんです。


今の時代、そう簡単に「継ぎます」とはいかないですよね。


そうしたら、金春湯を手伝うようになってからのエピソードを聞いて、もうグッときちゃいまして。詳しくはぜひ本で見ていただきたいのですが……。


気になります。さわりだけでも!


番台をやっていたお母さんがケガをしてしまって、それで息子さんが関わりはじめたんですよ。そうしたら、彼ががんばるほどに家族もどんどん積極的になっていって。今では弟さんがクラフトビールを入れたり、家族でサウナハットを作ったり、奥さんがTシャツをデザインしたりと、家族みんなで作っていく銭湯になったんです。


めちゃくちゃいい話ですね……。


そういう背景が銭湯にもにじみ出てるんです。なんか実家にいるような暖かさがあって、いいなあって。

子ども用のオモチャがあったり、畳のスペースがあったりするのもうれしい


行ってみたくなりました。


それと絵を描いたら本当に喜んでくれて。「銭湯図解は経営者のモチベーションをあげてくれる」っておっしゃってくれたんですよね。


それは書いた方としてもうれしいですね。


なんかもうそれで、描き続けてほんとよかったなーーーーー! とあらためて感動したんですよ。


今は息子さんは完全に銭湯に専念してるんですか?


いや、まだ悩んでいます!!!


まだ悩んでたかーーー! でも、家業を継ぐのってやっぱり覚悟がいりますからね……。


それもいいと思うんですよね。でもきっと銭湯図解が何かのきっかけになってくれたらいいなあって思っています。

2年間の成長が詰まった小杉湯


もう1件くらい行きましょう。


ううーーーんちょっとこれは反則ですが、やっぱり小杉湯は外せないですよーー!


小杉湯きちゃった(※)。

※編注:プロフィールにもありますが、えんやさんは小杉湯のスタッフでもある

小杉湯(東京都杉並区)

小杉湯

住所:杉並区高円寺北3-32-2

電話番号:03-3622-6698

URL:http://www13.plala.or.jp/Kosugiyu/

営業時間:15:30~1:45

定休日:木曜日


ホーム銭湯すぎて、よく銭湯で会う人とかめっちゃ盛り込んでるんですよね(笑)。他の銭湯は基本的にお風呂だけですが、小杉湯だけは入り口からお風呂まで全部描いています


もう好きなだけ小杉湯のこと話したらいいよ。


すんません、もはや家風呂なんで家風呂の話させてください!!!


うちの連載でも1回目が小杉湯だったし。


小杉湯はほんと毎日入ってますし、他の銭湯行っても夜に小杉湯入るぐらいでして……。


入りすぎだよ!


そんな思い出を全部詰め込んだのが今回の図解です。例えば、女湯のあつ湯に腕組んで立ってる女性がいますよね。

あつ湯で腕を組んで立っている女性


いますね。


あれ私です


自分かい!


あつ湯は半身浴したい時もあるんですが、人多いし出入り口狭いから座りたくなくて……。それでよくガイナ立ちして浴室を見ているんですよね。


ガイナ立ち(笑)。


それで浴室の様子をぼんやり見ているから、知らない人からしたらヌシかなんかだと思われてるかもしれない……。


かもしれないどころか絶対思われてますよ。


あとミルク風呂で子どもが遊んでいたり、背中を洗いっこしてる人がいたり、これみんなモデルがいます。あとは待合室ですね、ここに人がいっぱいいる感じなんかもリアルに描けたと思っています。

大勢の人でにぎわう待合室


みんなそれぞれモデルがいるんですね。


狭いけど、みんなが本読んだりアイス食べたりしていて、あのわいわいした感じを描けてうれしかったです。ここはもう「ウォーリーを探せ」みたいな気持ちで楽しく描きましたね。


はっ、いま気づいた!!!!!!


どうしました?


このイラスト、最初にうちに載せてたやつよりパワーアップしてる!!!!!!

書籍版のイラスト(上)と、最初にねとらぼで紹介した時のイラスト(下)


そうです、だいぶパワーアップしてますよ!


表紙画像もらってたのに気付いてなかった……これ全部描き直してたんですね。


今回はちゃんと寸法測ってるので正確なんですよ。


前のイラストの時は、確かまだ小杉湯で働いてはいなかったんですよね。


そうですそうです。だから想像で描いていた部分も多かったんです。小杉湯で働くようになって、いろんなストーリーを体験して、それもあって描けた絵だと思っています。


並べて見ると、ファミコンがスーパーファミコンになったような感動がありますね。書き始めと今とで、描き方とか取材方法とかで変わったところってありました?


取材はねちっこくなりましたね。以前は測らなかったカランの大きさとか溝の深さとかまで今は測ってます。あとは光の表現、お湯の表現なんかにもこだわるようになりました。バイブラとか、掛け流しならどこから波紋があるのかとか。


ホントに2年間の進化が詰まってますねえ。


いやーでもまだ全然満足してないのでがんばりたいです。

絵を描くことで経営者の後押しができたら


書籍化で1つ大きな山を越えた感じがありますが、これからの活動予定は?


今は2つ考えています。まずはやっぱりまだ銭湯図解を描きたい。今回描けなかった銭湯もまだまだあるし、もっと細かい表現も追求していきたいです。あと、経営者さんを応援したいという気持ちもあるので、まだまだ銭湯図解は続けていきたいですね。

「銭湯図解」は公式サイト


もう1つは?


もう1つは、銭湯以外も描きたいと思っていて。


銭湯以外!


銭湯を描き続けてきて、だいぶ自分の絵も変わってきたので、銭湯以外の題材を描いたらさらに絵の表現も変わるんじゃないかって。もともと大学時代には、街並みの研究をしていて論文も書いたりしていたんです。だから街とか建築についてはやっぱり気になっています。


建物から飛び出して、街そのものを描く感じですか。


そうですね、そういうのもやってみたいですし、でも寄席とか純喫茶とか廃墟とかも好きなので、街並みだけじゃないかもしれません(笑)。


ああーなるほど! 廃墟なんかはぜひ見てみたいです。


純喫茶もいいですよね、小杉湯がある高円寺も良い純喫茶が多くて、行くたびに「描きてえ~!」って思ってます。


2年間銭湯図解を描いてきて、銭湯についての思いは変わったりしましたか?


何も変わりませんね、むしろ強くなりました。銭湯があるのがもう日常なので、そこにないのはおかしいような存在になってますね。でも全然好きだし、銭湯行かない日は気持ち悪いし、やっぱり大好きですね。多分銭湯は一生好きだと思います。


さっきの金春湯の話にもありましたけど、えんやさんから見て銭湯って今はどうなんでしょう。銭湯ブームといわれる一方で、やっぱり苦境にさらされているところもあったり……。


ビームスみたいに大きなところが関わろうとしてくださったり、新しい風は吹いていると思います。でも経営者って意外と、自分が生まれ育った銭湯のことを客観的に見られなかったりするんですよね。私は絵を描くことぐらいしかできませんが、それで少しでも「銭湯っていいんだぞ!」って背中を押すことができたらと思っています。

ビームスジャパンと牛乳石けんのコラボイベント「銭湯のススメ。


これでもっと銭湯が盛り上がっていったらいいですね。


銭湯の経営って、夜型になるし重労働だし本当に大変なことばかりなんですよ。そこを理解しつつも、「銭湯が好きだー!」という気持ちを発信していくのが私の役割だと思っています。


銭湯再興プロジェクト」でも書いていましたが、10年後、銭湯が新たな文化になっているといいですね。

銭湯再興プロジェクト」が見据える10年後のビジョン(プロジェクトページより)


まずはカルチャーとして広がって、それでその先に、本当に日常的に行く場になれたらいいなと思いますね。

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